#43 Sweet night(後編)
彩世は、シャワールームのシャワー音を聞きつつ、ぼんやりと新宿の風景を眺めていた。風景を眺めていると、不思議と色々な感情や考えが自然と浮かんでくる。売上を上げるために枕営業をしたこともあったが、セックスをすることが目的だったため、近場のラブホテルで済ましており、こういうところに来たことがなかった。
自分が女性に対して提供していたものが吉野家の牛丼のようにすぐに提供して満足させているものだとしたら、諭が提供してくれるものは、レストランのコース料理のようだと感じた。そして、自分の売上を上げるために女性に尻尾を振っているようで、自分自身が滑稽なように感じた。
「どうした?」と諭に声をかけられ、彩世は振り返った。
諭は、左手にシャンパン、右手にグラスを持っていた。
「飲むだろ?」
「ああ」
諭は、グラスにシャンパンを注ぎ、彩世に手渡した。諭は、化粧台に戻り、自分のグラスにシャンパンを注いで、ワインクーラーにシャンパンを入れて、持ってきた。
「それ、どうしたんだ?」
彩世がワインクーラーを指さした。
「フロントに頼んで、持ってきてもらった。そこに置いてもらっていいか?」
彩世は、諭からワインクーラーを受け取ると、脇にあるスペースに置いた。諭も湯に入った。
「じゃあ、乾杯しようか」
諭がグラスを彩世の方に向ける。彩世も諭のグラスに合わせた。
「乾杯」
冷たいシャンパンが熱くなった体を冷やすように、喉元を通っていく。
「美味しいな」と彩世は言った。
「ああ…すぐに酔ってしまいそうだけどな」
「せっかく来たのに、すぐ寝たら意味なくない?」
「確かにな。しかし…綺麗だな。新宿とは思えないくらいだ」
「本当に全然違うところに来た感じがする。あんたは、本当にすごいな」
「何が?」
「…準備が周到というか」
「そんなことないよ。さっき、予約したし」
「どうして、ここにしたんだ?」
「そうだな、せっかく思いは通じ合っても生活リズムが違うから、なかなか会えないだろ?」
「確かに」
「会える時間が短いから、いつもと違うことを共有したいなと思ったんだよね」
「そうなんだ。俺は、てっきり…」
「てっきり?」
「いや、なんでもない」
「なんだよ。言えよ」
「…俺が枕をしていたのは、知ってるよな?」
「ああ」
「その時は近場のラブホテルに行ってたんだけど、今日、ここに連れてきてもらって違うなと思った」
「その心は?」
「え?謎かけ?」
「いや、なんか気付いたんだろ」
「…そうだな。相手の要望は満たしたけど、それ以上には、何もなかったなと思った」
「相手のニーズを満たしたら、それで満足してしまうからな。お前とセックスした女が次も会いたいと思う仕掛けがないと、次がないよな?」
「続いた女も居たけど、続かない女も居たんだよな」
「それって、何が原因だと思う?」
「…セックスのうまさ?」
諭は手で咄嗟に口を押さえ、飲んでいたシャンパンを吹き出さないようにした。
「……バカだな。次も会いたいと思わせる仕掛けだろ?」
「それは、意識したことがなかった」
「お前が今日、ここに来て、どう思った?」
「そうだな……俺のためにっていう特別感かな」
「お、気付いてくれた?」
「初めてって言ってたからな」
「それだけか。意外とお前って鈍い?」
「いやいや、この場所も含めてだけど。なんか慣れている感じがしたから、他の人と来たことあるんじゃないかと」
「ひどいな。俺のこと、そう思っていたんだ」
「そうだな…あんたって、掴みどころがないから」
「まぁ…考え方の違いだと思うけどな。てか、何で俺がお前と他の女とのセックスの話とか聞かされてんだよ?」
「ごめん」
「本当に悪いと思ってるなら、態度で示せよ」
諭は、彩世ににっこりと微笑みかける。彩世は戸惑いながら、諭に軽く口付けをする。
「全然、足りない」
そう言うと、諭は、彩世の背中に手を回して自分の元に寄せて口付けた。そして、シャンパンを煽り、彩世の口に流し込む。
「…んっ」
シャンパンの味が口中に広がり、彩世はシャンパンを飲んだ。彩世の口の中に諭の舌が入り込み口内をかき乱す。彩世は対抗するように諭の舌を吸い上げた。それに呼応するかのように諭は彩世の唇をついばんだり、甘噛みをし始めた。
「舌出して」
彩世は、諭に言われるままに舌を出すと、諭は彩世の舌を含んで前後に動かす。諭が唇を離すと、彩世の体の後ろに回り込んだ。
「俺に寄りかかったら?」と諭が言う。
彩世は、諭に言われるままに諭に体を預ける。
「力が入ってるな」
諭は、彩世の体を力強く抱きしめた。
「ちょ…」
彩世が抗議するように振り返ると、諭は彩世の肩に顎を載せた。
「もう少しこのままでも、いいだろ?」
彩世は、背中越しに諭の心臓の音を感じた。その心音を聞くにつれ、気持ちが穏やかになっていく。しばらくすると、彩世を抱きしめる力が弱まり、耳元で寝息が聞こえてきた。
「諭…」
彩世は、諭の腕を揺すった。
「ああ…悪い」
諭が笑い始めた。
「ははっ…せっかくムードも作ったのに……寝てるなんてな…」
「酒、飲んでるからな」
「普通なら幻滅するシーンだな」
諭は、彩世の背中にキスを落として、立ち上がる。
「先に上がるな。あんまり入り過ぎるなよ」
諭は、バスタオルで体を軽く拭いてからバスローブを羽織ると化粧台前に向かった。化粧台の横にあるドライヤーを手に取り髪を乾かし始めた。彩世は、その姿を眺めながらシャンパンを飲んだ。彩世の位置から諭の横顔を見ることが出来た。白い肌に長いまつ毛、茶色の瞳に整った鼻、薄い唇、ドライヤーで靡く髪を含めて、彼を構成している要素の全てを愛おしく感じた。彩世は、バスタブから出てバスローブを着ると、諭が居る方に向かう。鏡越しに諭と目が合った。彩世は、両手を諭の肩に置いて、諭の頭にキスをして、後ろから抱きしめた。諭は、ドライヤーを彩世の頭に向けた。彩世の髪がドライヤーの風で靡く。彩世は、諭からドライヤーを奪い、諭の髪に向けた。
「…まさか、お前が髪を乾かしてくれる日がくるとはな」
「俺も人の髪を乾かすなんて、初めてだ」
彩世は、諭の髪に触れた。髪にコシがあり、光に当たった部分は艶やかさがある。
「あんたの髪、綺麗だな」
「まぁ、ちゃんと手入れしているからな。長い髪でボサボサだったら汚らしいだろ?」
「たしかにな」
彩世は、諭の髪を手で梳きながらドライヤーで乾かす。諭は、その間、目を閉じていた。彩世は、諭の髪が乾かした後、自分の髪をドライヤーで乾かした。ドライヤーのスイッチを切り、机に置いて諭の肩を揺すった。諭が目を開けた。
「悪い…いつの間にか寝てたな…」
「ここで寝たら疲れ取れないだろうからベッドで寝ろよ」
「そうだな。じゃあ、一緒に寝ようか」
彩世と諭はベッドに潜り込んだ。彩世は、目を閉じて横になる。諭の腕が彩世に絡み、首に唇が触れる感触を感じた。彩世は、諭の方を向いた。
「寝なくていいのか?」
「俺がただ、お前と一緒に寝るためだけに泊りに来たと思っているのか?」
「でも…眠いだろ?」
諭は、彩世の耳を甘噛みした。
「…っ」
「お前がかわいい声を上げれば、問題ない」
「何言って…んっ」
彩世が話し終わる前に諭が唇を重ね、彩世の口を塞いだ。諭が彩世の体を撫でまわし、口付けする。そのたびに彩世は、苦しい吐息を漏らした。
「お前の声が聞きたい」と諭が彩世の耳元で囁く。
「っ…だったら、もっと声を出させるようなことをしてみろよ」
「良いのか?そんなことを言って?」
諭は、彩世を見据え、不敵の笑みを浮かべる。諭は、彩世をうつ伏せにして、背中を舐めた。
「…んっ…あっ…」
「お前の弱いところは、分かってるんだからな」
「そんなこと…あっ…やぁっ」
彩世は、シーツを掴み、顔をうつ伏せにして、声を出さないように必死にこらえる。諭は、彩世の手をシーツから振りほどき、手の甲にキスをする。彩世は、顔を上げて、諭を見上げた。
「…どうして欲しい?」
彩世は、黙ったまま、諭を見つめ続けた。諭は、それを楽しむかのように彩世の指を自身の口に含み、舌で弄ぶ。彩世の顔がゆがむ。
「ん?正直に言ったら、どうだ?」
彩世は、上体を起こして諭の手を自分の股間に導いた。
「…触って欲しい」
諭は、彩世に噛みつくようなキスをして、押し倒した。彩世は、諭になすがされるまま、与えられる刺激と快楽に声を上げ続けた。
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