見出し画像

#21 一寸先は闇(2)

 彩世はお店を出て靖国通りに向かって歩き出した。手をつないで歩く男たちやお店の呼び込みをする店員等とすれ違う。彩世もお店の女の子を楽しませるために新宿二丁目界隈は行くことはあるものの、歌舞伎町とは雰囲気が全然異なり、全く別の街に来た気分になる。向かい側にあるシティホテルを見ると、二人の男が今、まさにホテルに入ろうとしているが見えた。そのうちの一人は長い髪を後ろで一つに束ね、背は170センチくらいで白いTシャツにジーンズを履いていた。男がホテルに入る時、彩世はホテルの明かりでその男の横顔を見ることができた。切れ長の目に薄い唇、端正な横顔が見え、彩世がよく知っている人物だった。相手の男は、180センチくらいの黒髪の男で顔は、よく見えなかった。彩世は、シティホテルの入り口に近づいて、ホテルの中の様子を伺った。二人の男がエレベータの前で笑いながら、話しているのが見えた。エレベータの扉が開き、二人はエレベータに吸い込まれるように消えて行った。彩世は、しばらく、その場に佇んだ。エレベータの上にある表示は、5の数字で止まっている。彩世は、諭と見知らぬ男が抱き合う姿を想像した。今すぐにエレベータに乗って、二人が部屋に入るのを止めたいという衝動に駆られた。しかし、自分が諭と二度と会わないと宣言した以上、止める権利はなかった。彩世は、タバコとライターを取り出し、タバコを口に咥えて火を付けた。タバコを吸ううちに感情が次第に静まっていった。自分が決断した以上、自分のエゴで決断を覆すことは考えられなかった。彩世は、シティホテルのエントランスにある灰皿にタバコを投げ入れ、靖国通りに出て、タクシーで自宅のマンションに帰った。


 玄関のドアを開けると、たたきに黒のローファーが綺麗に並べて置いてあるのが目に入った。彩世が靴を脱いでいると、剛がやってきた。
「おかえりなさい」
「…来てたんだな。もう12時近いけど、泊っていくのか?」
「そのつもりだったんですけど、ダメですか?」
彩世が剛の姿を見ると、上下のセットアップを着ている。
「いや、大丈夫だ。悪い。寝てたんだよな。起こしてごめんな」と言い、剛の頭を軽くなでた。
「先に寝てていいから」
「わかりました」
剛は彩世の部屋へと入っていった。彩世は自分の部屋を通り過ぎ、冷蔵庫から白ワインを取り出してリビングのソファに座った。その場で来ていたスーツのジャケットを脱ぎ、ソファの袖に置いた。彩世は自分の右手を見る。先ほど、剛の頭を撫でた感触を思い出し、それをかき消すように白ワインの瓶を掴んで、そのまま飲み始めた。


 剛は彩世の部屋のベッドに横になったものの、なかなか寝付けなかった。ベッド脇のライトを付けて時間を見ると、1時を過ぎたところだった。あれから一時間近く経つのに彩世は部屋に入ってこない。剛は心配になり、ベッドから身を起こしてリビングに向かった。リビングのドアを開けると、彩世がソファで座ったまま、寝ているのが見えた。剛は彩世に近づき、彩世の肩を軽く揺すった。彩世が目を開けて剛の方を見る。彩世はだいぶ飲んでいるようで、目が据わっている。
「彩世さん、このまま寝ると体に悪いですよ」と剛が声をかけた。
彩世は、目をうっすらと開けて、剛の腕をつかんだ。剛は、彩世に腕を強くひかれ、その反動で彩世の胸に頭ごと倒れこむ。彩世は剛をそのまま床に押し倒し、剛に口付ける。いつものキスと違い、彩世の舌が剛の口内を乱暴にかき回す。剛は思わず、彩世を引き離そうと手に力を込めるが、彩世に両手を封じられて身動きが取れない。彩世はそのまま剛の両手を頭の上に挙げて、片方の手で抑え込んだ。
「彩世さんっ!やめてください」と剛は懇願して彩世を見た。
彩世と視線を合うものの、彩世の目は剛を見ていないようだった。彩世は剛が着ているTシャツをめくりあげ、剛の体に口付け始めた。最初は軽く口付けているだけだったが、肌を強く吸われて、剛は思わず声を上げた。
「痛い!彩世さん、止めて。止めてくださいっ!」
剛は拘束されている両手に力を込めて振りほどこうとするが、振りほどけない。仕方なく、唯一抑え込まれていなかった左足で彩世の腹を蹴った。
「うっ…」
その衝撃で剛は彩世の手を振りほどき、両手で彩世の胸を押して起き上がった。剛はその隙に彩世から離れて、机に置いてあった携帯を取り、玄関のドアを出て行った。
彩世はその場で床に横になった。お酒を飲み過ぎて、頭に霧がかかったように自分の行動がすぐに思い出せなかった。しばらくして、自分が剛にした行為を思いだした。剛の後を追いかけなければと思いつつ、剛へどのように謝れば良いか、分からなかった。恋愛の小手先のテクニックは持ち合わせているものの、こういう時に使える方法が思いつかず、同時に剛との関係が壊れれば、諭と会うこともないと思うと気持ちが少し楽になった。剛を傷つけずに自分から離れてもらう方法は他にもあったかもしれないが、もう手遅れだった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?