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#31 二人の朝

 剛は家に着き、自分の部屋のベッドに寝転んだ。腹立たしい気持ちと悲しい気持ちが相まって気持ちの整理が全くつかなかった。剛は修学旅行の時、彩世と蛍を見に行った夜を思い出した。あの時に自分が彩世に恋愛感情があると言っていれば変わっていたのだろうか。いつから二人は会っていたんだろう。どこで会ってどういう風に過ごしたのか、そして、彩世が何故、諭と会っていたことを話してくれなかったのか、剛の中で色々な疑問が沸々と湧き出した。剛は彩世に連絡するか、連絡しないか、しばらく考えていたが、携帯を取り出し、彩世に電話を掛けた。電話は8コール後、留守番電話のメッセージが流れ始めた。剛は電話を切って、ベッドに仰向けになり目を閉じた。彩世にメールを送ることも考えたが、彩世からの折り返しの電話を待つことにした。
 翌朝、剛はベッドの上で目が覚めた。いつの間にか、眠ってしまっていたらしい。近くにあった携帯を確認したが、着信もメールの受信もなかった。剛は彩世から連絡がないことに憤りと戸惑いを感じつつ、学校へ行く準備を始めた。


 彩世は目を覚ました。ベッドを見ると諭は居なかった。リビングに向かうと、諭はキッチンでご飯を作っていた。諭が彩世に気付き、声をかけた。
「おはよう」
「…おはよ」
「どうした?」
「いや…なんか、あんたがここに居るのが変な感じだなと思って。何、作ってるんだ?」
彩世は諭を後ろから軽く抱きしめ、フライパンの中を覗き込んだ。
「フレンチトーストか。いい匂いだな」
「気に入ってくれたようで、良かった」
「俺、コーヒーいれるよ」
「ありがとう」
「インスタントだけど、いいか?」
「ああ。飲めれば何でも構わない」
「なんだよ。それ」
彩世が諭を見ると、諭は微笑み返した。彩世は二人分のインスタントコーヒーを作りテーブルに持っていくと、既にサラダとフレンチトーストが並んでいた。彩世と諭は向かい合うように座り、食べ始めた。
「うまい。あんた、何でもできるんだな」
諭は笑った。
「たかだかフレンチトースト作ったくらいじゃ、何でもできるうちに入らないだろ」
「でも、初めて来た家で迷わずに調理器具とか食器出していただろ?」
「あちこち開けたけどな」
「それでもすごいよ」
「自分で言うのもなんだけど、器用だからな」
「あんたなら男でも女でもモテるだろうな」
「急にどうした?」
「いや、あんたと付き合っている実感があんまりなくて…」
「昨日、あんなに愛し合ったのに?」
諭に言われ、彩世は昨日の夜のことを思い出した。
「あれは、愛し合ったというよりも一方的な感じだったけど」
「ふふっ…お前はベッドの中の方が素直で可愛いな」
「あんた…結構Sだよな」
「そう言われるのは心外だな。気持ち良かっただろ?」
諭は、したり顔で彩世を見る。
「それは…まぁ…」
彩世は、言葉を濁しながら、諭から目線をそらした。
それを見た諭は、笑みを浮かべる。
「はは…正直だな」
「なぁ。嫌なら話さなくても良いんだけど、聞いてもいいか?」
「なんだ?」
「元から恋愛対象が男だったのか?」
諭は口元に運んでいたフレンチトーストを皿に戻した。
「いや、はっきり分かったのは高校生の時だな。興味があるか?」
「興味が無かったら聞かないよ」
「てっきりいつもの習慣で、興味なくて聞いたのかと思って」
「仕事では興味なくても興味あるフリするけど、今はプライベートだからな。初めて男と付き合ったのは?」
「中学の時だな」
「え?」
彩世は思わず、聞き返した。
「教師と付き合ってた」
「…どうしたら、そうなるんだ?」
「屋上で煙草を吸ってて、それが見つかって煩かったから、キスしたんだ」
「え?普通、キスするか?」
「こいつ、危ない奴だなって思わせたかったんだよ」
「それで?」
「舌を入れられて、その瞬間に何も考えられなくなった」
「そりゃあ、想定外でびっくりするよな」
「いや、キスが上手かったんだ」
「…それ、今、俺に言う?」
「お前が聞きたいっていうから、話したんだろ。しかも、もう十年も前の話だ」
「そうだけど、それを言われると、俺とはどうなのかって気になるよな」
「お前とのキスは好きだよ」
「なんか、嘘っぽいな…。それで、どのくらい付き合ったんだ?」
「たしか・・・一カ月くらいかな」
「短いな」
「学校で噂になって教師が学校を辞めて、終わったな。今思うと、悪いことをしたなって思うな」
「そいつの責任だろ?」
「いや、ほぼ俺のせい。その時、他の女と付き合ってて、その女に噂を流されたんだ」
「あんた・・・結構、やんちゃだったんだな」
「昔の話だよ。今はだいぶ落ち着いたよ」
「ふぅん…高校の時にはっきり分かったって言ってたけど、なんかあったのか?」
「答えてもいいけど、引くなよ」
「昔のことだろ。引かないよ」
「その当時、男友達の一人を恋愛対象として見てることに気付いたんだけど、思春期によくある感情かなと思っていたんだ。それで、どうにかして他の人を好きになれないかと思って、街でその場で知り合った女とセックスするのを繰り返してた。お前も男だから分かると思うけど、その一時は気持ち良くなるけど、その後に相手に対して全く興味が持てなかった」
「そんなにやりまくってたのか」
諭は彩世を見すえ、ニヤリと笑った。
「意外とモテるんだよ」
「いや、意外じゃないだろ」
「それで結局、新宿二丁目に行って知らない男とした時に、俺は女じゃダメだとわかった」
「そうなんだな。すごいな」
「何が?」
「確かめ方だよ。知らない奴だと何されるか分からないだろ?怖くないのか?」
「お前も知らない奴とするだろ?」
「俺の場合は仕事だから」
「そうか…その時はそんなこと考えたことなかったな」
「もしかして、あんたもよく分かってないんじゃないの?」
「何を?」
「無償の愛」
「そうだな。俺は無償の愛なんて、正直言って信じていない。親からも捨てられたからな。ただ…昨日、お前が仕事中だったにも関わらず、すぐに来てくれたのは嬉しかったよ」
諭は彩世の手に触れ、再び話し始めた。
「それがあると信じてみたい。お前となら、見つけられそうな気がする」
諭は彩世の手に唇を落とす。
「…あんた、それ、天然でやってる?」
「ん?そうだけど」
「こっちが恥ずかしいんだけど」
「他に誰もいないから良いだろ?」
彩世は、ため息をついた。
「次はいつが休みなんだ?」
「今日から一週間出勤だから、来週の金曜だな」
「そうか。俺は火曜が当直だから、水曜の朝に来ても良いか?」
「ああ」
「じゃあ、それまでお前が俺を忘れないように体に刻み込んでおこうかな」
諭は彩世に口付けた。彩世の口の中でフレンチトーストの味が広がった。

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