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#35 スティンガーの影

 剛は放課後、2年A組の教室に向かった。ドアから教室を覗くと、窓際に三崎が居るのが見えた。三崎は剛に気付き、教科書やノート等を急いでカバンに入れてやってきた。
「すみません。お待たせしました」
「いいよ」
「じゃあ、まずは部室にいきましょう」
剛は三崎と一緒に写真部の部室に向かった。部室には2人の女子が居た。
「紹介しますね。手前にいるのが千堂。奥に居るのが小澤さん」
「千堂です。今日はよろしくお願いします」
千堂は軽く頭を下げた。
奥に居た小澤は剛に歩み寄って手を差し出した。
「よろしくね。高木くん」
剛は小澤と握手をした。
「お前、写真部だったっけ?」
「私はファッションクリエイト部だよ。今日は三崎ちゃんに頼まれてヘアメイクを担当するから」
「え?そんな本格的なのか?」
「そりゃあ、せっかく良いモデルが来てくれたから、三崎ちゃんも気合入ってるんじゃない?」
「時間もないので、急ぎましょう」
「高木先輩、あそこに座ってもらえますか?」
三崎が指し示したところには、机と椅子が置いてあった。剛は言われた通りに座った。
「高木くん、これをかけて」
小澤は眼鏡を差し出す。
「俺、目は悪くないんだけど」
「それは伊達眼鏡だから。今から私と同じポーズをして」
「千堂。レフ版をお願い」
「了解」
三崎はカメラを持って剛を見据えた。
「先輩、そのまま目をこちらに向けてもらえますか?」
剛はいわれるままに目を向けた。
「少し睨んでもらえますか?そう、良い感じ」
「高木くん、眼鏡の淵を左手で抑えて。次は真ん中を抑えて上目づかいで。眼鏡をゆっくり外して」
小澤が剛に指示を出し、三崎が写真を撮っていく。
「はい、OKでーす。次は保健室に移動します」
「ちょっと待て、これ、何パターン撮るんだ?」
「今日は5つのシチュエーションを撮影する予定です」
「そんなに撮影するのか?」
「皆からはもっといろいろな要望があったんですよ。それを厳選して5つまで絞ったんですから」
「どんなシチュエーションなんだ?」
「それはお楽しみってことで」
剛は小澤に声をかけて呼んだ。
「どうしたの?」
「今日って上も脱いで撮影する予定あるのか?」
「うん。あるよ」
「ちょっといいか?」
剛は小澤と教室の隅に移動した。剛は他の2人の女子を背にシャツのボタンを2つ外して小澤に見せた。剛の胸にいくつか赤紫の痕が露わになった。
「それなら化粧で消せるから大丈夫よ」
「そうか。良かった」
「どうせなら見せつければいいのに」
「どういう意味だ?」
「言った通りだけど」
小澤は剛の赤紫の痕に触れた。
「この痕、誰にどんな風につけられたのかって、想像力を掻き立てられるよね」
「お前には、どういう風に見えるんだ?」
「そうね。他の人には盗られたくないんだろうなとは思うけど。これをつけたのは噂の人?それとも別の人?」
「女子って、そういうの好きだな」
「まあね。あった方が売れそうだから残そうか。高木くんも写真売れる方が良いでしょ?」
「お前に任せるよ」


 その後、撮影は3時間に及んだ。剛はおぼつかない足取りで近くの椅子に座りこむ。小澤がコーラのペットボトルのキャップを開けて、剛に差し出した。
「お疲れ様」
「サンキュー」
剛は小澤からコーラを受け取り、飲んだ。
「はぁ~疲れた。思った以上に大変だな」
「今日は時間が無かったからね。いやぁ~でも改めて高木くんは素材が良いってわかったよ」
「自分じゃわからないけどな」
「知多さんのために今回の依頼を受けたんでしょ?」
「三崎から聞いたのか」
「うん。高木くんと知多さんって、どういう関係なの?」
「友達だけど」
「ふーん。ただの友達で、そこまでする?」
「お前も知ってると思うけど、知多は…」
「矢津羅くんと付き合ってるんでしょ?」
「ああ」
「知多さんと矢津羅くんが付き合っているのとは別で、高木くんは知多さんに特別な気持ちはないの?」
「恋愛感情はない。ただ、俺にできることがあれば、あいつのために何かしてやりたいってだけだ」
「うらやましいな」
「何が?」
「知多さん。高木くんにそこまで想われているなんて」
「俺の方が助けられてばかりだ」
「そう。そういえば、こないだの件で高木くんは知多さんが好きなんだって噂になってるよ」
「別に人にどう思われてもいいけど。お前は知っているのか?」
「何の話?」
「知多の写真を撮って、みんなにメールした奴のことだよ」
「…そのことなんだけどさ。三崎ちゃんと調べたんだけど、写真を撮った人は見つけたんだけど、取引を持ち掛けられたようなの」
小澤は携帯を取り出して、剛に画面を見せた。そこには、知多の行動を一週間追跡して欲しいという内容が書かれていた。
「この依頼者のスティンガーって奴と連絡取れないのか?」
「メールを送ってもらったんだけど、エラーになってしまったのよ」
「写真を撮った奴と話がしたいんだけど、会わせてくれない?」
「…ごめんなさい。それを撮ったの、私なんだ」
「え?」
「洋服を作るのに、お金が必要だったのよ。まさか、そんな風に使われると思ってなくて、本当にごめん」
「どういうことだ?依頼者は?」
「お金が欲しくて何でもやりますっていうのを友達経由でチェーンメールみたいに送っていたら、知多さんを一週間追跡して欲しいってメールで依頼が来たの」
「追跡って探偵かよ」
「学校終わってから9時までの時間で、知多さんがどこで誰と居たかを写真に撮って報告するので、5万」
「5万…」
剛は息をのんだ。
「すごいよね。高校生で五万なんて、そんな稼げないじゃない?」
「お金はどうやって受け渡されたんだ」
「私の下駄箱の中に入ってた」
「じゃあ…この学校の奴が依頼者なのか?」
「そうなんじゃないかと思う。あと…私が追跡したのは修学旅行の期間だから、高木くんと知多さんが抱き合ってる写真は撮ってないよ」
「え?ってことは、こいつは複数の人に依頼してたってことか?」
「おそらくね。その写真を撮った人は写真部にはいなかったよ」
「…そうか」
「なんかさ、いつも知多さんの周りで事件が起きている感じがするんだけど、気のせいかな?」
「たまたまだろ。一体、誰が…」
「それは分からないよ。でも、あんまり深入りしない方が良いと思う。じゃあ、写真の現像ができたら、また打ち合わせしようね」
小澤は剛の肩を叩いて、教室から出て行った。剛は手に持っていたコーラのペットボトルを机に置き、椅子にもたれて、天井を見上げ、目を閉じた。剛の目の裏にあの夜の情景が浮かんだ。石霧の上に土が覆いかぶさり徐々に見えなくなった。あの時、確かに皆で埋めたハズだった。ただ、今起きている手の込んだ仕打ちをするような相手が他に思い浮かばなかった。小澤が剛に嘘をついている可能性もあるが、それならば、最初から自分が撮影したとは言わないだろう。何故、知多がまた狙われるのかが剛には理解できなかった。いずれにしても、知多に早く連絡をした方が良いと思い、剛は携帯を取り出して、知多に電話をかけた。
「…もしもし」
「知多?今、どこにいる?」
「家にいるよ」
「これから行っても良いか?」
「大丈夫だよ」
「あのさ…勇も呼んでいいか?」
「いいけど、勇は呼んでも来ないと思うよ。どうして?」
「今は話せない。後で会った時に話すよ」
「分かった。じゃあ、後でね」
剛は電話を切って勇に電話をかけたが、繋がらなかった。剛は勇に電話に気付いたら折り返し電話をくれるようにメールを打って送った。その後、鞄を持つと、急いで教室を出た。

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