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#15 大阪ホスト編(5)

「どないした?」と時雨が聞いた。
「トイレに行ってもいいか?」と彩世は言った。
「ああ。ただし、トイレでえずくのは無しやさかいな。トイレは入り口の横にあるさかい」と時雨は言った。
彩世が夢幻の方に視線を向けて席を立ち、入り口の方に向かって歩いた。
「あ、俺も行っていいですか?ずっと我慢してたんで、漏れそうです」と夢幻は言った。
時雨は、蠅を追い払うような手つきをして、「早う行ってこい」と言った。
夢幻は、席を立って、彩世の後を追いかけるように向かっていった。時雨は、手元にあったグラスを持ち、鏡月を飲み、楓花の腰に手を回した。
「楓花は、てっきり俺の味方や思てんけどな。なんで、彩世を応援してんねん?」
「勝ったら、お店をくれるって言うんやで。ええ話ちゃう?」
「確かにそうやけど、このお店のおかげで、今の俺があるんや。俺が別のお店に行ったら、裏切る形になるやろ」
楓花は、時雨を見つめる。
「…まあ…そういう人情に厚いとこも好きなんやけどなぁ。うちは、あんたなら、ナンバーワンになれるのに本気出してへんのちゃうか思て」
時雨は、楓花の言葉を聞いて、肩を揺らしながら笑った。
「うちは、真剣に言うてんねんけど」
「茶化してなんかあれへんさ。俺がナンバーワンになられへんのは、俺の実力不足さ。…せやけど、楓花」
時雨は、楓花の手を軽く握った。
「自分が俺のサイコロを振る権利があるんやさかい、勝負は自分次第やろ?あの長身の男は、彩世の味方やろうし。とはいえ、今は完全にツキを失うてるさかいな」
「…時雨は、どないしたいの?」
「俺は、負けず嫌いやさかい勝負に勝ちたい」
「そうちゃうくて…」
時雨は、握っていた手を離し、楓花の顎に触れた。
「自分に任せる」
「…そんな大事なことうちに委ねてええの?」
「楓花が選ぶならかまへん」
楓花は、時雨を見つめた。


彩世は、お店の入り口の脇にあったトイレに入り、水道に手をかざすと水が出た。しばらく眺めた後、両手で掬い、顔を洗って鏡で自分の顔を見た。その時、トイレのドアが開き、夢幻が入ってきて彩世に近寄った。
「彩世さん…すみませんでした」と夢幻は、背を九十度に折り曲げた。
「いや…まだ、負けた訳じゃないから」
「でも…このままでは…」
彩世は、夢幻の腕を強く掴んだ。
「弱気になるな。気持ちで負けたら、そこで終わりだ」
「…確かにそうですね」
彩世は夢幻の手を取った。
「それからサイコロを振る時だけどな、このくらい低い位置から振った方が良い」と言い、夢幻の手の5センチ位の高さで彩世は手の平を上にして、軽く傾ける素振りをした。
「こういう振り方だと、出したい数を2分の1くらいの確率で出せるハズだ」
「分かりました」
彩世は、スーツの胸ポケットからハンカチを取り出し、顔を拭いて、髪を後ろに掻き上げた。
「ホントは、髪も洗いたいけどな。黒髪なんて小学生以来だよ。ほら、行くぞ」
「あ、彩世さん、すみません、本当にトイレ行きたかったんです…」
彩世は、軽くため息をついた。
「わかった。表で待ってるから、早く行ってこい」と言って、トイレのドアを押して出た。
彩世は、タバコを取り出し、ライターで火を付けて、吸った。ニコチンが体を巡り酔いが少し醒めて、頭もすっきりした気がする。しばらくすると、夢幻がトイレから出てきた。夢幻は、携帯灰皿を彩世に差し出した。彩世は、タバコを携帯灰皿に押し付けて、吸い殻を放り込み、夢幻に渡した。
「じゃあ、行くぞ」と言い、彩世は時雨と楓花が待つテーブルに向かって歩き出した。お店は、混んでおり、お酒や料理を持った店員やホストとすれ違う。時雨と楓花が話している姿が見えた。
「待たせたな」と言い、彩世は席に着いた。夢幻も彩世の隣に座った。時雨は、夢幻の前にサイコロを置いた。夢幻は、サイコロを取って、サイコロの目を確認した。数字の4を上にして転がる方向の反対に5が来るようにセットした。夢幻はサイコロを転がした。数字は、3を示した。彩世は、手元にあるハートの3をテーブルの中央に戻した。楓花が時雨からサイコロを受け取って振った。数字は6。時雨がテーブルの中央からスペードの6を取り、自分の手元に置いた。夢幻はサイコロを取り、2を上にしてサイコロを転がした。数字は1が出た。彩世は。クラブのエースを自分の手元に置いた。テーブル中央は、ハートの3が残っている。楓花は、サイコロを振った。3の数字が出た。時雨は。テーブル中央からハート3を取り、手元に置いた。
「…引き分けやな。どないすん?」
彩世は、テーブルのカードをしばらく眺めた。自身の手元には、クラブのエース、ダイヤの2,ダイヤの5があり、時雨の手元には、ハートの3、スペードの4、スペードの6が残っている。自分が有利に進められそうな勝負はないかと考えたが、何も思い浮かばなかった。
「そうだな。そしたら、こういうルールはどうだ?サイコロを振って、自分の番の時に自分の手元のカードと同じ数字が出たら、そのカードを失くすことが出来て、相手のカードの数字が出た場合は、お酒を飲ませることが出来る。サイコロを振って、どちらの手元にもないカードの数字だった場合は、サイコロを振った人がお酒を飲む。手元にあるカードが早くなくなった方が勝ち」
「ええやろう。お酒を多う飲んで潰れるか、早うカードを失くすか、どっちやな」
「ああ、因みにこの勝負はチーム戦にしても良いか?お酒は、チームのどちらかが飲むってことで」
時雨はカードを手に持ちながら、「なるほど。かまへん」と答えた。
「さっきは…俺からだったから、先行は、あんたからでいいよ」と言い、時雨は彩世にサイコロを手渡した。
彩世は、サイコロを何かを祈るかのように両手で包み込んで、投げた。サイコロは夢幻の鏡月の入ったグラスに入った。サイコロは、氷の間をすり抜けてグラスの底に落ちた。サイコロの目は5だった。彩世は、自分の手元にあったダイヤの5をテーブルの脇に置いた。
「気合入ってるな」
楓花は、近くに居たホストを呼んで、スプーンを頼んだ。ホストは店の奥に向かった後、すぐに戻ってきてスプーンを楓花に手渡した。楓花は夢幻にスプーンを渡した。夢幻はグラスにスプーンを入れて、サイコロをスプーンですくい取り、手元にあったおしぼりで拭いて時雨に手渡した。時雨はサイコロを振った。1の数字が出た。彩世の前にテキーラショットが置かれる。彩世がグラスを取ろうとすると、夢幻がグラスを手に取り、テキーラを一気に飲み干した。グラスに刺さっているライムを手に取り、かじった。
「強い味方がおって良かったな」
「そうやって、笑っていられるのも今のうちだぞ」
彩世は、夢幻を見た。彩世の知るところでは、夢幻は、お酒は強い方ではなかった。テキーラショットは、おそらく飲めて3杯までと思われる。彩世も時間をかければ、たくさんは飲めるが、短時間で強いお酒を大量に摂取するのは苦手としていた。そのため、手元にあるカードの数字を早く出すことが重要だった。しかし、時雨にお酒を飲ませずに上がることも悔しい気持ちがあった。彩世は、サイコロを見つめた。サイコロは先ほどと変わらず、1の数字を示している。彩世は、サイコロを取った。サイコロの面を6に合わせてサイコロを転がした。サイコロは2の数字で止まった。彩世は手元にあったダイヤの2を先程のダイヤの5の上に重ねておいた。
「…おもんない男やな」と時雨は言い、サイコロを放った。サイコロは3を示した。時雨は自分の手元にあるハートの3をテーブルの脇に置いた。彩世は、サイコロを取った。1が出れば、勝つことができる。4と6が出れば、時雨にお酒を飲ませることができ、他の数字が出た場合は、自身がお酒を飲まなければならなかった。
彩世は、サイコロの面を3に合わせてサイコロを転がす。4の数字が出た。時雨の前にテキーラショットが置かれた。時雨は、グラスを持ってテキーラショットを飲んだ。
「さぁ、おもろなってきた」
時雨は、サイコロを振った。サイコロは1の数字が出た。彩世の前にテキーラショットが置かれた。夢幻がグラスを持ち、テキーラショットを飲んだ。彩世が夢幻を見ると、目が座っている。彩世もテキーラショットを2杯飲んでおり、これ以上に飲むのは避けたかった。彩世は、サイコロの目を6にして軽く転がした。サイコロは1を示している。彩世は、手元にあったクラブのエースをテーブルの脇に置いた。

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