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ぐるぐる話:第22話【記憶】 @3259



こちらはリレー小説です。

今までのお話・・・

スマホがほしくてたまらない、小学4年生の柚は姉の杏と母親の麻子、そして現在はイギリスに出張中の龍之介と浅草で暮らしている。ある日、祖母の木綿子のもとを訪ねた柚はスマホのことを母親の麻子に話してくれと懇願。
温泉旅行を計画し、一肌脱ごうと考えた木綿子だったが、温泉宿楓屋の露天風呂で、ふとした拍子に柚が溺れてしまう。
奇跡的に命をとりとめた柚だったが、記憶障害が残るかもしれない・・・と医者に言い渡されて母麻子は愕然とする。
宿で待つ杏と木綿子、病院で柚につきそう麻子はそれぞれが不安な思いを胸に抱えながら柚が正気にもどるときを祈るように待っていた。




前回までのお話はこちらから・・・
1話から21話まで、個性豊かな皆さんが1話ずつ
それぞれが自由気ままに物語を紡いでくれました。
すべてのお話は順番に「ぐるぐる話マガジン」に綴じてあります。
お時間ありましたらどうぞお楽しみください。




記事の最後で個人企画「ぐるぐる話」のご案内をしています。
あわせてご覧くださいね。




第22話 【記憶の行方】


1度目の電話では、まだ柚が呼吸を自分でできるようになっただけ・・・文字通り、息を吹き返した状態だったため会話もそこそこに切り上げてしまったことを思い出した麻子は、ふたたび木綿子に電話をかけた。


自力呼吸はできるようになったものの、まだ深い眠りの中にいること、そして、もしかしたら脳になんらのかの障がいが残るかもしれないことを、できるだけ静かに落ち着いた声で木綿子に伝える。


電話の向こうからの間で、木綿子の顔が目に浮かぶようだった。それでも木綿子は娘の麻子を気遣うようにこう言った。


「ふん!なにを辛気臭い声だして!もう心配することなんかないよ・・・!自分で呼吸ができるようになったんだろ?なら、足りなかった分の酸素だってじきに脳みそに届くだろうよ・・・大丈夫・・・そうすればまた元通りの柚になるさ・・・ね・・・そう思わないかい・・・?こっちのことはかまわなくていいから、今は柚のそばであんたの気を届けておあげ・・・それがいちばん柚にはきくはずなんだからね・・・大丈夫・・・もう死神はどこにもいやしないよ!さ!早く!柚のところへ行っておあげ!!!じゃあね、きるよ!」


言葉尻に気丈さをちりばめあっという間に電話をきった木綿子に、そんな風に言われればもっともだと思う。死神はまるで麻子のその気丈さに恐れおののいて退散したように感じる麻子だった。そう・・・いつだって、どんなときだって麻子を力強く見守ってくれていた木綿子の言葉は、麻子にとって言霊だった。なんの根拠もないことは火を見るより明らかだというのに、散り散りに砕けた心や、重く沈んでどうにもならない心を、雪が降ったあとの草原のように、静かに真っ白く冷静にしてくれる力を持っていた。


木綿子との電話を切り、ふたたび柚の病室に入ると、ベッドのそばのパイプ椅子に腰掛ける麻子は、いつもの「よいしょ!」が口からこぼれてしまわないように、ゆっくりと息をはきながらジーンズのお尻を茶色いビニールの座面にそっと乗せて柚を見た。


ベッドで寝息をたてている柚の額に手をおく。そして、空気中の全ての陽の気を強い視線で引き寄せようとしているごとく宙を睨みながら、自分の中で確かに息づいている元気という気を祈りとともに柚へ送ろうとしていた。右手は柚の額の上へ・・・左手は気づくと自分の心臓のあたりを無意識に触っている。心が穏やかになっていくのがわかる・・・大丈夫・・・母さんもそう言った。だからきっと大丈夫・・・そう・・・きっと全ては大丈夫・・・麻子はそう胸の中でくり返した。




麻子は「気」の存在を信じていた。人に話をすると、まさかそんなこと・・・とバカにされて笑われることもあったけれど、人にどう思われようと麻子はかまわないと思っていた。
杏を身ごもってすぐに自然育児に目ざめた麻子は、出産の場所に助産院を選んだ。そして、その出産を機に人間として生きてきたこれまでの時間を、追い越してしまうくらい、これ以上ないくらいの濃厚な動物としての3年間を過ごした。


妊娠中の体重制限が厳しかったおかげで、体重増加は6キロ・・・マタニティスイミングやマタニティヨガを楽しみ、朝晩1時間の散歩を欠かさなかった。そのため、ふくらはぎや背中の筋肉はきれいに割れて、お腹を見なければ妊婦とは気づかないくらい引き締まった体をしていた。


よく食べ、よく動き、よく眠る、すこぶる健康的な妊婦生活を送っていた麻子は、スクワットをしたりジャンプをしたり、ビニールシートを敷いた畳の上で立ったままふたりの子どもを産んだ。稀に見る安産だったと、あとになって助産師から聞かされた。それからというもの、自然育児に魅了された麻子は、食べ物や身の回りの全てのものに対する考え方も変わっていった。いつもチャラチャラふわふわしていた麻子は、出産という動物的な体験を通して、大きく変わっていき、またその変化した自分に満足もしていた。


とにかく今は私のこの元気を柚に送ってあげよ・・・今できることって言ったら、それくらいしかないもんね・・・麻子は目を閉じると気持ちを右手に集中し、柚の額の温かさを感じていた。


どれくら時間がたっただろう・・・ふと気づくと柚が目をさまして麻子のほうをじっと見つめている。



慌てて何かを言いかけるが、その言葉を柚が遮った。


「スターピープルってなんだろ?月光姫って知ってる?そうそう・・・あたしの髪留め用のゴムは?見つかったのかな?あれ・・・未来(みく)とおそろいで買ったやつだから、すごく大事にしてたんだけどな・・・そうだ!バラは?よくわからないけど、さっきすごくきれいなバラをもらったの・・・それを皆にも見せてあげたくて・・・あのバラはどこにあるの?すっごく可愛らしいバラなんだよ・・・ママにも見せてあげたいな・・・」



麻子は驚いた。言っていることが支離滅裂だった・・・。確かに柚の髪はお湯の底の排水溝にはさまれてしまい、それをどうにかしようと麻子が宿からハサミを借りて滅茶苦茶に切った。けれど、柚が言うように髪どめ用のゴムなどもともとつけていなかったし、ゴムで結ぶほど柚の髪の毛は長くはなかった。


あの時、柚が湯の中にいるにも関わらず、後ろ向きに倒れて頭を強くぶつけたわけこうだ。その日、岩風呂は番頭さんが掃除をする予定になっていて、排水バルブを開いてお湯をすべてぬいた。掃除を終えて本来なら給水バルブを開くときに排水バルブを閉めるところを、番頭さんが忘れてしまったために、給水と排水を同時におこなっている状態だった。そしてそのことで、普段よりずっとお湯の量が少なくなり、後ろにひっくり返った柚は強く頭を打って意識を失うことになってしまったのだ。



だから、柚の髪留めの話はまったくの柚の記憶違い・・・ということになる。


けれど、まだ意識が戻ったばかりだし、さっき先生が話していた通り、記憶が飛んでしまっているのだろうから、そうそう心配する必要ないわよ・・・大丈夫よね・・・?麻子は自分自身に言い聞かせるように、頭の中に湧き上がる考えを打ち消した。


「みんなは?みんなはどこにいるの?」



柚のその言葉でハッ!っする。そうだ・・・柚が目をさましたことを、母さんや杏に知らせてあげなくちゃ・・・きっとまだ深い眠りの中にいると思っているだろうし・・・はやいところ安心させてあげなくちゃね・・・。



慌てて木綿子の携帯に3度目の電話をかける。そして、たった今、柚が目覚めたこと、少し記憶が飛んでしまっていること、髪のゴムがどうとか言ってるけど、柚がこけたときって、実際どんな感じだったの?と、まるで救急隊員のように木綿子を質問攻めにしたくなる麻子だった。



【 23話につづく 】


ぐるぐる話ってなによ?という方は
ぜひこちらお読みくださいね♪



最後までおつきあい頂きありがとうございます。
次回もワタシitoがお届けいたします。
どうぞお楽しみに!



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