身体で理解した言葉の強度。
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身体で理解した言葉の強度。

海外出張から帰ってきたからかもしれないし、帰国したら選挙期間だったからかもしれない。「身体で理解することの強度」というテーマを強く意識するようになった。「頭で理解して、口で話している」人が多いと感じるからだろう。簡単にいうと「薄っぺらい」言葉が溢れすぎているという感覚だ。

糸井重里さんと秀島史香さんの対談で出てくる、「FMしゃべり」というのは、まさに頭で話した薄っぺらい言葉のことを指摘しています。

一方で、自分が体験したことから出てくる言葉には強度がある。昔、爺さんからよく聴いた戦争時の話や、誰かの失敗談が心に響くのは、身体で理解したことを言葉にしているからなんだろう。数字で説得されることよりも、身体で感じた言葉には強度がある。

最近感心したのは、うちの5歳児双子が使った「ぶかい!」という言葉。服が大きくて脱げそうで、気持ち悪いときなどに使う表現らしい。ブカブカから来ているようだ。自分の感覚にあう表現を作り出して使っているからだろう。言葉としてすごく強度がある。言葉を作り出したくなるほど、伝えたい感情だったんだろう。「ぶかいから嫌だ!」と言われると、すんなり納得してしまうw

自分も、身体で理解することにつながるインプットを意識して増やそう。挑戦すること、ヒリヒリすることの肯定にもつながるから。頭で話さず、身体で感じたことを腹から話す、そんなことを感じた一週間でした。

今週は以上です!

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ありがとうございます^_^
株式会社空気読み代表。コンセプト設計・企画・実践をやっています。興味:依存しない生き方/その他の選択肢/クリエイティブ都市/メディア/コミュニティ 自由大学脱藩学教授 著書:「空気読み」企画術/前に進む力/顧客に愛される会社のソーシャル戦略 手書き地図推進員会