解剖する蟻たち

街を走り抜ける道路に、蝉の亡骸が落ちている。
亡骸なんていうよりも、死骸といったほうがなんだかお似合いの蝉。
魂も抜けちまって、こいつはほんとに幸せな1週間を生きていたのだろうか。
なんて思ってしまう。

俺はそんな蝉に食らいつく。
旨くも不味くもない。ただ食ってるだけ。
働き蟻の分際で、勝手につまみ食いしてるのが悪いのかもな。
だけど、こいつの硬くなった目を見ると、どうも考えちまう。
ま、もともと俺たちの目は硬いから、死に顔も大して変わんねえがな。

「おおい、そっちの腹のあたり、もうちょっと削れねえか?」
ったくよお・・・生まれながらの仕事だとわかってても、
他人・・・他虫の腹をえぐるのは嫌なもんだぜ。

「お前さぁ、最近おかしくねえか?せっかくのご馳走だぜ?」
「こんなにうまいもん、たらふく食えるのによ」
何も言わずに、ただ黙々と蝉をつまみ食いしては仕事をする俺を、
仲間は不思議がるやら、茶化すやら。

だんだん俺から仲間が離れていく。
なんていい気分なんだ。無理に蝉を解剖しなくてすむ。

にしても、俺たちは何故、別の虫の解剖方法を知っているのだろう?
生まれた時から知っていたらしい。
誰かから解剖術を教わった覚えもない。
先祖代々受け継がれてる。DNAとかいうやつか。厄介だな。DNA。

俺たちは獲物の解剖術しか知らないのか?
ほかの虫とか動物の解剖術ってプログラムされてねえのか?

ふと俺は思い立った。
ふっと横を見ると、今にも死にそうな雀のひながいる。
あの木の上から落っこったのか。痛かっただろうな。

でも・・・お前は俺の餌食になるんだ!

・・・。

雀は無言のまま、俺が牙を肉に突き刺すのを見ていた。
どうぞ、と言わんばかりのその目を見て、俺は思った。
俺はなんて馬鹿な奴なんだろう。

そう思った直後、親雀が俺を丸呑みにしやがった。
俺は雀の胃液に溶かされかけている。
助けを請おうとは思わない。が次の瞬間。

俺は子雀の餌となった。
痛くもない。俺のことを噛まないから、ただ飲み込まれてゆくだけ。

俺はいつの間にか雀の外に出ていた。
仲間たちは俺が元々いなかったかのように、せっせと解剖を続けている。
雀の子は親に置き去りにされたままのところを人間に保護され、元気を取り戻しているらしい。

何故、親雀は逃げたのだろう。
確か、俺が子雀の腹の中にいる時、仲間の「殺せ!」という声がかすかに聞こえていた。
まさか蟻が雀を襲ったのか?そんなはずはない、飢えてるわけじゃあるまいし。

人間は、次に生まれ変わるならもう一度自分になりたいという奴もいるらしいじゃねえか。
俺は絶対嫌だね。解剖したって、何も楽しくねえんだよ。
生まれ変わんなくていいわ、俺。
このまま、透明のまま、虫の小さな世界をぼーっと見てるだけでいい。
それが今の俺の日々の楽しみさ。

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