[XR創作大賞応募作]きっとそんな未来に-XRが浸透した世界で建築プロジェクトを行うとしたら


 20XX年、XRデバイスが当たり前にあっても、全部の人がつけている訳ではない程度の未来。今日はそんな世界の片隅を見てみよう。舞台は日本某所、S市に新たなショッピングモールができるまで。ここはすこやかファンタジー、アバターもえくぼでお願いします。

XR、XRってなんだ

  XRは君が見た光、僕が見た……ではなくて、VRやARやMR、なんとかリアリティを合わせて呼ぶ言葉。ヘッドマウントディスプレイを被ってバーチャル空間に入るのはVR、眼鏡に映して視界に重畳するやつはAR、バーチャル空間をメインにするとMR、ロボットに憑依して自由に動くやつ、これはテレイグジスタンス遠隔存在感なんて言いますね。振動による手触りの再現から匂いや味をつくっちゃうものまで。この話でのXRは脳を直接弄るまではいかないけど、薄くて軽くて便利なやつがスマホぐらいに普及してるイメージでお願いします。所謂リアルの代わりに物理って言葉をつかったりも。

みんなでつくる、みんなのたてもの

  
「案内板が見えづらい?手前の柱が干渉してるね」
「スロープ傾斜をもう少し緩やかにしたい、車椅子でも外が見えるように」
「広告を見た子供が走り出しちゃうか。すこし奥に置いてもらおうか」
「スピーカーがうるさすぎる、動線からずらした方がいいな」

 XRがもたらしたものの一つは「3Dデータが誰でも体感できること」だ。ディスプレイに比べてずっと身近で、直感的。データでできた「空間に入る」ことができる。独身、カップル、子ども連れ、ハンディキャップ、多言語対応……いろいろなひとに、起工前に建築物に入ってもらう。単純に見て聞くだけなら家からでも、車いすのスロープ登坂や緻密な音響は専用施設で。こだわりの触覚もだいぶ再現可能になった。評価職人として引っ張りだ。トラブルの後に対策するのも大事だけど、そもそも起こらない方がいい。データを現実のものとして触れられることで、世界の見通しは良くなる。
 チームメンバーがいろいろな形態になって評価することもある。外注できない仕事の時には、アバターに入る・アバターになることで肉体を超えた視点を獲得できる。これもXRの恩恵、「身体性の拡張」の一つだ。自分の視点を、感覚を増やすことは着想にもつながる。体験しないとわからないことも沢山あり、増やすほど優しくなれる気もする。
 要望だけ押し寄せてもあふれてしまう。データ量を膨大に増やすためには、うまく使う術が欠かせない。かつては人工知能(AI)革命なんて言葉も飛び交ったけど、実際はデータの集約、調整、加工、構造計算、法令遵守に部材の需給予測…できる範囲でソフトにお任せし、その範囲も広がっている。対話型インターフェースもすっかり板についた。

「アイ君どうなってる?」
[今日までの要望は問題ないです、吸収できる範囲ですね]
「それは重畳、この一角全面ガラス張りにできる?」
[樹脂窓ならABCとこんな感じに]
「やだ思ったより恰好いい」
[追加予算はこのぐらい]
「ちょい、ちょっい待って」
[1週間以内の決断なら間に合いますよ]
「説得頑張ります……」

 データの共有で大事なのは、同じものを見ること。それを担うのがバージョン管理と高速無線通信。1本の幹に情報をまとめ、端末情報や通信環境をもとにいい感じに変換し、キャッシュなりストリーミングなりで利用できる。少し不思議で便利な世界になりました。

サイバーシティ・ダイバーシティ


 データと精密測位とが合わされば施工も楽勝……なんてことは決してない。資材に段取り現場作業、進捗管理とやることはいつだって無数にある。ただ変わったのは働くかたち。働くからだ。例えばデータ投影とカメラからの解析で、計測の手間を省いたり。

「よーし位置ずれなし」
「なーんかゲームのチュートリアルやってるみたいなんですよねえ」
「ずれの蓄積を遊びで吸収するのも大事な仕事よ」
「そんなもんすかねえ」
「微妙な調整は現場でやるさ、ほらそっち頼む」
「へーい」

 働くからだはもっと変わった。手が3本欲しい?壁面は6脚で?重いものを狭い導線で搬送したい?身体拡張や遠隔臨場~テレイグジスタンスで多彩なからだを得たことで、できることが広がった。災害救助の危険な現場でも、遠くから作業できれば安全だ。

「肩手で支えて利き手でネジ止め、便利な世の中になったもんだ」
「三点接地で安全ヨシ!」
「さすがに腕四本同時作業はあの人だけだなあ」
「テレイさんは自宅からでしたっけ?」
「認証取得しちゃいました、S市から100キロ圏内ならどこでも握手!」
「しばらくこの現場につきっきり?」
「ちょいちょい他も、スポット参戦もやってますねえ」
「景気いいな!」

 少子高齢化による人手不足もあったけど、身体拡張が現場を変えた。ヒトかロボットか遠隔操作かではなくて、大事なのは安全、進捗、そしてコスト。実績や実力の可視化もあるけど、契約周りが整備されたことが大きい。誰もが自分の思うように働ける世界は、誰もが適切な契約を結べる世界でもある。そんな世界で僕らは元気にやっている。

パラリアル・汎リアル


 いよいよ竣工。竣工と言えば式典だ。セレモニーはバーチャルと物理空間の両面で行うのが当たり前になった。バーチャルに施設を開放することは格好の宣伝にもなる。広告収入も馬鹿にならないし、通販と連携すればテナントの受益も大きい。イベント集客ならなおさらだ。カメラ映像をストリーミングで共有するのはプライバシー上できなくても、モブの姿を被せて映し出せばいい。バーチャルから物理空間への投影も同じこと。プライバシーとコミュニケーションのほどよい関係はまだまだ模索中だけど、概ね問題は起こっていない。

「何でバーチャルがあるのに物理で集まるのかな?」
「そこに場があるからさ」
「物理で来れたけどバーチャルで、って人も多いよね」
「この方が『わたし』だからね」

 物理空間にロボットで参加する人もいて、モニター越しの顔がアバターなこともままある。プライベートの式典ではバーチャルの接続場所-所謂インスタンス-も来訪者が管理されているのもあって、バーチャルと物理空間の相互対話も活発に行われている。アイウェアやロボットのカメラ越しなら、視界に重ねれば違和感はほとんどない。特別な機器がない生身でも指向性スピーカー/マイクがある。壁面に映像を投影して輪に加わるコトも可能だ。空間そのものが多様なコミュニケーションのためにつくられている。技術を人々が使いこなすのではなく、社会に技術が溶け込んでいく。使いこなす人達の方はもうすごいことになってるけど、それはまた別の話。

「物理でしか来れない場所って?」
「もうすぐ付くよ、奥にあるのが正真正銘一点ものの彫刻だ」
「これは力作だねえ、バーチャル公開しないのかな」
「そういうポリシーらしいよ、遠くの人はロボットで見に来てって」
「ちょっと待て、何か光り始めたぞ!」

「ここがバーチャル限定の展望台か」
「デフォルト夜景の他に……ご当地作家プログラムが沢山」
「どこにでも行けるバーチャルで、ここにしかないものの一つなのかしら」
「カダスツアー22時間あるぞ」
「バーチャル容赦ねえ」

 XRはリアルを分けるのではなく、リアルを増やす技術だ。1日24時間、ただ一つのタイムラインという制約は変わらなくても、リアルを選べることで人も社会も変わっていく。次の世界はどうなるだろう?それはきっと、楽しくなるに違いない。

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