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雨の降る日に

雨というと村上春樹さんの「中国行きのスロウ・ボート」の「ニューヨーク炭鉱の悲劇」という短編に出てくる1シーンを思い出す。
雨が降ると軍用のポンチョを被って動物園に出かけ、猿だかの檻の前で缶ビールを飲む友人の話である。
その描写がなんとも言えず好いので、雨の日にはいつも思い出す。

高校生のころガールフレンドと雨の日にデートをした事がある。
今のようにあちこち遊べる所も少なく、喫茶店でコーヒーを飲んで、しばらく他愛のない話をして店を出て、ぼくらは雨の中を黙って歩いた。
結構な雨降りだったと思う。
ぼくはスニーカーのつま先から滲みてくる雨で靴下までぐずぐずになっていたし、ふと見た彼女のスカートの裾もずいぶん濡れてしまっていた。
今思えば相当な距離を歩いたと思う。
どうしてそうなったのかは覚えていない。
どんなことを思っていたのかも思い出せない。
ただぼくらはそんな状況に不満を漏らすでもなく黙ってひたすら歩いた。

ぼくらは長い坂道を登り頂上にある気象台の建物を眺めた。
そのあたりで後ろを振り返ると、夕方近くになっていて青く染まった町が雨に煙っていたのを思い出す。

それでぼくらはまた坂道を下りていった。

「ニューヨーク炭鉱の悲劇」を読んだのも、たぶんその頃だったと思う。
村上春樹さんにしては読みやすくて、高校生だったぼくにはとても助かった。羊三部作とかは難解でよく分からないというのが本音だったりしたからだ。

彼女は雨の日に、ふと思い出したりするのだろうか。
もしそうならいいと思う。

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