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エンド・オブ・ザ・ワールド

少し前に書いた物を再掲。

乾燥したいい天気が続く。
いかにも冬の天気だ。
人間なんて勝手なものだから、晴れたら晴れたで湿度が...と文句を言い、雨なら雨で洗濯物が...と文句を言う。
そんな堂々巡りをぼんやり頭の中で繰り返していた京王線。
ふと思い出した事がある。

なに、大した話じゃない。
でもちょっと長くなるから、飲み物でも取ってくるといい。

もう随分昔の話だ。
どれくらい昔かというと、僕はまだ学生だった。
そうなると、もう30年近く昔の話だ。

たぶんバイトの帰りだったと思うが、通り雨に降られて、傘をもっていなかった僕は近場にあったタバコ屋の軒先に飛び込んだ。
当時はまだ自販機と窓口が併設されていたから、窓口ではおばちゃんが飛び込んできた僕を訝しげに眺めていた。
何も買わないのも申し訳ない気がして、僕はセブンスターを一箱買った。
本当は1時間くらい前に買ったばかりなのだけど、まあこれは仕方ない。

「ひどい降りだね。小止みになるまでいた方がいいよ」

おばちゃんが言う。
どういったら良いのだろう。
おばちゃんであるから女性なのだけど、その髪型はどう見ても角刈りだった。
半分白髪だったから、胡麻塩頭とでもいうのだろうか。
その髪型にTシャツ、短パンといった出で立ちで、Tシャツはローリングストーンズのベロのプリントが入っていた。

そうスね

僕はそう答えると、買ったばかりのタバコを開けて一本取り出し火を点けた。
店の奥からは何か陶たような匂いがしていた。
テレビの音が聞こえていたから、奥には家族がいたのかも知れない。

「アンタさ」
はい
「占いって信じるかい」
は?
「占いだよ。生年月日とか星座とかあるだろ」
はぁ
「信じるかい」
いやぁ、あんまり

僕は曖昧に答えた。
そういうのを信じるか信じないかという事よりも、初対面の客にいきなり切り出す話題には相応しくないのではないか、という事の方が頭の中を占めていた。

「アタシさ、そういうのを見る仕事もしてるんだよ」
はぁ
「結構偉い人も見てもらいに来るんだ」
はぁ

おばちゃんの顔を改めて見る。
年は70手前くらいだろうか。
はっきりとした顔立ちだが、まるで生まれたときからそうだったかのように、眉間に深い皺が刻まれていた。
おばちゃんは「お茶でも飲むかい」と言って、一度奥に引っ込むと、何故かアイスコーヒーの缶を持ってきた。
それを僕に手渡しながら

「大丈夫だよ、見てやるから金よこせとか言わないから」

と言った。
それからしばらくおばちゃんは、誰それが見せにきたとか、誰それは今年運気が悪いとか、そんな話をしていた。
僕は聞くでもなく聞かないでもなく、早く雨が止まないかな、とそればかりを考えていた。

通りは盛大に跳ねを上げながら車が行き交い、降り始めた頃には鳴き止んでいた蝉がまた一段と大きく鳴き始めていた。
たぶん5時くらいだったか。
夏の5時はまだ明るく、暑く、店の中のエアコンから流れてくる冷気がありがたかった。

その話題は唐突に始まった。

「アンタ、世界が終わる時の事を考えたことがあるかい」
え?
「この世の終わりだよ」
いや、ないです...ね

僕は急に始まった話の展開について行けず、とりあえずゴクリと缶コーヒーを飲んだ。

「雨さ」
はい?
「雨が降るんだよ」
雨...ですか
「そう。雨」

おばちゃんは店先に並んでいたハイライトをひとつつかみ、セロハンを剥がすと一本取り出した。
僕は小止みになった雨を見た。

「降り止まないんだよ、ちっとも」
はぁ
「気がつくと、もうずっと降り続けていてさ。誰かが気づいてそう言って、みんなが気づくんだけど、もうどうしようもないのさ」
はぁ
「どんな事をしても止まないんだよ。ほら、明けない夜はないとか止まない雨はないとか言うだろ。そうじゃないんだ。本当に止まないんだ」
洪水とかになるんですか
「いや、それすらならない。強くも弱くもない雨が、ただもう本当に延々と降るんだよ」

僕はおばちゃんがマッチでたばこに火を点けるのを見ていた。
『強くも弱くもない雨が延々と降る』
僕は想像してみたが上手くいかなかった。

それから何を聞いたのか、何を言ったのか忘れてしまったけれど、僕はコーヒーのお礼を言いタバコ屋を後にした。

まあそんな話。
オチなんてないよ。

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