【健康の話】季節の移ろいと僕たちはどう向き合うか?#362
皆様、こんにちは。
佐伯です。
本日の富山県はスポット的な大雨に見舞われており、昨日までの快晴が嘘のような雨模様です。
秋の天気の変わりやすさは本当に凄いなと実感しております。
ちなみに今日は大雨ですが明日には晴れる予報なので尚更凄いなと感じます(笑
さて、このように日本は四季がありその時期、その時期で違った顔を見せてくれます。
きっと四季の無い国から日本に来られた方は、その変化の激しさに驚くことでしょう。
もちろん36年間日本人として生活している私も慣れている訳ではありません。
春の少し肌寒い暖かさに気持ちが和らいだり。
夏の燃えるような暑さの中でこそ得られる、特別感のある働く充実感を得たり。
秋の恵みを自分で獲ったり、人に配ったり、貰ったりとお腹一杯になるまで食べて楽しんだり。
冬の寒さに身を縮こませながらも、寒さからかいつもより人と接する温かみを感じたりします。
もちろん四季の変化はそれ相応に体にも負担がかかります。
何せ3ヶ月に1回環境が変わるのですからね。
季節の変わり目は本当に体調管理が大変です。
ここで伝えたいことは、四季とは変化を人生に取り込むことでより日常が楽しくなる一方で、変化に対する負担という側面もあるということです。
これは自然の中で仕事をしていると感じることですが、自然からの恩恵と試練は表裏一体ということです。
何事においても良い面と悪い面があるんだよ、と教えてくれているように感じます。
少しスケールの大きい話になるかもしれませんが、人類は産業革命を通じてこう言った四季の恩恵と試練から距離を置くことができました。
缶詰などの保存食やハウス栽培、冷凍技術など季節や温度を人の手で管理することで1年を通じて同じものを食べることができます。
熱く慣ればクーラーをつけ、寒く慣ればヒーターを焚くことで夏の暑さと冬の寒さを克服しました。
とても便利になりました。
私もこの便利さはとても大好きです。
ですが、ほんの少しだけ寂しくも感じます。
科学の力で自然の恩恵だけを再現することが可能になりました。
ただ自然からの試練は科学で再現する必要も無いので、そこは省略されています。
足りないのは不便さなのかもしれません。
私たちは先人たちや最先端を走り続ける一部の方々の努力のお陰で恩恵だけを享受する事ができるようになりました。
とても便利で素敵な事です。
ですが便利すぎて、ぼんやりしていると今が春なのか夏なのか秋なのか冬なのか分からなくなってしまうかもしれません。
それだけ現代の科学は進歩していると思います。
昔の人が見たら、最早、魔法の域でしょう。
だからこそ、日々の生活の中に外に出て自然と触れ合う機会を作ることが大切だと思います。
春に桜を見ながら散歩して、夏の暑い日にアイスコーヒーを飲みながら公園の日陰でおしゃべりして、秋に果物狩りに遊びにいってお腹一杯になり、冬はみんなで各々食べたい食材を調達してお部屋でお鍋をしてみたりと結構楽しく遊べると思います。
ちょっとした一工夫が季節の移ろいを楽しみ、日々の生活を豊にするコツなのでは無いかと思います。
それでは皆様、ご機嫌よう。