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「土木」ということばの歴史を辞書でたどる

※月刊「建設」2020年1月号に寄稿した「土木」ということばの歴史を辞書でたどるのうち、国語辞書類がインターネット上で公開されなくなりつつある現状を踏まえて、内容を修正してここに記す。

1. はじめに

2019年9月、三省堂の国語辞典『大辞林』が13年ぶりに改訂、第四版として発売された。

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三省堂「大辞林第四版」

「土木」の項目がこれまでとは一線を画す新たな説明内容となったので、「土木」ということばと関連語を古代からたどりながら、ここに紹介したい。



2. 辞書の「土木」の変遷

明治から今回改訂の『大辞林第四版』までの主な辞書の「土木」の説明を示す。いずれも、「[材料]などを用いて[構造物]などを造る工事のこと」という記述が中心である。
Google検索で「土木とは」と入力すると、最初に表示されるのは、『岩波国語辞典第七版』(2009年)の説明であった(※2021年現在は表示されない)。『コトバンク』サイトでは、『デジタル大辞泉』(2019年更新)と旧版の『大辞林第三版』の説明を見ることができた(※2021年現在、『大辞林第三版』は表示されない)。



発行 辞書・版(辞書の分類) 土木の説明(注記・語義※1)
1868 新令字解(漢語辞書)土木 トボク フシンヲスルコト
1888~1891 言海(国語辞書) ど-ぼく(名)土木 普請。作事。
1902 新訳英和辞典(英和辞書) Engineering, ①工學.②工事.③操掌.
Civil engineering, 土木工學
1903 漢和大字典(漢和字書) (い)つちときと。〇〔後漢〕――形體、不自藻飾。(ろ)建築。〇〔淮〕築―搆―。
1907 辭林(国語辞書) 家屋の土臺・堤防・道路・鐵道・橋梁等すべて木材・鐵材・土石などを使用する工事の稱。
1915~1919 大日本國語辭典(国語辞書) 🈩つちと木と。🈔道路・堤防・鐡道・橋梁等に関する工事。土木工事。
1925 廣辭林(国語辞書) 家屋・燈臺・堤防・道路・鐵道・橋梁・隧道・運河等すべて木材・鐵材・土石などを使用する工事。
1955 広辞苑・初版(国語辞書) 家屋・道路・堤防・橋梁・港湾・鉄道・上下水道・河川など、すべて木材・鉄材・土石などを使用する工事。
1972~1976 日本国語大辞典・初版(国語辞書) (古くは「とぼく」とも)
(1)土と木。(2)土や木を使っての工事。木材、鉄材、土石などを使って建物、道路などをつくる工事。
1988 大辞林・初版(国語辞書) 〔古く「とぼく」とも〕①土と木。②土石・木材・鉄材などを使用して、道路・建物・鉄道・港湾施設などを造る工事。「―建築」
2006 大辞林・第三版(国語辞書) 〔古く「とぼく」とも〕①土と木。②土石・木材・鉄材などを使用して、道路・橋梁(きようりよう)・鉄道・港湾・堤防・河川・上下水道などを造る建設工事の総称。〔従来は家屋などの建築を含んだ〕→建築
2009 岩波国語辞典・第七版(国語辞書) 木材・鉄材・石材などを使ってする、家屋・道路・鉄道・河川・港湾などの工事。
2019 デジタル大辞泉(国語辞書) 1 土と木。2 土石・木材・鉄材などを使って、道路・鉄道・河川・橋梁(きょうりょう)・港湾などを造る建設工事。土木工事。また、それら建築物を造る産業。3 《「土木工学」の略》土木2に関する理論と実際を研究する工学の一部門。「大学で土木を専攻する」
2019 大辞林・第四版(国語辞書) 〔古く「とぼく」とも〕①土と木。また、飾り気のないことのたとえ。→形骸(けいがい)を土木にす(「形骸」の句項目)。②道路・橋梁(きょうりょう)・鉄道・港湾・堤防・河川・上下水道など、あらゆる産業・経済・社会等人間生活の基盤となるインフラを造り、維持・整備してゆく活動。〔古代・中世においては「造作」などとともに建築工事の意で用いられたが、以降江戸時代まで「作事」「普請」が使われ、明治になってから再び「土木」が「建設」「建築」とともに使われるようになった〕

記述だけで第三版の二倍程度の分量に増加している大辞林第四版の改訂の要点は以下のとおりである。

(1) 注記の〔古く「とぼく」とも〕

古代に「土木」は「とぼく」と発音されていた。

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古辞書『色葉字類抄』(1177~81年成立)
(出典:国立国会図書館デジタルコレクション)

平安末期(1177~81年)に成立した橘忠兼の『色葉字類抄いろはじるいしょう』は、頭音とうおんによって「いろは」四十七部に分け、さらに意味によって天象・地儀など21門に分けた辞書である。漢字の四隅に点を打って読み方を表す「声点しょうてん※2」が付されており、当時の読み方の手掛りが得られる。「土木」は「度(と)」の部の「畳字じょうじ(二文字以上で構成される熟語)」の門に「土木 伎藝 トホク 工匠分 又造作名也」とある。
伎藝ぎげい」は美術・工芸の技術、わざの意味、「トホク」は漢語の読みであり、声点は「土」の右上に一点、「木」の右下に二点の「去入濁」という調子の発音で、単純に表記すると「トボク」である。「工匠分」は語分類が工作の職人、大工であることを示す。末尾にある「名也」は同義語を表し、「造作ぞうさく」はものを造ること、建物を造ることである。
なお、隣の「同道 過客分 トウタウ」は、それぞれに二点の声点で「ドウダウ」という読みになる。

(2) 第一語義※1の「土と木。」

「また、飾り気のないことのたとえ。→形骸(けいがい)を土木にす(「形骸」の句項目)。」が追加され、中国の故事・成句の用例があることを示した。

(3) 第二語義の「インフラを造る活動」

第三版の「建設工事の総称」から「あらゆる産業・経済・社会等人間生活の基盤となるインフラを造り、維持・整備してゆく活動。」に改訂され、これまでの断片的、限定的な行為の呼称から非常に広い範囲の営為を具体的なことばで表す説明となった。

(4) 第二語義中の「インフラ」がキーワード

今回の改訂で「インフラ」という外来語「インフラストラクチャー」の略語が用いられたが、『大辞林』の「インフラストラクチャー」の参照項目には「社会資本※3」があり、これで「土木」と「社会資本」が結びついたことになる。
ちなみに国立国語研究所「外来語」委員会の『「外来語」言い換え提案―分かりにくい外来語を分かりやすくするための言葉遣いの工夫―』(2003~2006年)によれば、外来語176語のうち「infrastructure」だけが “「インフラストラクチャー」の略だが、一般には略語「インフラ」の方がよく使われる。”として略語の見出しとなっている。その言い換え語は「社会基盤」、意味説明は「交通、通信、電力、水道、公共施設など、社会や産業の基盤として整備される施設」とされている。
国土交通省の英語名称“Ministry of Land, Infrastructure, Transport and Tourism”にも含まれる重要なキーワードである。

(5) 第二語義にことばの歴史的変遷を記述

語誌ごし※4〔古代・中世においては「造作」などとともに建築工事の意で用いられたが、以降江戸時代まで「作事」「普請」が使われ、明治になってから再び「土木」が「建設」「建築」とともに使われるようになった〕が加わった。

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古辞書『下学集』(1444年成立)
(出典:国立国会図書館デジタルコレクション)

室町中期(1444年)に成立した東麓破衲とうろくはのうの国語辞書『下学集かがくしゅう』の「態藝たいげい(行為や技芸)」門の一節で、読み下すと以下のとおりである。
普請フシン アマネク諸人ヲモトワザス 故普請トイフ
細工サイク 刀ヲトル
當道タウダウ 諸ゲイユク
經營ケイエイ 一切ノ事ヲイトナム
室町幕府に作事奉行、普請奉行が置かれ、建物を造ることについて「土木」にかわり「作事」「普請」が多く使われるようになった。「経営」は事業を営むことで、建物を造る「造営」と同じ意味である。
この語誌の裏付けとなる「土木」と関連語の歴史年表を模式化して示した。

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「土木」ということばの歴史の模式図

「土木」は鎌倉時代から江戸時代まで武家政権の下で公的な文書にほとんど用いられず、辞書への採録も限られていた。
典型的な例が、江戸開府の頃(1603~1604年)に長崎でイエズス会宣教師によって出版された『日葡辞書』である。ポルトガル語で約32,000語の日本語を記録する網羅的な辞書にもかかわらず、ここに「土木」は採録されず、「普請」「作事」「造営」などが建物を造る意味のことばとして採録されている。
「土木」が再び登場するのは、明治維新後である。慶應四年(1868年)五月『太政官だじょうかん布告ふこく第三百九十五号』「國家こっか多事之折柄たじのおり軍資ぐんしはじすべ莫大之ばくだいの御費用ごひようつき土木之功どぼくのこう勿論もちろん 朝廷ちょうてい御用費ごようひはじ諸事しょじ御省略ごしょうりゃく 被仰出候事おおせいだされそうろうこと」で公文書に「土木」が使われ、明治二年(1869年)五月に民部官のもとに「道路どうろ橋梁きょうりょう堤防ていぼうなど營作えいさくこと専管せんかんスルヲつかさどル」「土木司どぼくし」が置かれた。明治官制こそが、現在に至る「土木」の直接の起源である。

(6) 第二語義の参照項目「→建築」を削除

語誌に「建築」が示されたことから第三版の参照項目は削除された。一方、「けん ちく【建築】(名)(スル)家・橋などをたてること。また、建造物。狭義には、建築物を造ることをいう。普請(ふしん)。作事。「ビルを―する」「会堂ヲ―スル/ヘボン三版」〔明治期につくられた語〕→土木」は変わりなく、「建築→土木」への参照は維持された。

3. 「土木」の関連語の今昔

第二語義に「道路・橋梁・鉄道・港湾・堤防・河川・上下水道など」と「土木」の対象が列挙されている。これらを同じ『大辞林』がどのように説明しているか調べると、第三版からほとんど変更なく、以下のようになる。



「土木」の対象の説明
見出し語 大辞林第四版の説明(語義)
道路 人・車馬などが交通するための通路。みち。往来。往還。「―工事」
橋梁 橋。
①通行のために、川や湖・谷・道路などの両側を結んでかけわたした構築物。② 橋懸かり」に同じ。③殿舎と殿舎を結ぶ渡り廊下。
鉄道 レールを敷いた線路上を汽車・電車などを走らせ、旅客・貨物を輸送する運輸機関。また、レールを敷いた線路。日本では、一八七二年(明治五)に新橋・横浜間を開業したのが最初。「東京より横浜までの―落成し/新聞雑誌 四二」〔「航米日録」三(一八六〇年)に見える〕
港湾 外海からの風浪をさえぎり、船舶が安全に発着または停泊できるような陸地に入り込んだ海域。また、人工的にそのように作った所。一般に貨客の積みおろし、商品の貯蔵、水陸の連絡などの設備を有する。みなと。
堤防 ①河川水・湖水の氾濫(はんらん)、海水の浸入を防ぐため河岸・湖岸・海岸に沿って築造する土石・コンクリートなどの構築物。土手。つつみ。「―が決壊する」②あらかじめ備えて防ぐこと。「善良の慣習を以て、これを―すべきなり/西国立志編 正直」
河川 大小さまざまの川の総称。「―の氾濫」
上下水道 (見出し語なし)
上水道 飲み水、その他に用いられる水を、給水するためにつくられた施設。水道。⇔下水道
下水道 下水を流すための排水設備。法律では、下水処理施設を含めていう。⇔上水道

では、千年前はどうだろうか。平安中期(931~938年)に成立した源順の漢和辞書『和名類聚抄わみょうるいじゅしょう』を見てみよう。十巻本と二十巻本があり、漢語を意義分類し、出典を記して意味と解説を付し、音読みと訓読みを示している。下図は十巻本の写本(1821年)から水土類、道路類、道路具という分類の漢語に訓読みが付された部分を抜粋したものである。

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『和名類聚抄』十巻本(931~938年成立)
(出典:国立国会図書館デジタルコレクション)

抜粋部分を現代様式の訓読みをひらがな、音読みをカタカナでルビ表記すると以下のとおりである。

・水土類四 水波なみ泊𣵁さヽらなみ(こほり)、うしほうみ(かいともよぶ)、みつうみいけいひ附、陂隄つヽみ堰埭ゐせきかわふちたき温泉硫黄ゆのあわ附、拮槹かなつない附、妙美井しみつみそほりき谿谷たにカン附、涯岸きしうらなきさはまみきはかたみなと土塊つちくれはちしらつちくろつちくりひちりこ(こひち)、塵埃ちり糞堆あくたふ
・道路類卅三 タウたうみちかくれみちたヽおほみちちまたジフしたつみち碊道やまのかけちわたりとまり
・道路具第卅四 せきはしひらきはしらいしはしうきはしつちはしひとつはしかけはし遉邏ちもりガンエキ

いくつか現代語に直すと、拮槹かなづないははねつるべ、妙美井しみずは清水、しろつち漆喰しっくい葱臺ソウダイ擬宝珠ギボシ遉邏テイラ道守みちもり雁歯がんシ雁木がんぎである。
なお、この『和名類聚抄』二十巻本には独自の「国郡部」があり、備前国の地名に「土木」が出てくる。下図は、国学者の本居宣長が地名を分類した『地名字音轉用例ちめいじおんていようれい』(1800年)著作のために用例収集した自筆書入のある『和名類聚抄』の該当部分である。「土木」に、原本にはない「とき」という地名の訓読みと注記が書き入れられている。『日本歴史地名大系』によると、広島県庄原市一木ひとつぎ町にあたるとの説は疑問とのことで、現在地は不詳である。

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『和名類聚抄 国郡部』(本居宣長自筆書入)
(所蔵:京都大学附属図書館)

4. おわりに

今回の『大辞林第四版』改訂は、土木学会の土木広報アクションプラン小委員会(大石久和委員長、2013年)が策定した一項目「国語辞典における土木の意味と用例の提案、普及」の継続的な活動と平成二十九年度会長特別委員会「安寧の公共学懇談会」(石田東生座長、大石久和会長)における「土木」ということばの歴史的な変遷についての詳細な調査研究による出版各社への働きかけが一つの成果となったものだ。関係する皆様に深く感謝したい。

【用語解説】(大辞林第四版による)
※1 ごぎ【語義】言葉の意味。語意。
※2 しょうてん【声点】漢字の四声を示すため、漢字の四隅または、その中間に付ける点。左下が平声、左上が上声、右上が去声、右下が入声を示す。中国の唐代にすでに行われていたといわれる。日本に伝わってからは、仮名に付して国語アクセントを示すのにも用いられ、さらに、声点を二点並べて濁音を示すなど、濁音符の源ともなった。四声点。声符。
※3 しゃかいしほん【社会資本】国民福祉の向上と国民経済の発展に必要な公共施設。公共的便益を生産する固定資本。道路・港湾・工業用地などの生産関連と、住宅・公園・上下水道などの生活関連に大別される。社会的間接資本。社会共通資本。
※4 ごし【語誌・語史】一つの語の起源や、語形・意味・用法などの変遷。また、それを記述したもの。


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