ワンス・アポン・ア・タイム・イン・シズオカ #5

"副市長、謝罪会見にて抑揚のない声で平謝り"

"記者を恫喝!!「落涙機能を付けたらあんたは満足なのか」"

"ボディのマットブラック塗装に市民税金無断使用の疑い"

"ネクタイが悪趣味"

"第3世代K型の量産に伴い副市長の自我の存在意義が問われる"

……猥雑な言葉の羅列がSBC(静岡放送)ワイドショーのテロップで躍り続ける。

やはりテレビは低俗だ。サイボーグ及びアンドロイド差別にぎりぎり抵触しない程度のサイボーグ中傷も鼻につく。静岡市内専用インターネットの"しずおか流域ネットワーク"の動画投稿コーナーでも、今朝の副市長の記者会見は悪意ある編集がされ、程度の低いサイボーグやAIたちの嗜虐趣味を充実させている。今年の静岡市流行語大賞は早くも決まりそうだ。ていうか、そもそも、市民が殺害されてなぜ副市長が謝罪して、それが叩かれるって意味がわからないけれど。

私はタブレット端末に表示したニュースサイトを閉じ、遅めのモーニングコーヒーを飲みながらロックバンドTシャツの通販サイトを巡回することにした。夏はバンドTシャツ、冬はレザージャケットが私のスタイルだ。ちょっと古めで、今は活動していない、または解散したグループのものが好きだな。わかってる感があるし。ちなみにヴィンテージグッズにもよく手を出す。今の給料では高価過ぎる商品は無理だけど。

惰性でつけたテレビからは、コメンテーターの副市長に対する辛辣な意見が垂れ流されている。

チャイムが鳴った。

モニターを見る。
……彼か。私はため息をついた。

「どうぞ。ロックは外しました」

ドアが開いた。約束はしていたものの、実際にそのときが来ると相手にするのが億劫だ。

「おはよう、って、もうお昼か。サンドイッチとCDを持ってきたよ」

彼は微笑みながらリビングに入ってきた。右手にはサンドイッチが入っているであろう紙袋、左手にはCDショップのビニール袋、その服は安っぽくてダサい。私はキュウリが入っているサンドイッチは嫌いだし、そもそもよく知らない他人が持ってきた食べ物は口にしない、が、人間が選んで持ってきたCDには興味がある。

彼、つまり、この人間の大学生の男は、先週に静岡市外からこの静岡市に引っ越してきた。市長から直々に許可が下り、そのまま静岡市民となったらしい。住民票の移籍も終えており、市民ID登録もある。観光客用のビザも持ってるのは市長の配慮だろうか?ただの人間の大学生みたいだけど、市長と彼の関係は?と不躾な質問がAI思考の中に沸いて出てきたが、ダサいから消した。そういうことを言わず、考えもすらしないのが大人っぽいと思うので。

「今朝の記者会見すごかったね。副市長の見た目が怖くてびっくりしたよ。ガイコツじゃん」

……その話か。当然、話題は変えさせてもらう。

「そうですね。ところで、買ってきたCDを聴きませんか。それから、その音楽の人間社会での評価やイメージを教えてください」

彼は、途端に、わかりやすく、嬉しそうな表情を作った。これがオタクってやつか。オタク野郎は自分の趣味について聞かれると生き生きとするらしい。インターネット、しずおか流域ネットワークでそんな記事を見た。間違いないなと思う。

「色々あるよ!杉山ちゃんはせっかちだな。それにしても、CDショップがあってびっくりしたよ。今時、CDなんてアイドルの握手券目当てで買うオタクしか欲しがらないからね。こんな未来都市みたいなところでふつうに売ってるとは思わなかった。そうだ、今日買ってきたのは……」

人間はいつもこう。早口で聞いてないことも語り始める。彼は、ケースのビニールを剥ぐのに苦戦しながらも楽しそうだ。私はその姿を見て、素直に軽い嫌悪感を覚えた。人間らしいといえばそうなのだろうし、観察しがいもあるといえば聞こえは良いのだろうか。しかし、私はそれを態度に表出したり、口にしたりしないのだ。我ながら、この葛藤、考え方も人間らしく、また、成熟した大人の発想だと思うのだけれど、どうだろう。ああ、早くこんな体から抜け出してアップデートしたい。ふさわしい身体に。

私は彼が持ってきたビニール袋を優雅に漁る。彼はエレクトロニカだとか、そういったジャンルに寄った曲が好きらしいが、私は電子的な音楽ってあまり好きじゃないな。ボーカルがいて、ギターがいて、ベースがいて、ドラムスがいて、みんなお揃いのレザージャケットを着ていて、曲の出だしに1!2!3!って叫ぶ、昔ながらのロックバンドが好きだ。みんな同じ苗字で統一してたりするダサかっこよさも最高。熱気とか、汗、そういったものは生の演奏でしか出せない。衝動という決定打、それは絶対だ。……そういえば、私と同じ学習型アンドロイドの一人でそんなバンドをやってたのがいたっけ。時代錯誤なモヒカン頭に鋲だらけのジャケット。そういうの好きだな。今度こっそり彼のライブに行ってみよう。

テレビは付けっ放しにしている。彼とくだらない雑談もしている。同時進行だ。テレビを消して音楽だけ聴いて彼と二人きりとか、間が持たない。かといって、人がいるときにヘッドホンで大音量で音楽を聴いて自分の世界に浸るとか、正気を疑われる気がする、ので、買って来たものを置いたらさっさと帰ってくれないかな。と思っているけど、彼は友達いないっぽいからもう少し付き合ってあげよう。市長にも「彼のことを頼む。趣味も合うだろうから仲良くしてやれよ。それから、来月から昇給だ。おめでとう」そう言われたのだから。昇給!やった!って、音楽の趣味は合わない予感はしていたし、実際そうだったのはがっかりしたな。

そうだ。私は市長からこの静岡市の中心部にある人間用居住区の管理者を任されている。外部から静岡市に移住してくる人間、あるいはサイボーグになり始めの初心者、ビギナーたちの管理だ。実際、この大型マンションのオーナーでもある。大任だ。がんばらねば。

そう思って尽力しているものの、私に与えられた体は、人間の小娘によく似たボディ。市長の側近中の側近のアンドロイドである学習型アンドロイドの一人であるにも関わらず、だ。こんな見た目だから、ここのアンドロイド警備員にもお嬢ちゃん呼ばわりされているし、どこかのただの大学生でしかないこの目の前の人間の男にもなめられる始末。子ども扱いして!絶対におかしい。たしかに、私はボディをAIの成長に合わせて取り替えて行くプロジェクトによって生み出された。そして、2日前に受けたテストでは、なんとまだ人間の14歳に相当するのだと!バカな!ありえない!そんなわけで私はこんなちっぽけな体のまま。納得がいかない。その論理だと、あの国境警備隊のカウボーイとか腕力が強いだけの5歳児レベルだろ。ふざけんなよ。くそ。

「ど、どうしたんだい。顔が怖いよ。買ってきたものが気に入らなかった?」

彼は私の顔を見て苦笑いしている。いけない、いけない。スマイル、スマイル。彼は市長の知り合いで、この静岡市の客人だ。どういう理由でやってきて、市長とどういうやり取りがあって私に馴れ馴れしくしているのかは知らないし、興味もないが、いや、ちょっと興味はあるけれど、私はプロフェッショナルだ。市長の側近中の側近である誇りを持たないと。誇りは人間にとって大事なことだから。

「いいえ、なんでもありません。今日は良い天気ですね」

私は彼に柔らかいアルカイックスマイルをサービスする。

「そ、そう。そうだね。よかった」

完璧だ。どうだ。可愛いだろう。私は接客業にも向いているのかもしれないな。自分の感情に穏便に対処する臨機応変さと冷静沈着な思考。この対応、ちゃんとレコーダーに記録して、静岡人工知能なんちゃら学会とかいう奴らに目にもの見せてやらないと。人の頭の中を覗いてプライバシーを侵害する変態どもに。

つけっ放しのテレビ、SBCの次のニュースのトップは、駿河湾にて行われている空母での演習についてだった。航空母艦"あさぎり"に新型戦闘機を載せて静岡市の軍事力を世界にアピール、経済も潤う!とかアンドロイドコメンテーター大学教授が言ってるけど、バカだろ。こいつのAIは一度調整を受けた方が良いと思う。

青い空、広い海。そこに浮かぶ空母のコントラスト。

艦上に新型戦闘機が何機も並んでいるのが映される。SBC所属の無駄金ヘリからの映像だ。

「極秘映像の入手に成功しました!これは全世界でSBCだけ!独占映像です!独占!なお、これはAI知る権利なので問題行為ではありません!」

と現地のアンドロイドレポーターはヘリのローター音に負けまいと興奮して叫んでいる。ハイプだ。こんなものは。どうせ軍も許可してるんだろ。私は深くため息をつき、テレビのチャンネルを変更しようとリモコンに手を伸ばした。

次の瞬間……!空母に搭載された新型戦闘機が閃光に包まれ爆発した!

SBCのヘリ取材班は絶句している。テレビを見ながらコーヒーを飲んでいた彼はカップを落とした。しばし時間が止まる。

「いや、何か言えよ!」

私は思わず声に出した。彼は慌ててこぼしたコーヒーを拭こうとする。お前のことじゃない。
先ほどまで興奮していたのに、アンドロイドレポーターは硬直している。数秒後、我に帰ったのか、カメラ目線で何かを言おうとした。そして、カメラを主観にして燃え盛る炎の映像と悲鳴を最後に、テレビ放送は小さなボートが海に浮かぶ映像に切り替わった。「しばらくお待ちください」という無機質な文字列と共に。

たぶん、取材班は全員死んだ。ヘリが何者かの攻撃によって爆破されたのだ。

テレビの前の私と彼も絶句していた。沈黙を破ったのは、直後に鳴り響いた彼の携帯端末の着信音だった。

#小説

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