ワンス・アポン・ア・タイム・イン・シズオカ #2

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「……将軍!沖縄米軍基地より3基のミサイル発射を確認。軌道からここ静岡市役所を目指しているものと思われます」

「到達予測時間167秒。弾体に加速装置の使用を確認」

「……フン、盗っ人の豚どもめ。良いだろう。望み通りにしてくれる。アメリカ大陸に向けて焦土兵器"さわだ"の使用を許可する。着弾地点は"15分前"のホワイトハウスだ!」

「了解。"さわだ"高速展開……5、4、3、2、ホワイトハウス着弾を確認!……爆心地半径2000キロメートル完全消失」

「空中の既成事実ミサイル消失。スケール正常値内です。現在への干渉率2%」

「ふふふ、我が静岡は無敵なり。静岡市こそ世界の覇者よ。はははははは!」

「……き、きさっ、貴様!きさまという男は……!なんということを!」

「これはこれは、浦部博士。見ておられましたかな。博士の研究により素晴らしい兵器を開発することが出来た。もはや我々にとってはあらゆる大国も敵ではない。世界中がこの静岡市にひれ伏すのだ。あなたは歴史に名を残す。すべての戦争を終わらせた者として」

「私は、私は、こんなことのためにあれを発明したのではない……」

「事故で死んだ妻に会うため、か。5年前を思い出しますな。だが、博士、勘違いしてもらっては困る。学会から追放されたあなたに資金と設備を提供したのはどこの市役所か、忘れたとは言わせませんぞ」

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……何か、恐ろしい悪夢を見ていた気がする。内容を思い出そうとすると頭が鋭く痛んだ。たまらずこめかみを抑える。いま、とても、とても、大事な記憶を失ってしまいそうな気がする。
大粒の汗を頬に垂らし、必死に思い出す。霞んだままの視界のなか、記憶を手繰り寄せようとするけれど、掴み損ねた夢の中の光景は朧げになり、手のひらをすり抜けるように恐怖の余韻も消えて行く……無限に光を広げる人工の太陽、大粒の雨、暗黒のオーロラ、悪意に満ちた影、哀れな傀儡、畏怖、後悔。そんなイメージが頭痛の脈動と共に現れては消え、意識と無意識の狭間でちらついていた。

僕は見慣れない天井を数秒眺めた後、ベッドから起き上がった。部屋を見渡す。白を基調とした、簡素というにはあまりにも殺風景が過ぎる部屋だ。

昨日、昨日は……夢のことはひとまず置いといて、昨日のことは、はっきりと思い出すことができる。

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「無理」

山口県は地球上から永遠に消え去った。そう、山口県はこの日滅んだのだ。この狂った女の手によって。

僕が長い瞬きをする前に見た映像は、空爆直後に"なんとか"とかいう戦闘機が撮影したようだ。再び目を開けたとき、これが現実で、悪い予感が事実になったことに絶望しながら、モニターに目をやる。映像には宵闇めいたカーテンがかかったようなノイズが走っており、そして途切れた。

TV放送で山口県の様子だとか、ニュースで日本政府の動向を確認したいところだけど、そもそも僕のタブレット端末にそんな機能は無いし、それ以前にこのくそ女に万力のような膂力で押さえつけられて身動きすらとれない。肩が痛いし、なんだか頭が痛いし、お腹の調子も悪くなってきたような気もするし、目からは涙が滴った。

イカレ女は、山口県のデジタル上のピンの消失と、戦闘機が撮影した映像と、それから、何か、数字?のようなものを確認すると、僕を押さえつける力を緩めた。
チャンスだ!
とばかりに身体を起こして、この大量虐殺者に一矢報いてやりたい!ところだけど、やめた。そんな気は失せたというより驚いてしまった。

泣いていた。

両目から涙を流している。この女は……どう見ても生身の人間の女性に見える。それもかなり美しい。都心にもこんな人は中々いないってぐらいに。テレビ女優やファッションモデルなんか目じゃない、と思う。初恋の人の面影を僅かに残しているという個人的な感傷を差し引いても。
同時に、一目で人間でないともわかってしまう。首のうしろにケーブルを刺す小さな穴のようなものがいくつか空いていて、実際に金属の管によって自身の首とハイテク機器を接続して操作している、なんてのは些細なこと。何て言うか、全体の雰囲気というか、威圧感、違和感……とにかく、この女は間違いなくヒトじゃない。
でも、今は泣いている。泣いているとは言ってもさめざめと泣いているわけじゃなくて、目から涙がぽろぽろと零れ落ちている感じだ。表情は変わらない。無だ。嗚咽もなく、瞬きすらしない。かなり異様な光景。異様な光景だけど、僕の戦意を削ぐには十分だった。

「ふふふ、待ってくれるのか。すまんな。いつもはこういう物を使わないのだが」

そう言ってスーツの胸元から白いハンカチを取り出し、不器用に目を拭った。この人でなしの……たぶん、ロボット?サイボーグ?にとってはとても珍しい行為なんだろう。まるで、女の子が動画サイトでヘアメイク指南を観てそれを真似たかのような、ぎこちない手つき。そうして自分の涙を拭いている。

「お前が私たちのようにシンプルではないのはわかる。子どもの頃のお前は怒ったり泣いたりしていたし、まあ、私にとってお前の思考は異質だ。色々聞きたいことや、私に言いたいことがあるだろう。だが、今日、お前にこの光景を見せたことには意味が……いや、お前とこの光景を見ることに意義があった。私から言うことはそれだけだ」

「……」

「かかって来ないのか。」

「……」

彼女は自分の首に突き刺さったシールドケーブルめいた管を乱暴に引き抜く。

「そうか。今日はもう帰れ。私は仕事がある。これでも市長でな、それなりに忙しい。悪いな」

「……」

「そっちのエレベーターに人間用の居住区の管理者を呼んだ。そいつに案内してもらえ。それと、部屋に静岡市内観光用ビザを置いてある。誰かに何かを聞かれたりしたときは観光客を装うと良い。静岡市民は人間の観光客には優しいぞ。レベル10のカードキーは常に携帯しておけ。絶対に落とすなよ。あと」

お前をここから出すわけにはいかない。お前は今日から静岡市民なのだから。

そして、僕は杉山と名乗るサイボーグ、いや、アンドロイドだった。その人?に案内され、142階の142007号にいる。この部屋は主に観光客の人間用に拵えた部屋だそうだが、建設したのは人工知能で動くアンドロイドらしく、元が人間のサイボーグじゃないからか生活感がまったくない。

「……といった発言はサイボーグ及びアンドロイド差別にあたるので、観光客のみなさま方にはご注意と尊重をお願い致します。静岡市の治安はみなさまの良心によりつくられます」
だそうだ。サイボーグやアンドロイドをロボット呼ばわりするのも、それは差別用語なので厳重注意の対象らしい、この備え付けのくそったれのパンフレットによると。ちなみに杉山ちゃ、さん曰く、半年前にサイボーグを罵った海外の記者がその場で殺処分対象となり、消し炭にされたそうだ。消し炭て。恐ろしい。

タブレット端末に保存済みの音楽が止まった。アルバムの曲を一通り順に再生して終わり。古い、とあるロックバンドのファーストアルバムだ。最後の曲は、今の彼らだったら絶対に歌わないだろうな、たぶん。本当はCDで聞きたいところだが、プレーヤーを持ってきてないし、それに、なぜかここは未来都市なのにインターネットは圏外。だから新たに曲をダウンロードできない。

まだ10時だ。

今や昨日とは別世界、異次元に辿り着いてしまった。僕は帰ることができるのだろうか?たぶん無理だろう。あの市長の思考は「異質過ぎて理解できない」が、山口県を消し去った手際からすると、関東全域や九州だとかもそうなる可能性が非常に高い。ここの方が安全だと捉えることもできる。1秒後に爆発に巻き込まれて死ぬかもしれない恐怖に怯えながら過ごすのは無理だし、どうせ今期の単位も絶望的だ。教授がそれっぽいことを匂わせていたし。
となると、父さんのことが心配だ。本当は付き合っている彼女のことを心配したいけど、彼女は存在しないからそこは良かった。とにかく父にこの状況をなんとかして伝えたいけど、タブレット端末は圏外。そうだ。携帯電話の時代でもこの集落は(今は超未来都市だけど)圏外だったな。普通に考えて、こんなトチ狂ったSF巨大要塞の周辺に、電気通信事業の電波塔なのかなんなのか知らないが、そういう設備があるとは思えない。それにしても、息子が行方不明になっただなんて、それが父さんの出世に響かないかってことも心配だ。出来の悪い息子で、申し訳なさでいっぱいだ。

用を足し、洗面台で顔を洗い、髪型を整えた僕はここでの生活について覚悟を決め始めていた。この排水口に流れて行く水のように、好きだった女の子との思い出は崩れ落ちて闇の中へ。

僕の未来は、あるべきはずだった日常は、もうない。

10年前に別れた幼馴染もまた、存在しない。あの女、市長の暴走を止めるんだ。市長はわざわざ僕をここに呼んだ。僕にしかできない。何よりも、初恋の人の面影を残す奴が凶行に走ることを見過ごすことはできない。やるしかない。まずは、この要塞を、静岡市を知ることが必要だ。わからないことだらけだなのだから。
僕は自身の決意を象徴するようにスニーカーの紐を硬く結ぶと、急ぎ足で部屋を出た。そして教えてもらった通りに廊下を進み、管理者の杉山さんがいる管理人室のチャイムを押した。数秒後に軽い返事があり、そして出てきた彼女に食い気味にこう言った。

「静岡市のことが知りたい」

#小説

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