見立てる。

◆心理療法で大切なこと、見立て。

カウンセリングやセラピーで大切なことのひとつに、【見立て】がある。
心理療法では、見立ての検証が延々と続く。
見立ては合っている場合もあれば間違っている場合もある。
もちろん個々のカウンセラーやセラピストによって見立ては大きく変わり、
人生経験や知識、感情表現や様々な趣味嗜好も、見立てに大きく関わってくる。
恋愛経験が豊富なら、その道に長けていると言えるだろうし、逆に恋愛経験がなければ、クライエントが恋愛関係での悩みを抱えていたとしたら見立ては難しくなると言えるかもしれない。
年齢が若く、社会的経験の少ないセラピストがいまいち信用されないのも、このあたりに原因がある。
それでも、私たちはクライエントの悩みに応じ、見立てを検証していかなければいけない。

◆ジャックマイヨールのように。

自慢しているわけではないが、私は見立てをするのが得意だ。
合っているかそうでないかは別として、人の心に深くコミットする(洞察力がある)能力があるため、ふとした言葉の一端や感情から見立てをしていく。
クライエントが依存傾向にあるのか、この希死念慮はどれほどのレベルなのか、そもそも悩みなんて存在していないのか。
自己流の言い方をすれば、深く深く潜っていく
まるでグランブルーのジャックマイヨールのように。
海の色が青く、もっと青く、そして濃く、青色から藍色に変化し、そして光の届かないような色になるまで、深く深く、深く潜る。
その場所は光さえ届かず、深としていて、この先にはもう何も残されていないように感じる。
そんな場所にいて、孤独を感じながら耳をじっと澄ましていると聞こえてくる。
クライエントの心の声が、聞こえてくる。
それはまさに無意識が直接語りかけてくるかのようだ。
にわかに、周囲が明るくなる。
闇の中だと思っていた場所から、強烈な光が噴きだしてくる。
光と闇、闇と光。
そのふたつのものは、実は同じ場所に存在していたのか。

他の心理療法家がどのように見立てをするかはわからないが、少なくとも私はこのように見立てをしていく。

◆あなたも見立てている!?

一般の方でも、実は見立てをしている。
ごくごく簡単なやり方だし、ほぼ癖のようになっているかもしれない。
それは【決めつけと思い込み】だ。

人と会う。この人、どんな人かな。どんなことを考えているのかな。
好きなタイプはどんな人かな、真面目な人かな、芯の強い人かもしれないな。
『〇〇なのかな?』と思っているうちはまだいいが、『〇〇だな!』と勝手に決めてしまったら、それは決めつけと思い込みになってしまう。
生業として見立てをしない人は、決めつけと思い込みによって、人生経験を積んでいるのかもしれない。

◆これだけは気をつけよう!

見立てをしている中で、気をつけなければいけないことがある。
それは、突きつけないこと。
『あなた、こうでしょ!』
と突きつけてしまったら、それは決めつけと思い込みになってしまう。
合っていても間違っていても、相手に失礼だ。
やんわりと、私はこんな風に感じたのだけど、と伝えたとしても、良い気持ちはしないだろう。
ただ一方で、どこかのタイミングで突きつけないと、せっかく深い場所まで潜り、見立てをしたものが台無しになってしまう。
そのタイミングがとってもとーっても難しい。
もしかしたら私はせっかちなのかもしれないが、割と早めに突きつけてしまうことがある。

さて、何が起こると思いますか?
突きつけられた方は、反発せざるを得ないような心理状態になる。
自分の無意識がそんな声を挙げていたなんて、知らないのだから。
だからといって無意識の声を聴くのは専門的な訓練を受けた者でないと難しいので、知らなくて当然なのだけど。
ただ反発が起きてしまったとしても、それは更に見立てを進めることに繋がっていくので悪いことではない。
むしろ相談者の気づきを早めるので効果的でもある。
さらに言えば、見立てを受け入れられないとしたら、そもそも相性が良くないのだと思う。
もちろん私の力不足ということもあろうが、それ以上の何かがあるに違いない。

◆セラピーの本質とは?

カウンセリングやセラピーで、何が起きるか。
魂の救済か?
カウンセラーやセラピストが悩みを解消してくれるのか?
苦しみを取り去ってくれるのか?

むしろ、逆なのかもしれない。
人には誰しも自己治癒力というものが備わっている。
自分が辛くなったとき、苦しくなったとき、人はその内部にある自分自身の力でその悩みから立ち直っていく。
そして私は何よりその自己治癒力を信じている。
カウンセラーやセラピストは、専門的知識と職業的倫理観によって、自己治癒力を高めるために対話を重ね、気づきをもたらすお手伝いをさせていただく存在。
だからこそクライエントが見たくない無意識の奥まで入り込み、その声を聴きに行く。
深く、深く潜る。

見立てを突き付け、反発があるかもしれないがそれでもなお、カウンセリングやセラピーを続けていくことができれば、もしかしたら眠っていた自己治癒力が目を覚まし、今まさに感じている辛さや苦しみから解放される時間が短縮されるのかもしれない。
時にはセラピスト本人が、訓練のために自分のことを見立てることもある。
多くは幼少の頃に感じた傷や思いを垣間見る。
そうやって自分自身さえも治癒していく。
傷ついた自分を慰め、赦し、愛を以て抱きしめる。
いつの間にか感じていた辛さや苦しみは消えていて、生きることがとても楽しくなってくる。

あなたはカウンセリングやセラピーを受けているだろうか。
受けてみようと思ったり、どんなものかな?と興味を持っただろうか。
そして継続しているだろうか。
年末も差し迫った12月中旬。
私と対話を続けている方たちは、一歩を踏み出し、歩幅を大きく、深く息を吸って、不安な日々一生懸命を生き抜いている。
2020年は、とても大変な年でした。
ですが、学びや気づきに繋げたあなたたちのおかげで、私はこうして自信を持って走ることができます。
いつもありがとうございます。

夢というのは、最大の個人情報と言われています。ただ、解釈を抜きにしてはただの脳内作用です。夢に興味のあるあなたに解釈していただいてこそその価値が出ます。