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私がバスク地方に滞在したこと

今月はバスク地方の料理をテーマにレッスンをしており、バスク地方に約半年滞在したことをを思い出したり、料理についてさらに研究したり、今回はその記録です。

私のフランス滞在は通貨フランがユーロに変わった年から3年ちょっとでしたが、そのほとんどをパリで過ごしました。料理学校もワイン学校も3つ星レストラン修行も。
パリは大都会。情報や流行の最先端。本当に多くのことを経験をしましたが、
地方に旅行するたびに、「フランスの魅力」がパリ以外にもたくさん溢れているという発見があり
フランス滞在をパリだけでは終わらせたくなかったのです。
そして滞在地として選んだのが南西フランスのバスク地方。

なぜバスクか、というと
フランス滞在するずっと前に、仕事でバスク地方ビアリッツやバイヨンヌを訪れる機会があり、その街の魅力をずっと忘れられなかったことと、
パリのコルドンブルー料理学校でバスク料理を習ったときに、他のフランス料理にはない味わいに何か心動かされるものがあったこと、
といった理由です。
夏に一度ビアリッツに1ヶ月ほど旅行したのも、下見を兼ねていました。

パリのアパルトマンから引っ越し、TGVにスーツケースと小さめのテレビ(当時テレビは手放せない友達でした、笑)も抱えてビアリッツに着きました。

マンスリーで借りれる一軒家の一室に着き、向かったのは街のトレッテール(惣菜屋)。
パリにいる頃にビアリッツの街の4軒ほどあるトレッテールに働きたい!と熱いラブコールをして、外国人の私でも受け入れてくれるという唯一OKがでたサンシャルル地区のMOFロピント氏のお店です。そこで嵐のように忙しいクリスマス時期を挟んで約半年修行させてもらいました。
(2011年、ビアリッツを訪れた時にはロピント氏のお店はもう閉めていて、家族でモーリシャスに移住したとお隣のチーズ屋さんから聞きました。早期リタイアして移住したいと当時言っていた夢を実現したのですね)

フランスでトレッテールとよばれるいわゆるお惣菜屋は
フランスの日常食が並ぶ、市民に愛されるお店。

私がいたお店ではいつも5〜6種類のサラダ、日替わりで数類の前菜、メインディッシュを作り、数種ものパテ、リエットやハム(生ハム、茹でハム)、ベーコン、ソーセージ、バスクならではのブーダンノワール(血のソーセージ)、ブーダン・ブラン(白ソーセージ)、数種類のロースト(鶏、豚、仔牛など)、そして本日のデザートまで並んでいて、量り売りで買うことができます。

これらの製造を私も入れてたったの4人で仕込んでいました。毎日がヘトヘトでしたがスタッフはシャルキュトリー(豚肉加工業)のプロのおじいさんジル、ゲイのおじさんミシェル、20代のお兄さんセドリックはみんな優しく和やかでした。

そこでひたすら現地の「バスク料理」を作り、いつしか日本でこのバスク料理を広めたいな、とも思うようになりました。

最近はバスクチーズケーキのおかげ?でバスクの知名度が上がったようです。スペインバスクは昔「バスク祖国と自由(ETA)」の過激組織のテロなどでイメージが悪かったのが、今では美食の地域としての地位を確立し、人気の観光地に選ばれるほどになりました。

長くなりましたので
次回はバスクの地域について、料理についても書きたいと思います。


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