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『日本の民芸玩具の物語と精神』

※こちらは「Kokoro Media」での取材記事を翻訳して掲載しています

飯島さんと臼田さんは、建築を除くあらゆるデザインを手がけるデザイン会社「アトリエタイク」の共同代表です。仕事に情熱を持ち、やりがいのある経験を追求しているお二人は、その過程でクライアントの商品やサービスのファンになることもしばしばだそう。2012年には、全国の職人さんが手作りした民芸品のおもちゃを販売、紹介する小さなお店「アトリエガング」をオープンしました。一般の方にはあまり知られていないこれらのおもちゃを知るために店を訪れました。こんなに深く、スピリチュアルな意味を持っているとは思っていませんでした。


玩具とは何か?

2012年に会社の1階に玩具を販売する店「アトリエガング」をオープンされましたね。玩具とは何か教えていただけますか?

臼田:翻訳しないといけないとなると、ややこしいですね。英語では「フォーククラフトトイ」と言いますが、正確には「トイ」つまり「おもちゃ」ではありません。
その起源は歴史的にははっきりしていません。江戸時代に「郷土玩具」と呼んで人々が集め始めたとも言われています。どちらかというと、すでに存在していたものを定義するために生まれた言葉ではないでしょうか。親が子供に与えるおもちゃであったり、神社の授与品だったり、その土地の習慣や行事、年に一度の祝い事を反映したものであったりと、その由来は様々です。

飯島:自然発生的というか。

臼田:日本には「郷土玩具の会」というものがあります。会員は玩具の収集家や愛好家たちで、多くが男性です。

飯島:日本の子供たちは、昔は確かに郷土の玩具で遊んでいました。でもプラスチックが出てきて、新しいおもちゃが大量に作られるようになってからは、玩具は子供のものではなくなり、大人の趣味になってきました。私たちはコレクターに届けることだけを目的としているわけではありません。玩具の色や個性、物語を通して、玩具の魅力を知ってもらうことを目指しています。

ちなみに「郷土」という言葉は「地域の」という意味ですが、私たちは「郷土玩具」という呼び方はしていません。「民芸玩具」と呼んでいます。「民芸」という言葉の漢字を日本語では「民」と「芸」と書きます。職人さんの仕事ぶりや美意識を感じてもらうために、あえてこの呼び方をしています。

臼田:ヨーロッパを中心に海外からのお客様も多いです。よく聞かれるのが「これは何で、元々はどんな意味がありますか?」「豊作祈願」とか「安産祈願」「病除け」など、それぞれ個々の玩具の役割を説明するのはとても簡単なのですが、一般的なジャンルとしての(民芸)玩具とは何かを定義するのは難しいですね。民芸玩具があらゆる地域に存在しますが、全て由来が異なります。中には虎やだるまのように、元々は中国から来たものもあります。


『玩具は子供たちから病気を遠ざけ、安全に成長できるように、と、用いられてきたのかもしれません』

漢文学者の白川静さんは、著書「字統」の中で「玩具」という漢字についていくつかのヒントを与えてくれています。最初の文字「玩」はお守りを携えて健康にする、2番目の「具」は「貝」に由来し、昔は女の子に貝殻をお守りとして身につけさせる風習があったことなどを説明しています。

飯島:あと、玩具は胡粉という貝殻で作った白い顔料が使われることがよくあります。だから、何か不思議な風習があったのかもしれませんね。昔は子供が色々な病気で死んでしまうことがありましたから。民芸玩具は子供たちが病気を寄せ付けず、安心して成長できるように用いられたのかもしれません。


『愛すべき[非]必需品の秘められた力〜この店の原点には黒猫にまつわる物語がある』

2012年にアトリエガングを開こうと思ったのはなぜですか?

臼田:2011年の東日本大震災の余波があったからです。でも実は原点には黒猫に絡んだ話があるんですよ。
ある日、招き猫をプレゼントされたので、事務所の入り口に置いてみました。その後、急に仕事が増えたので、事務所を新しい場所へ移転することになりました(笑)。新しい事務所では窓に面したところに招き猫を置きました。すると毎晩、窓に面した庭に黒猫が座って、うちの招き猫を眺めて、会いに来るようにななりました(笑)。私たちは不思議に思って占い師にこの話をしました。するとその方は「黒い招き猫をもう1匹買って、事務所の電話の近くに置いてご覧なさい」とアドバイスしてくれました。

ですが黒い招き猫は見たことがなかったので、注文して作ってもらわないとと思ったんです。イエローページを見て、高崎市のだるま屋さんに電話し、招き猫を作っている職人さんを紹介してもらいました。5センチから70センチまでのサイズで言ってくれと言われ、まずは15センチでお願いしました。それで、また仕事がうまくいって!この話を聞いて周りの人がみんな欲しがるようになりました。私は次に「もっと大きな」仕事がしたいと思ってさらに大きな60センチの招き猫を作ってもらいました(笑)。電話の横に置いておいたら、次の日には海外からの大きな仕事の電話がかかって来ました(笑)。

『東北地方で玩具を作っている人が辞めてしまうかもしれないと気づいた』

最初はこの話がきっかけで黒猫を欲しがっている友達のために黒猫を作ってもらっていました。そんな中、東日本大震災が起きました。震災後、日本中の人が自分に「何ができるかな」と思ったと思います。私は東北でこういうものを作っている人たちが辞めてしまうかもしれないと思ったんです。幸いなことに、私の友人に福島出身の人がいました。震災から1ヶ月後に会いに行きました。状況は最悪でした。しかし、友人が三春張子の人形を作っている有名な職人さんの橋本さんを紹介してくれました。橋本さんの家は江戸時代から続いています。そこで、和紙を貼りながら仕事をしている93歳のおばあちゃんに出会いました。結婚のお祝いに植えた桜の木にしがみついて、地震を乗り切ったそうです。また、80年前から人形を作っていたことも話してくれました。その出会いが全ての始まりでした。この職人さんたちのために何かしたいと思いました。

『職人さんたちはみんな、なんでこんなことするんだ?と言いました。なんでこんなことしてるんだ?売れないよ、儲からないよ。って。でも私は、日常生活では何の役にも立たない、売れない、お金にはならない、という[非]必需品だからこそ、民芸玩具は大切で必要なものだと思っています。』

もう一人、静岡県浜松市出身の友人がいました。浜松で張子人形を作っている二橋さんに会いに連れていってくれました。その女性は80歳くらいの方でした。普通、このような職人さんが父から子へと事業を継続していることが多いのですが、ここの場合は女性が中心になって作っている珍しい工房です。注文が多くストレスが溜まっているが、時間があれば作ってくれるとおっしゃいました。

『あるプロセスから生まれたものは、ある種の力を持つと信じています』

そうしてこの店を始めました。職人さんたちはみんな、なんでこんなことするんだ?と言いました。なんでこんなことしてるんだ?売れないよ、儲からないよ。って。でも私は、日常生活では何の役にも立たない、売れない、お金にはならない、という[非]必需品だからこそ、民芸玩具は大切で必要なものだと思っています。その意味を説明するために、山形県の有名な職人さんから聞いた逸話をご紹介します。彼はコマやこけしの職人です。

ある日、ある人がやって来て、小さなこけしを買った。数日後、この人から電話があり、こけしを買った理由を説明してくれたそうです。彼らは家を失い、仮設住宅で生活していました。落ち込んで何もする気力が出ない。ふと、住んでいた家にはテレビの横にこけしが置いてあったことを思い出し、無性に欲しくなった。そして仮設住宅にこけしを飾ったところ、ようやく心地が落ち着いて元気になってきたそうです。ある過程から生まれたものには、このような力があるのではないかと思います。

飯島:私たちはよく、民芸玩具のことを「愛すべき生活[非]必需品」と呼んでいます。日常生活には必要の無いものかもしれませんが、その場の雰囲気や人の心に影響を与えるものです。


『玩具に適した場所を見つける』

お店にはどのようなお客様が来店されていますか?

臼田:うちには日本人のお客さんが常連さんとして来てくれています。例えば仙台のお客様で、玩具の研究をしていてお店に来るたびに何かを買ってくださいます。外国の方も多いですね。もうすぐ調布市に引っ越しますが、今は代々木上原にあるので外国人が多く人気があります。一度海外からいらしたお客さんがいくつか購入して帰っていって、その後、当店のインスタグラムの海外からの閲覧が急に増えました。その方のインスタグラムを見てみると、オランダのフォロワー数の多いデザイナーでした。その後、ヨーロッパからのお客様が増えました。

お店で紹介する民芸玩具の選び方は?

臼田:完全に私たち個人の感覚によると思います。作った職人さんの名前はあまり気にしていません。大切なのは、アトリエガングに合うかどうかです。

飯島:私たちはデザイナーなので自分たちの美意識やスタイルがはっきりしていて、それに合うようなものを選んでいます。

臼田:特に色に関しては、ディスプレイの仕方を工夫しています。
少し前にTime Out Tokyoの取材がありました。店内がポップでカラフルなので、現代的なものをセレクトしていると思われていました。

現代の住宅で、このような伝統的なものをどのようにディスプレイすればいいのか、アドバイスはありますか?

臼田:今まで一番上手に飾っているのは、日本人でなくイスラエルの友人たちでしょうか。彼らはオブジェとして見せるのがうまい。飾り方にテクニックがあるわけではなく、個人の美意識の問題なんです。

飯島:一番大事なのは、飾って楽しむことだと思います。玩具って個性的でユーモアがあるんですよ。だから意外なところに置いてみると楽しそうに見えますし、見方も広がると思います。先入観を捨てて、遊び心を持つことが大切ですかね。

『玩具は可愛くてユーモラスですが、なかにはちょっと怖いものもあります』

臼田:ものには本当に雰囲気を作る力がありますし、子供たちはものがどこにあるべきかの感覚がいいんですよね。本能的にものを置く。その感覚が大事だと思います。

飯島:そういえば、玩具は可愛くてユーモラスですが、なかにはちょっと怖いものもありますよね。これもとても大切なことだと思います。子供たちはとても敏感ですね。少し前に伝統的な日本の凧を部屋いっぱいに集めた展示をしました。3歳だったうちの娘はとても怖がって泣いて、入るのを嫌がりました。今の日本の子供たちは、清潔で安心できる環境の中で暮らしています。それでも、怖い場所を感じる経験はとても有益だと思います。森の奥まったところとか、誰もいない神社とか、入ってはいけないと思うような場所。民芸玩具もある種、その役割を担えます。

あなたが言っていることは、最近東北での「なまはげ」の取材を思い出させます。彼も同じことを言っていました。彼は、今の子供たちには良い意味での恐怖の経験を与えられるべきだと。

飯島:なまはげは本当に怖いですけどね(笑)


『職人さんたちの反響〜玩具も面白いが、それを作る職人はもっと面白い』

お気に入りの玩具を見せてもらえますか?

飯島:どれも大好きです(笑)

臼田:いくつかお気に入りを見せましょうか。実はこれ、非売品なんですが。鎌田さんが作った千葉県の佐原張子です。鎌田さんは猫で有名な方です。フランスで出版された本の表紙を飾ったこともあります。鎌田さんの、目を大きく開いた美しい猫の張子を見たことがあったので、同じようなものをとお願いしたら、届いたものは目を閉じていました(笑)
この職人さんとは何度も話をしましたが、ある日、彼が私を信頼してくれている理由を教えてくれたんですが、それは私がこの張子玩具の話をする時には、いつも「この人たち」と言うからだそうです。

飯島:玩具も面白いですが、それ以上に作る職人さんも面白いんですよね。みんな個性が強くて、その人の人生の物語が、作品の中での表現に直結しているんです。

臼田:吉岡さんの神戸須磨張り子です。彼はいつも人形に緑色のアイシャドウを入れるんですよ。(笑)元々漫画家になりたかったそうで、水彩画も描いているそうです。そのせいか、彼の玩具は他の人に比べて比較的平面的に見えるんですよね。輪郭もよく描いています。また、顔がそれぞれ違うのもの特徴の一つ。和紙を使っている数少ない職人さんでもあります。薄いから貼りやすい。明治時代の古書から集めてきた和紙を使っているそうです。彼の玩具は個人的にお気に入りです。見ていて飽きません。また、彼の新作を見るのも楽しみです。前回はアマビエを何体か仕入れることができました。人気です。


『消えていく職人技の支援〜ほとんどの職人は民芸玩具だけを作って生計を立てることができません。』

先ほど、多くの職人さんが「玩具は売れない」とおっしゃっていましたね。玩具の職人とお金の関係はどうなのでしょう?

臼田:ほとんどの職人さんは、民芸玩具だけを作って生計を立てることはできません。

飯島:家業を継ぐことで生計が成り立たないことを知っているからこそ、子供たちが家業を継ぐという選択が出来ないのです。職人の手間暇の価値に見合った価格体系を推奨することも、私たちの役割だと感じています。

臼田:ポストカードも販売しています。その理由は、制作に時間がかかる玩具とは対照的に、ポストカードは大量に制作できるからです。いつの日か、ポストカードで印税を職人さんにお支払いできるように頑張りたいと思っています。

LINEのスタンプや、ゲーム「あつまれどうぶつの森」での柄データなども制作しているとは驚きました。

飯島:普段玩具に興味のない人にも見てもらえる良い機会だと思っています。スタンプはアマビエや玩具をモチーフにしています。コロナウイルスの影響で、スピリチュアルなものや縁起物への関心が高まっています。日本の民芸玩具を知ってもらうにはちょうどいい時期だと思いました。最近でが、当店のファンであるイギリスのイラストレーターさんと一緒にTシャツも作りました。


『将来的には、民芸玩具が文化の多様性を促すツールになるのではないでしょうか』

今後の目標は?

臼田:100万枚のポストカードを売りたいですね。また、日本の林業を活性化させ、和紙産業のお手伝いが出来たらと思っています。良質な土と水があってこそ、素晴らしい和紙が出来ます。生産構造を見直して、自然との資源交換をどうすべきか考えていきたいです。

飯島:民芸玩具は、今後、文化の多様性を促進するツールになると思います。先ほどもお話しましたが、日本の玩具のなかには中国との文化交流から生まれたものもあります。世界中に面白い民芸玩具がありますが、私にとっては多様性の価値観を体現していると思います。それぞれの玩具には、その玩具が生まれた文化や文脈が反映されています。玩具の違いを楽しみ「愛すべき[非]必需品」として評価することで、人々、特に子供たちは多様性を受け入れることが出来ると信じています。

『新しいお家を探す』

取材の後、私は玩具を買わずにはいられませんでした。もちろん、話に出てきた不思議な黒猫も。(今後、何かあったらまたお知らせします)吉岡さんの張子も購入した。私は日本の伝統的なものが好きなので、家に帰ってきてからの悩みは飾る場所を探すことでした。そこで、飯島さんや臼田さんが言っていた「遊び心を持って直感に従う」という言葉を思い出しました。何度かトライした結果、私の玩具はここに幸せな場所を見つけたのです。
米、農、食に関わる七福神の一人である大黒天の民芸玩具です。炊飯器の隣にいてもおかしくないような気がします。

日本画家のアラン・ウェストに取材した後もそうだったが、日本人でも良く知らない芸術が死んでいくという視点には、少し寂しさを感じずにはいられなかった。飯島さんのおっしゃっていた、文化交流が鍵を握っているのかもしれません。
この記事は小さなものだけれど、海外での日本の民芸玩具への関心が高まり、今の私と同じように、この「愛すべき[非]必需品」に魅了される人が出てきてくれれば嬉しいです。

海外の方へ:アトリエガングに興味を持ち、職人を応援したいと思ったなら、まずはアトリエガングのオンラインショップへメールでご連絡を。海外発送も可能。

取材:Amélie Geeraert

本サイトはこちら:Kokoro Media


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