家族は有り難い存在
久しぶりの雨🌧に、ホッと一息。こういう日は、過去を振り返りたくなります。
子供達の夏休みが終わり、1人の時間が長くなる日が始まりました。だからかもしれません。
夏は、あんなに静けさを欲してっていたのに、不思議なもので、もう、さみしい😓
長男が、2回目の“てんかん”の大発作※1を起こして、予防薬※2の服薬を始めて1週間。
副作用の症状である眠気は、今のところ見られない。
“てんかん”は、知能には全く関係しないので、長男は、発症前と何ら変わらない生活を送っています。
この薬の副作用は、学校という場では、不真面目、集中しない、等、本人にとって不都合なことにしかならないので、この旨はしっかり伝えておきました。
根治することは今の医学では難しい。
と、ここで、自分には、服薬=不自由みたいな概念があることに気づく私。
必ずしもそうではないんだけれど、やっぱり、自身の体験からは思ってしまいます。
日々進歩する医療に期待しつつ、服薬が、彼の生きる世界を広げてくれることになればと願うことが増えました。
私に今、できることは、楽しい時間を創ることかな。自分のためにも。
次男は長男が大好きで、幼い頃からいつも、二人で遊んでいましたが、長男の大発作を目の当たりにしてから、余計に長男にまとわりつくようになりました。
「兄ちゃんが倒れる時は、真面目である!」という体感は、彼には強烈だったらしく。
夫も、今のところ根治が難しい症状ということで、何かしら不安を感じているけれど、何かしら気持ちを切り替えたみたいで。
家族って人生の学校だなぁ、って思えて仕方ない。
一人ひとりにぴったり合う学習内容があって、更にそれを通して、お互いが学び合えるようになっている。
私たちは、人の様子を見て、あれこれと想像を膨らませる。これは何のつもりか、と。
体験したことは、ある程度予測がつくが、それも予測でしかなく、本当の意味では、人のことは何も解らない。
様々な状況状態を、取り巻く人から通して学べるという、“有り難い”としか言えない関係。
大切にしたい。
“てんかん”という症状が、名前だけでなく、社会に広く認識されるには時間がかかると思うけれども、それに悲観すること無く、一人ひとりが個性を輝かせながらも調和して行く世界になっていくよう、何か、働きかけることができればと思います。が、実際何をしていけば良いのやら、手探り状態。
しっとりとした雨に、朝から色々と“しっとり”してしまいました。
写真は、昨日の夕焼け。
※1
てんかん大発作:
意識を失って倒れるような発作。痙攣、硬直などの症状が出る。
※2
予防薬∶発作を起こしにくくする薬。患者一人ひとり、種類や容量が違う。うちの場合は、デパケンR100mg2錠を一回分として、1日2回服用中。
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