見出し画像

【怖い話】 禍話リライト 「大口女」

井上陽水じゃないんですけどね、川沿いのホテルらしいんですよ。
川といってもすごく狭い川です。川というより溝みたいな。
別にそんなに良いホテルじゃなくて、
出張で泊まったビジネスホテルですけど。
そこが普通に怖いって言うんですよ。


部屋にはこーんな大きな鏡がありました。
壁に備えつけの鏡です。
それが何だか怖いなぁって思ったんですって。
部屋を行ったり来たりするたびに自分の姿が映るでしょう?
何もおかしいことはないんですけど、鏡に映った自分を見て、
一瞬、誰かいるのかと思ってびっくりして。

でも、どうせ翌朝は早くから仕事だし、
さっさと寝てしまえば関係ないやって、
ビールを飲んですぐ寝ることにしました。

それで眠ってたら、トイレに行きたくなって、
夜中の三時くらいに急に目がさめたんです。
その人としては、あんまりないことらしいんですけど、
ビールを飲んでますからね。
起きたらまた鏡に自分が映って、びくっとしましたが、
何だ自分かよって、気にせずにトイレに行きました。

それから手を洗って、さあ寝るぞって、ベッドに戻りまして。
ビジネスホテルのシーツってどうしてベッドに挟むんだろうな、
このせいで落ち着かないよ、なんて思いながら、
何げなくまたその鏡を見たんです。

そしたらね。

自分がベッドに横たわって半身を起こして、鏡を見ています。
鏡にもそれと同じ姿勢の人が映っているんですけど、
それが自分じゃなくて、
まったく知らない女性だったって言うんですよ。

大口を開けた女。

そんな妖怪みたいな感じじゃなくってね。
歯医者さんで、口をあーんとして、って言われた時みたいに、
口をぽかんと開けてるんですって。

「あ」って言う時みたいな形の口で。
「あ」って開けた口をこっちに向けて。無表情のまま。

えっと思って、もう一回見たら、今度はちゃんと自分が映りました。
でも、絶対に見まちがいではなく、
さっきははっきり見えたって言うんですよ。

コワ!と思いました。
それでもうこれ以上この部屋にいるのは無理でした。
もう一回寝て、仮に万が一もう一回目が覚めてまた同じものを見たら、
とても耐えられません。

だから、すぐに部屋を出て、エレベーターに乗ることにしました。
ロビーにソファーがあったはずだから、もう朝までそんなに時間はないし、
出発の時間までそこで寝ればいいやと思ったんです。

それで、
エレベーターが一階について、
チンと鳴って、
ドアが開いたらね。

ドアの正面にホテルのフロントがあるんですが、

フロントにその女がいたんです。

「あ」という口を開けて、こっちの、エレベーターの方を見ています。
口だけは大きく開けてるんですけど、
一言も何も言わずにだまって見てるんです。

うわぁと思って、すぐにドアを閉じました。


実は、その人は寝る前にも一度フロントに行ってるんですね。
そのときには、別の人がいたんですよ。
確実に男の人だったはずなんですけど。

で、こうなると困りました。
元の部屋にも戻れないし、一階にも行けないし。
うーん、どうしよう困ったなーって思って、
仕方なく勇気を出して、もう一度フロントに戻ったんですって。

そしたら、今度はちゃんと寝る前に見た男の人がいるんですよ。
「あの、さっき別の人がいました?」
「いや、ここはずっとわたしひとりですよ。人手不足なんで」
「そうですかー、大変ですねぇ」って。
仕方なくそのまま朝までフロントで雑談していたそうです。


朝になったら、支配人みたいな、年配の方がフロントにやってきました。
お客さんがいるから不審に思ったんでしょうね。
ずっと昔からいる事情通みたいな方だったんですけど、
「どうかしました?」と声をかけられ、
何と答えようか迷っているうちに、
「ひょっとして、鏡に何か映りました?」と聞かれました。

「はい!」って元気よく答えたら、宿泊料金は返ってきたそうです。


この記事は、怪談ツイキャス「禍話(まがばなし)」で放送された怪談をリライトしたものです。

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/523056548 

2019/02/02放送分「禍ちゃんねる 寝坊スペシャル」42:28-

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?