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家計貯蓄率の推移が示す困窮する日本 = 「消費好き」米国人より低い貯蓄率 消費縮小止まらず =

                                                                                     2021年11月26日

 新型コロナ・ウイルスのパンデミック禍で、日本経済の回復力の弱さが世界の中で表面化してきた。

 前回は企業、とくに資本金10億円以上の製造業における付加価値率の低下を示し、日本の成長力減退危機をお示しした。今回は縮小が止まらない日本の民間消費の姿を、日米家計貯蓄率の推移が示す「歴史的変化」を軸に眺めて頂く。

 貯蓄率の推移に表れている日本の所得構造の歪みは、日本経済の縮小を生み出している。抜本的な税制改正で経済の歪みを修復し、成長力を生み出す経済構造へ転換すべきである。

〇 年明け後、日本経済の鈍化鮮明に

 15日に公表された今年7-9月期の日本の実質GDPは、季節調整済み前期比年率で3.0%のマイナスであった(表1参照)。

表1. 日米:実質GDPの推移

日米GDP前期比(表)[3595]

 昨年末以降、経済が一進一退を続ける背景には、新型コロナ感染拡大に対する非常事態宣言による行動自粛要請などがある。とくに7-9月期はオリンピック、パラリンピックが開催される中で感染者が予想を超える勢いで急増(図1参照)、非常事態宣言に慣れてきた国民にも危機感が再燃し、国民各自が自ら行動規制をする時期であった。

コロナ感染者数[3591]

図1. 新型コロナ国内感染者数の推移( 人/日、21年4月1日~11月20日 )

 この結果、今年7-9月期の実質GDPの水準は、新型コロナ・ウイルス感染拡大前の19年10-12月期の水準に対して97.8、2.2%低い水準へと再度下落した。

 新型コロナ・ウイルス禍での回復局面において、昨年末時点で日本は米国よりも回復の度合いが高かった。しかし年明け後、米国は4-6月期に新型コロナ・ウイルス感染拡大前の実質GDP水準を上回り、7-9月期の拡大スピードは鈍化したものの、水準は継続して上昇した。これにより年明け後の日本経済の鈍化が鮮明となっている。

〇 成長活力の弱さ露呈する日本

 図2は、リーマン・ショック直前の日米の実質GDPのピークを100として、それぞれの推移を描いたものである。

日米GDP07[3594]

図2. 日米 : 実質GDPの推移( リーマン・ショック前ピーク=100 )

 この中期的な流れの中で、新型コロナ・ウイルス禍の日米実質GDPの動きを眺めると、前述したように米国経済は中期の上昇トレンドに復帰しようとする流れの中にあると感じられる。他方、日本経済は逆に下降トレンドに入り込もうとする姿が浮かび上がる。

 この日米経済が描き出す姿の背景には、新型コロナ・ウイルス禍での両国の対策、対応の違いはあるものの、中期的な成長トレンドの大きな違いがあると感じるのは筆者だけだろうか。

 年明け後鮮明となってきた日米経済の違いは、新型コロナ・ウイルス対策の違いだけでなく、日本経済の成長活力の弱さが根底にあるということを浮かび上がらせている。

 すなわち、日本が新型コロナ・ウイルス禍から経済を再建するには、非常事態宣言などによる生活困窮は、自然災害という位置づけで支援継続を行うことが必須である。そのうえで経済対策として、日本経済が陥っている成長活力の減退の経済体質を打ち砕く立法、行政、両面からの展開が急務である。

〇 政府のコロナ関連支出のみ拡大

 表2は各需要項目(実質)の年明け後の推移を、前期比年率と新型コロナ・ウイルス感染前の水準を100とした場合の推移を示している。

表2.  実質需要項目の推移( 2021年 )

需要前期比(表)[3593]

 内需について眺めると、7-9月期、民間需要は前期比で全てマイナスに落ち込んだ。公的部門では、公的固定資本形成、いわゆる公共投資が継続して減少する中、唯一、新型コロナ・ウイルス関連の政府消費支出が、4-6月期から2期連続して前期比でプラスとなっている。

 海外部門を眺めると、輸出入ともに7ー9月期前期比でマイナスに転じている。コンテナ輸送などの停滞なども影響してきている。

 但し、財、すなわち商品貿易については新型コロナ・ウイルス感染拡大前の水準は既に取り戻している。他方サービス貿易に関しては、訪日、海外旅行の規制などによる旅客輸送の急減が継続している。

〇 日本の実質民間消費、19年の消費税率引き上げにも反応せず、現在、14年の東日本大震災時と同水準に低下

 図3は日米の実質民間消費支出について、リーマン・ショック直前のピークを100としてその後の推移を描いたものである。

民間消費(日米)[3596]

図3. 日米 : 実質民間消費支出の推移( リーマン・ショック前ピーク=100 )

 簡単に実質民間消費の推移を眺めると、リーマン・ショックでの落ち込みは日米でほぼ同じ程度であった。その後の回復期においては、日本が11年東日本大震災を受け米国より回復が遅れたが、消費税率引き上げ直前の14年1-3月期には米国の水準を上回っている。

 しかし、14年4-6月期以降、米国民間消費は堅実な拡大を続ける一方、日本の民間消費は消費税率引き上げの影響を受け、腰折れを示した。

 その後19年10月の消費税率引き上げに向け、19年7-9月期まで拡大基調を示したが、それでも14年1-3月期の実質消費水準を上回ることはなく、新型コロナ・ウイルス感染拡大前の翌10-12月期には既に下落に転じている。

 この時点で、日米の実質民間消費水準はリーマン・ショック直前のピークを基準にして6年間で25%程度の大幅な格差が開いていたということである。

 このような状況の下で新型コロナ・ウイルス感染拡大が始まり、日本はリーマン・ショック時の実質消費水準を大きく下回り、本年7-9月期時点でも11年の東日本大震災時とほぼ同じ消費水準に止まっている。

 他方、米国の実質民間消費水準は今年1-3月には感染前の消費水準を取り戻し、その後も拡大を示しており、日本との実質的な消費生活水準の格差を広げている。

〇 過去最低を更新続ける民間消費支出構成比

 図3で日米の実質民間消費支出が大きな格差を示していることを眺めて頂いた。これを踏まえて、日米の実質民間消費支出の位置付け、すなわち、実質総需要に対する構成比の推移を図4で眺めて頂きたい。

民間消費(総需要構成比)[3597]

図4. 日米 : 実質民間消費支出の推移( 対実質総需要構成比、% )

 米国の実質消費支出は実質総需要の59%前後で安定的に推移している反面、日本はリーマン・ショック時の51%をピークにその後低下を続け、今年7-9月期には45%と過去最低を記録している。

 リーマン・ショック時、日本の実質民間消費支出構成比の上昇は、急激な不況により実質民間消費支出より他の需要の落ち込みが大きいためである。これを踏まえると、リーマン・ショック以前から構成比の低下が進捗しているといえる。

 米国での安定的な構成比の推移は、実質需要拡大とほぼ同程度で実質消費生活水準が拡大していることを示唆している。

 他方、日本の構成比の低下は、実質需要拡大のスピートを下回る伸びでしか実質消費生活水準が改善されない状況が進行していることを示唆している。

 民間消費支出の最大需要は、内需であるが、それが縮小してきている。消費が豊かさのバロメータとは言い切れないが、発展途上国や先進国では観察されない民間消費の縮小である。

〇 日本 : 米国より低い貯蓄率、貯蓄に回せる所得の伸びなし

 日米の民間消費支出の変化を明確に示しているのが、家計貯蓄率の推移である(図5参照)。

日米貯蓄率[3592]

図5. 日米 : 家計貯蓄率の推移( 対家計可処分所得比、% )

 簡単に推移を眺めると、90年代後半米国の家計貯蓄率は6%から5%、日本は米国の2倍、10%を上回っていた。「消費好き」の米国人、「倹約家」の日本人といわれた証左である。

 それが2000年に入ると一転、日本の家計貯蓄率は急降下し、02年1-3月期には3.4%と米国の家計貯蓄率(5.6%)を初めて下回った。日本人の貯蓄率が「貯蓄より消費が好きな米国人」より低いという「歴史的な転換点」である。

 米国の家計貯蓄率は、リーマン・ショック後4%から8%へと水準を切り上げる一方、日本は東日本大震災以降再び低下、14年の消費税率引き上げに対しては「マイナスの貯蓄率」、すなわち預金をも取り崩して消費に回した姿を示した。

 総務省「家計調査」でも同時期高齢者世帯を中心に貯蓄率がマイナスに転じたことが報じられている。その後も米国が8%前後で推移する中、日本は2%を上回ることはなく、日米貯蓄率の格差拡大が一段と鮮明となった。日本の家計の困窮、すなわち貯蓄に回せる所得の伸びがないことを示唆している。

 このような状況の下で、日本は19年10月から消費税率を8%から10%へ引き上げた。前回14年の消費税率引き上げに対しては、団塊世代が「最後の大型耐久消費財購入」に動いたが、今回はそのような動きはなく、貯蓄率は19年10-12月期に4.5%へと前期の1.2%から急上昇、財布の紐を絞った姿が観察されている。

 すなわち、日本では消費税率引き上げに対して消費抑制に向かった段階で新型コロナ・ウイルス感染拡大に見舞われたということである。

〇 貯蓄率の推移が示唆する所得動向

 図6は日米の雇用者所得と国民所得に近い名目GDPの推移を、新型コロナ・ウイルス感染前の19年10-12月期を100として描いたものである。

雇用者所得(日米)[3590]

図6. 日米 : 雇用者所得、名目GDPの推移( 2019年10-12月期=100 )

 日米ともに雇用者所得は20年4-6月期に最大の落ち込みを示したが、米国は2四半期後の10-12月期に感染拡大前の水準を回復し、今年7―9月期には感染前の水準を8%上回っている。

 他方、日本は今年1-3月期にようやく感染前の水準に戻ったものの、その後再び下落し、伸び悩んでいる。

 このような状況の下、日米で感染支援策が発動され、20年4-6月期米国の貯蓄率は前期の9.7%から26.1%へ急上昇、日本でも同21.9%と前期の5.7%から急上昇している。

 その後米国では政府支援策の増減を受け貯蓄率が乱高下しているが、その裏側で雇用者所得の拡大が継続してきており、直近7-9月期の貯蓄率は8.0%と感染拡大前の水準に落ち着いてきている。

 対する日本は10万円給付が1度のみであり、雇用者所得も伸び悩む中、貯蓄率は昨年10-12月期にかけて6.3%まで低下した。今年1-3月期、雇用者所得が感染前の水準に戻ったものの感染拡大不安で消費は抑制され、貯蓄率は8.7%へと上昇した。雇用者所得が4-6月期に再度下落するなど感染拡大不安の高まりもあり、日本の貯蓄率は高い水準に止まっている。

 米国と異なり日本の貯蓄率は感染拡大前より高い水準を維持しているが、これは米国の雇用者所得が感染前の水準を取り戻し、その後も拡大基調にあるのに対し、日本では雇用者所得が低迷し、依然先行きの不透明感が払拭できていないためである。

〇 米国:インフレ懸念 日本:デフレ懸念 スタグフレーションの恐れも

 図6で眺めたように、日米において雇用者所得、名目GDPの動きが異なるが、このような状態が物価動向にどのように表れているのかを眺めたのが図7、図8のGDPデフレータの前年比増加寄与度である。名目GDPを雇用者所得(労働コスト)と、それ以外の所得(名目GDP-雇用者所得、企業の粗利益)に分け、GDPデフレータの前年比増加寄与度を計算したものである。

GDPデフレータ(日本)[3588]

図7. 日本 : GDPデフレータの推移( 前年比増加寄与度、% )

GDPデフレータ(米国)[3589]

図8. 米国 : GDPデフレータの推移( 前年比増加寄与度、% )

 新型コロナ・ウイルス感染が拡大を始めた20年において、年前半、日米の物価動向は逆の方向に動いていた。日本では労働コストの上昇が粗利益からの物価下落分を上回り、GDPデフレータは上昇。対する米国は日本とは逆に、労働コストの上昇を上回る粗利益からの物価下落圧力が強く、GDPデフレータは鈍化している。

 日米とも感染拡大で社会経済活動が抑制され、人件費などの労働コストが両国においても大きな負担となったが、企業の粗利益の落ち込みによるデフレ圧力は米国の方が日本を上回ったことが観察される。

 その後の推移もまた日米では対照的である。

 米国では経済回復を反映して粗利益上昇を通して物価が上昇に転じ、直近の7-9月期には労働コストも物価押上に寄与、7-9月期には前年比4.5%へと83年1-3月期以来の上昇幅となり、4-6月期以降一段と上昇圧力を高めている。

 日本は労働コストの物価上昇圧力が大きく低下する中、物価上昇を促す企業利益も一進一退の流れの中で物価押上圧力は弱く、GDPデフレータで眺めた総合的な物価は下落、4-6月期以降は前年比でマイナス1%に落ち込んでおり、経済回復力の弱さが明らかである。

 図6、図7、図8で描かれている日米経済の姿は、米国がインフレ懸念を含みながらも景気拡大の流れの中にあるのに対し、日本は真逆のデフレ的な色彩を帯びた経済回復不振の中にある。

 両国の物価動向の背景には経済回復基盤の強弱が反映されており、この格差状態が継続すれば、金融、為替市場においても格差が明確に反映され出す可能性が高まる。加えて、原油価格の高騰が長期化すれば、日本経済はスタグフレーションに陥る可能性も高まる。

〇 政府の政策に対して風評ではなく、検証分析を

 このような状況の下、日本では10万円現金支給に対して、「多くが貯蓄に回り、役に立たなかった」などという見解が政策を決定した政府側から出ている。新政権における経済対策についても同様の疑問を投げかけている。

 日本の家計貯蓄率が2%未満で推移してきたことを理解しているのだろうか。個人金融資産残高が増加し続ける状態では、日本が低い家計貯蓄率を継続していることを理解できないのだろう。別の視点から眺めれば、所得、とくに資産格差が拡大している証左である。

 日本の貯蓄率は今年4-6月期までしか公表されていないが、貯蓄率が下げ止まりしていること、すなわち消費に回る割合が増えないことを捉えて役に立たないというのだろうか。

 日本の貯蓄率が下げ止まりしているのは雇用者所得が減少し、明確な拡大基調を示していないからで、先行きの生活防衛から貯蓄率が下げ渋るのは当然であり、支給金は役に立っているのである。

〇 高い限界消費性向の下  「再分配」を政府が税制改革で行うべき

 感染拡大前、日本の貯蓄率は2%以下であり、可処分所得の98%が消費に振り分けられという状況である。経済への乗数効果を決める限界消費性向は米国より非常に大きい状態である。すなわち、消費が拡大しないのは継続的な可処分所得の増加が無いからであり、所得と消費の関係に、乗数効果が有効に働かないためである。

 日本の家計所得は2000年度からの介護保険制度の導入で、それまで以上に可処分所得に負荷がかかっており、貯蓄率低下の要因ともなっている。

 「分配」を政策の柱に揚げる政府は、企業に賃上げを頼み、法人税の減税で補うという。この考え方は間違っている。必要なのは「分配」ではなく、{所得の細粉パイ}であり、政府のみが実行できる。

 民間企業の「賃上げ」は「所得の再分配」ではない。「企業の賃上げ」は限られた組織内での利潤の振り分けに過ぎず、その組織に属さない人々の方が多く存在しており、「公正」、「公平」な「分配」は無理で、社会をより複雑にするだけである。安倍政権でも同様の要請を民間に行ったが、家計所得、貯蓄率に効果的な変化はなかった。

 限界消費性向の大きさが、景気浮揚効果をより大きく生み出す。更に、所得、可処分所得が低い人たちの方が限界消費性向はより大きく、国が行う「所得の再分配」による所得の振り分けは経済拡大に非常に有効である。

 課税最低所得の欧州並みへの段階的引き上げ、累進所得税率の見直し、金融収益の総合課税化など「所得の再分配」機能を果たす税制の抜本的な見直しが急務である。

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