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敬遠と経験

先日Twitterでもつぶやきましたが、久しぶりに衣装ケースいっぱいに詰め込んだバスガイド時代の資料をひっくり返しておりました。

というのも、大変ありがたいことにわたしの経験をかってくださり、記事をご依頼いただけたんです。発信って本当に大切ですね!

いつもおこなうGoogleでのリサーチに代わって、わたしは過去の遺物をあさって該当の資料を探していました。

あふれかえったわたしの財産のなかには、古びた各観光地のパンフレットや使っていた道具、ガイド教本。偶然観光地で出会った柳沢慎吾さんのサインも出てきましたw

そしてなによりも…たくさんの知識たち。過去のわたしが努力した証。年季が入って色褪せた膨大な数のノートを見たとき、郷愁とでもいうのでしょうか。なんとも言いがたい、いとおしさにもよく似た気持ちが湧きあがりました。

そこで驚いたのが「いまおこなっていること」と「これから挑戦すべきこと」をわたしは既に経験していたという事実。

それは、「リサーチ」と「取材」です。

ライターとガイドは似ている仕事だと常々感じてはいましたが…マインド的なものだけでなく、どうやら根っこの部分は同じのようです。確信しました。

かつてバスガイド時代は、いまほどネットは普及しておらず…いえ、うそです。わたしが無縁だっただけですねw

とはいえ、ガラケーが主流の時代。その頃の情報収集は新聞やTVのニュース、書籍でおこなっていました。もちろんスマホを手にしてからはGoogleに頼る機会が増えましたけどねw

他には観光協会や各施設、農協、漁協…さまざまな場所に電話したり訪れたりして情報を集めていました。疑問を感じたところ、面白いと感じたものをもっと深く知りたくて。

当時のわたしの行動力は「取材」と呼べるほどたいそうなものではありません。しかし問題はそこではないんです。

驚いたのは、敬遠しがちだった「聞きに行くという行動」を、過去のわたしは「取材のような行為」としてすでに経験済みだったこと。

Webライターと名乗るようになってから、ライターを募集している媒体などで「取材案件」を見るたびに「未経験だから敷居が高い」と感じていました。

自信がない、自分には経験がないと思っていても、視点を変えると実は意外にも過去に経験していたことが隠れているかもしれません。

もちろん専門性の高いスキルや知識に関しては別です。こればかりは…隠れようがありませんw

ただ、過去の栄光にすがるのは愚行だとしても…いまの自分を築き上げてきたのはまぎれもなく過去の自分。過去の忘れていた経験をいまに活かすには、マイナーチェンジ+努力が必要ですね。

「ライティングに使えるような知識やスキルなんて何もない」と思い込んでいました。でもそうじゃなかった。それを実感してなんだか書きたくなったので、この記事を書きましたw

またひとつ気づきを得たことで、またひとつわたしは成長できたわけです。


ちなみに、当時のわたしは思考錯誤の末に編み出した「サディスティックなドMキャラ」という、なんとも矛盾した謎のキャラ立てをして、お客さまにかわいがっていただいておりましたw

歯に衣着せぬ物言いでドM発言を…よくまあやっていたもんです本当。あの機転を利かせた言葉のキャッチボールや語彙力は、いったいどちらに家出したのやら…(´;ω;`)ウッ


ここまで読んでくださり、ありがとうございます!また次回、お会いできると嬉しいです!

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