Human-Animal Studiesはソーシャルワークにどのような影響をあたえるか?(第3回アソ読会報告)

実施日:2020/8/21

文献:"Human-Animal Studies: Social Work"(2016)の「まえがき」と「序論」(著者はMargo DeMello)

第3回は、第2回で読んだ文献の「イントロダクション」(序論)を読んだ。理由は、第2回で読んだ文献に出てきたHuman-Animal Studies (HAS)について学びたいと思ったから。この「イントロダクション」の著者Margo DeMelloは著名なHAS研究者である。その内容は、私たちが知りたかったHASの簡単な紹介と、HASを大学の授業に取り入れるべきだ、という主張と、実際にHASを授業に取り入れたい大学の先生向けのハウツーから構成されている(といのも、第2回で説明したように、元の本は"Teaching the Animal: Human-Animal Studies Across the Disciplines”である)。

今回は、まずはこの「イントロダクション」の内容紹介をおこない、次にその補足をしながら、HASがソーシャルワークにあたえる影響について考察する。

1.Human-Animal Studies(HAS)とは何か?

さて、そもそもHASとは何か。著者の説明によれば、HASは人と動物の関係を対象として研究する比較的新しい学際的な分野である。HASの研究者は、「人が他の動物をどのように使用し、どのように人と動物が相互に影響を与え、どのように人が動物を見ているか、そして現在および過去の両方において、人が人以外の動物を人の生活と文化にどのように取り入れているかを考察している」。

一例をあげれば、「動物」とはどういう意味かについて、多くのHAS研究者がとりくんでいる。人は犬や豚と同様に動物であるはずだが、動物という言葉は一般に人以外の動物を意味する。そこでは、人と動物はどのように区別されているか。動物はどのように社会的に構築されているか。たとえば「実験動物」、「ペット」、「家畜」などといった言葉で、人は動物を用途によってカテゴライズしており、そのような言葉遣いは「動物がどのように見られるかだけでなく、動物がどのように使用され、扱われるかを定めている」。豚は家畜だから殺して食べるが、犬はペットだから食べてはいけない、というように。これが社会の常識であることは、考えてみればたしかに不思議なことだろう。

現在、HASに関する学会、学術誌、既存の学会の分科会、大学の科目、博士論文などが急増しており、それはHASが急速に成長していることを示している。しかし、そのようなHASの急成長を、学問の世界における人間中心主義が阻んでいる。人間中心主義は、HASがテロリズムに関係する動物解放運動の隠れ蓑となっている、という疑義とともに、HASを大学で教えることを困難にしている。また、そうした疑義がないとしても、HASは表面的で取るに足らないものとして大学の学問の世界で軽視されている。

2.HASを大学教育に取り入れるべき理由

それに対して著者は、HASを大学で教えるべきだ、と主張する。その論拠はまず、人社会は人以外の動物との相互作用から形成されていることである。何千年も前から人社会は人以外の動物とかかわってきたし、現代においてその数は膨大かつ広範である。それは愛玩動物だけでなく、家畜のような産業動物、医薬品や製品のテストに使われる実験動物、サーカスやロデオに使われる動物、さらにはトロフィーハンティングで殺される野生動物などにも及ぶ。

これらの人以外の動物は人に利益や楽しみをもたらしているが、そこから人以外の動物たちが得られる見返りはあまりにも少ない。それは社会正義に関する事柄であり、実際、HAS は動物の搾取を記述することで、女性学やエスニック研究などと同様に、社会正義の運動と関連している

コンパニオンアニマルなど、人以外の動物と個人的なつながりを感じた経験を持つ学生は多い。そのような経験から動物と人の関係に関心を持ち、多様な文化や立場から、それを批判的に検討することとなる。このように、HASは、人以外の動物との個人的なつながりを通じて、学生が批判的思考と多様性を尊重する態度を養う機会を提供することができる。

以上のような理由から、大学において、HASは多文化教育がそうであるように、多種多様な科目に組み込まれるべきである。調査の結果、学生は受講前後で動物への態度を大きく変えることが分かっている。学生は工場化された畜産農場の現実に直面すると、怒りや不信感、大きな悲しみを経験する。だが、人が動物に対して犯している不正を知ることで多くを学びうる。効果的な教材開発がHAS教育の課題だが、教室に人以外の動物を連れてきたり、動物園や動物保護区を訪問したりといった方法も効果的になり得る。この本には付録で、実際の授業で使われたシラバスや、授業に役立つリーディングスのリストなどが掲載されている。それらを、大学での授業にHASを取り入れていくことに活用してほしい。

以上が、内容の紹介である。まとめると、HASは人と人以外の動物の関係に関する学際的な学問で、急速に成長している。HASを学ぶことで社会について批判的に思考し、社会正義について考え、多様性を尊重する態度が身につく。だから大学教育にHASを取り入れるべきである。大学教育に携わる人々は、本書をその助けとしてほしい。そういうことが書いてある。

3.動物の権利運動などとHASの関係

以下、読んで気づいたことを書くが、まずは、HASの由来について気になったので少し調べたところ、著者のMargo Demello(2012) が別の本でHASの歴史を簡単に振り返っていた("Animals and Society: An Introduction to Human-Animal Studies. New York: Columbia University Press, Chapter1."を参照)。それをざっくりまとめると、1970年代に、倫理学者ピーター・シンガーに代表されるような動物解放論者があらわれ、動物の権利運動が注目を浴びるようになった。1980年代には、それを受けて、まずは歴史学において人の動物に対する態度・実践の研究がおこわなれるようになり、そこからさらに多様な広範な学問分野へとHASが波及していった、ということのようだ。

そのようにHASの歴史的な由来を見ると、HASは動物の権利運動の隠れ蓑だと思うことも、そう的外れではないのではないか。ただ、第2回で読んだ文献がそうであったように、動物はそれ自体として尊重に値するのではなく人のために尊重されるべき存在である、という立場もHASではあり得る。その場合には動物の権利運動よりも、むしろ一般の社会通念に近い。実際には、HASのなかでも、動物の権利運動に近い立場から、それに反する立場まで、さまざまな立場が併存している、ということだろう。

これに関連することだが、人と人以外の動物を対象とする学際的な学問は、HAS以外にもさまざまな呼び名があり、それも呼び名によって微妙に意味が違う。Margo Demello(2012)がHASとその関連領域の簡単な定義を記しているので、以下に記す。

Human-animal studies:人と人以外の動物との間における相互作用と関係の研究。

Animal Studies:一般的に、少なくとも自然科学の分野では、医学研究のように、人以外の動物の科学的研究や医学的利用を指す場合に用いられる。人文学では、社会科学が HAS と呼ぶものとして主に使われる。

Anthrozoology:人と動物の相互作用および人と動物の絆の科学的研究。

Critical animal studies:動物の搾取、抑圧、支配を根絶することを目的とした学問分野。

Animal rights:人以外の動物に道徳的地位を与え、それによって基本的な権利を与えることを主張する哲学的立場と運動。

違いがわかりにくいが、HAS(Human-animal studies)とAnthrozoologyはほぼ同義で、自然科学、人文学、社会科学も含む広範な範囲を包括している。Animal Studiesは人と人以外の動物に関する学問としては人文学系。Critical animal studies(批判的動物研究)はAnimal rights(動物の権利)の立場に基づく人社会への批判的な研究、といった感じだろうか。ほかにも、Human Animal Bond(人と動物の絆)という言葉もあるが、これは主に愛玩動物と人との関係に関する研究である。

微妙な立場の違いを反映したさまざまな呼称が並立しているのは新興学問ゆえの特徴という気もするが、たんなる内輪もめとも言えない対立もそこにはある。たとえば、Critical animal studies(批判的動物研究)やAnimal rights(動物の権利)の人々からすれば、Human Animal Bond(人と動物の絆)は人間中心主義的でぬるい研究が多い、ということだろうし、また反対にHuman Animal Bond(人と動物の絆)に関する人々は動物の権利論者とは距離を置きたいと考えている人が少なくないだろう。

4.ソーシャルワークにとってのHASの意義

では、ソーシャルワークには、これらの学問がどのようにかかわるだろうか。社会的弱者へのアニマルセラピーやペットを飼うことの意義、動物虐待に関する心理的・社会的課題など、人のために人以外の動物との関係を支援する際には、Human Animal Bond(人と動物の絆)の知見が役に立つだろう。また、人以外の動物を(どこまで)ソーシャルワークに含めるべきか、人以外の動物それ自体の福祉をどこまでソーシャルワークは尊重すべきか、という問いに答えるためには、Critical animal studies(批判的動物研究)やAnimal rights(動物の権利)の見解を無視できないだろう。アニマル・ソーシャルワークはこの両側面から研究と実践を進めていくべきであると、私は考えている。

しかし、前者については徐々に研究も実践も試みられてきたのに対して、後者はまだ研究が非常に少なく、日本ではほとんど知られていない。だが、三島亜紀子(20162017など)によれば、ソーシャルワークの歴史を振り返れば、人以外の動物に対する態度は、ソーシャルワーカーがクライエントに接する態度と密接なかかわりがあった(これについては、ネットラジオでも前に話をした)。

また、私が思うに、いまでもそれはかたちを変えて続いている。きっと、人以外の動物への処遇と、障害者や生活困窮者へのかかわりは、深いところでつながっている。人以外の動物の意思を軽視することが社会的に常態化・正当化されていることと、社会的弱者の人々の意思が尊重されないこと、この両者が無縁だとは私には思えない

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