人以外の動物は、人の福祉にとって重要な「環境」の一部である。(第2回アソ読会報告)

実施日:2020/8/7

文献:Christina Risley-Curtiss (2016) “Social Work and Other Animals: Living Up to Ecological Practice”(ソーシャルワークと人以外の動物:エコロジカルな実践にそって) ←アマゾンで350円で買える

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第2回からは、いよいよ本番、読書会の開始である。この文献はHuman Animal Studies(人と動物の関係学)の観点からソーシャルワークを論じている電子書籍で、もとは"Teaching the Animal: Human-Animal Studies Across the Disciplines”という本の一部である。著者のChristina Risley-Curtissは人以外の動物とソーシャルワークの関係に関する実証研究で著名な研究者である。

この文献では、まず、ソーシャルワーク実践にHuman Animal Bond(人と動物の絆、以下HAB) を含めるべきだ、ということが主張される。その論拠は、ソーシャルワークはエコロジカルな視点にもとづいていることだ。エコロジカルな視点とは、クライエントを支援する際にその人の心理的な内面にだけ焦点を当てるのではなく、その人をその環境との相互作用において認識して支援することであり、これは日本のソーシャルワークの教科書にも必ず書いてある基本中の基本である。人以外の動物は人の環境の一部であり、しかも重要な一部であるから、その相互作用においてクライエントを見るべきだ、ということである。たとえば犬や猫に代表されるコンパニオンアニマル(伴侶動物)はクライエントにとってしばしば家族という環境の一部であり、クライエントの福祉を左右する重要な他者である。

この観点からすれば、ソーシャルワーカーは、HABに配慮することで、実際にクライエントへのサービスを向上できることになる。たとえば、 ソーシャルワーカーは、クライエントとコンパニオンアニマルの関係を支援することができる。ソーシャルワーカーは、コンパニオンアニマルを受け入れて大丈夫かをクライエントと検討したり、低コストの獣医療サービスや動物向け食品を提供するフードバンクにクライエントをつなげたりできる。コンパニオンアニマルの避妊・去勢の意義をクライエントに伝え、手ごろなサービスにつなげたり、クライエントとコンパニオンアニマルの関係の保持を弁護したりすることで、クライエントの人の福祉を向上することができる。ほかにも、 動物虐待の履歴を持つクライエントを特定して関わることができるし、 日頃の業務において動物介在を利用することで、クライエントへのサービスを向上できる。

著者はこのようにソーシャルワーク実践にとってのHABの重要性を、ソーシャルワークがエコロジカルな視点にもとづいていることを論拠として主張する。さらに、そこから、ソーシャルワークの教育課程にもっとHABを導入すべきだ、ということを主張する。

ソーシャルワークの教育課程にHABを導入するには、HABに関する専門科目を設立する方法と、既存の科目にHABを含めて統合する、という2つの方法がある。ただし、ソーシャルワークの教育課程はすでに教えるべきことが多すぎて、余裕がない。そして、専門科目を増やすことに比べて、既存の科目へのHABの統合は手間が少ない。だから、ソーシャルワークの既存の科目にHABを含めて統合すべきだ、いうことになる。しかし、その際に、 ソーシャルワークが人間中心主義であることが、教育課程にHABを導入する障壁となっている、と著者は注意を促している。

以上がこの論文の内容の紹介である。私の理解では、アニマル・ソーシャルワーク(ASW)を支持する立場は2つに大別できる。人の支援のために人以外の動物をソーシャルワークに含めるべきだ、という立場と、動物それ自体のために動物を含めるべきだ、という立場である。私はどちらの立場も正しく、そしてどちらの立場も尊重すべきだと考えるが、本論は、明らかに前者の立場であり、また、正攻法で説得力が高いものだと私は考える。

ソーシャルワーク理論について少しでもかじったことがある者ならば知っているように、エコロジカルな視点はソーシャルワークにとって非常に中核的なものである。だから、そこからASWを正当化する理屈は非常に真っ当であり、そうであるがゆえにソーシャルワーカーへの説得力が強い。また、それはソーシャルワークの中核的な視点に変化をもたらすものでもある。

一般に日本のソーシャルワーク業界においては、クライエントを環境との相互作用において理解し、その環境との相互作用に介入する、というときに、「環境」を社会的なものとして理解する傾向がある。そこでは「環境」とは、近隣住民や家族、利用可能な福祉サービス、居住環境などを指す。だが、英語で"Ecological social work"といったときには、自然環境をも含むもっと広範な意味を指すのがグローバルな流れである(疑問に思う方は少しググってみていただきたい)。

ここでは、グローバルにそうだからそうすべきだ、ということを言いたいわけではない。私が言いたいのは、エコロジカルな視点において「環境」という言葉の意味するものは自明ではなく、それは反省的な批判にひらかれたものだ、ということである。これは、人の福祉にとって重要視すべき要素は何か、という問いに答えることの難解さにともなうものであり、そうした問いに対する答えは時代とともに変化していく。犬や猫をはじめとしたペットが一部ではコンパニオンアニマルと呼ばれ、その家族化がすすんでいるとされる現代である。だれよりも大切な存在が自らと同居する犬や猫だ、という人はそう珍しくもない時代なのだ。したがって、ソーシャルワークが真にクライエントの福祉の向上を目指すならば、その「環境」における重要な要素として人以外の動物を取り入れるべきである

※ただし、この観点からだと、人の福祉にとって大切ではない動物はどうでもよい、ということになる。それはソーシャルワークの仕事ではない、と。それでいいのか、ということは別に考えるべきである。

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