獣医療ソーシャルワークとは何か? グリーフケアと共感疲労(第4回アソ読会報告)

実施日:2020/9/4

文献:T. Melissa Holcombe, Elizabeth B. Strand, William R. Nugent & Zenithson Y. Ng (2016). "Veterinary social work: Practice within veterinary settings"(獣医療ソーシャルワーク:獣医療的状況のなかでの実践)

第2回、第3回と理論的で少々抽象的な議論が続いたので、第4回アソ読会では、具体的な実践に関する話をしたかった。そのため、アニマル・ソーシャルワークのなかで、現在もっとも実践的で、職業的にも確立している獣医療ソーシャルワーク(VSW)について扱うこととした。

職業的に確立している、と書いたが、日本では獣医療ソーシャルワーカー(VSWer)は非常に少なく、獣医療やソーシャルワークの専門家ですらその存在を知っている人は稀だろう。だが、アメリカでは大きな動物病院には当たり前のようにVSWerがいて、大学の専門教育課程も存在する。では、VSWerは何をしているのか。それを学ぶために、上記の文献を読んだ。

1.獣医療ソーシャルワーク(VSW)とは何か?

まず、VSWとは、「獣医療とソーシャルワークの実践の交差点でおこなわれるサービスの提供」である。獣医師は歴史的に人と動物の絆(HAB:Human-Animal Bond) の理解者であり、自分たちの診療における HAB の重要性を認識している。また、ソーシャルワーカ―も、Bikales (1975)."The dog as “significant other.”"(「「重要な他者」としての犬)以来、HAB の重要性を理解するようになり、徐々に実践にも HAB を取り入れている。この両者がHABを介して接近することで、獣医療ソーシャルワーク(VSW)がうまれた。

(私が追加で調べたところ、獣医療ソーシャルワークという概念が形成されたのは2002年だが、アメリカでは1980年代にはすでに獣医療の現場にソーシャルワーカーが入り込んでいたようである。日本とは状況がまったく違う。)

著者によれば、VSW は、獣医療とソーシャルワークの交差点における実践だが、動物のための実践ではなく、「人と動物の絆の人側」に焦点がある。VSWはあくまでソーシャルワークであり、その目的は人の福祉というわけだ。

VSWの主な焦点は 4 つとされている。すなわち、①動物を喪うグリーフ②動物サービスを提供する者の共感疲労③動物への暴力と人への暴力の関係④動物介在介入である。この論文では、これら4つについて先行研究を整理している。アソ読会では、①②を第4回、③④を第5回で扱った。したがってこの記事では、①と②について論文の内容を紹介し、考察する。

2.動物を喪うグリーフと、それをケアするソーシャルワーク

まず、①動物を喪うことに伴う悲嘆、つまりグリーフへのケアについてである。よく言われるように、現在、ペットとの関係は飼い主にとってますます大切なものとなっている。そのため、ペットロスに伴うグリーフはより深くなっている。それにもかかわらず、そのようなペットとの離別から生じるグリーフへの社会的な理解は進んでおらず、それが飼い主のグリーフをより深いものにしている。だからVSWが必要とされる。

また、ペットロスは、ペットとの別れによる直接的なグリーフだけでなく、社会的交流の減少、日常のルーティンの混乱、家族間の相互作用の変化などの間接的な影響も引き起こすことが知られている。ペットの存在が飼い主の生活にとって重要であるからこそ、その喪失は生活の変化にもつながるため、それに対応したVSWが必要となる。さらにVSW は、ペットの安楽死を検討する飼い主への支援獣医師などの動物サービス提供者に対するペットロスの知識や研修の提供もおこなう。

動物を喪う飼い主のグリーフについて、その重要性を示唆する研究はある。だが、そのグリーフを効果的に処理する研究は進んでいない。そのなかでも進められてきたグリーフに関するVSW実践について、VSWの教育・研究をリードするペンシルバニア大学と、オハイオ州立大学の実践が紹介されている。

まず、ペンシルバニア大学では、1978 年以降、ソーシャルワーク課程の学生と獣医学フェローの協力で、VSW を実践してきた。まずは動物病院の腫瘍科の回診にソーシャルワーク課程の学生が付き添い、極度に悩んでいる飼い主に介入した。そこでは、飼い主がペットの安楽死を判断することの難しさ(indecisiveness)と、ペットの死を予期することから生じるグリーフ、それに死後のグリーフが課題であることがわかった。

また、涙を流しているクライエントへの対応に(クライエントが男性の場合は特に)、獣医師や獣医学生が苦慮していることもわかった。そのため、ソーシャルワーク専攻の学生の協力で、獣医師や獣医学生がその悩みを話し合う機会を提供した。それだけでなく、獣医師たちが、ペットの死に面した飼い主の反応に困ったり、安楽死の意思決定に際して飼い主への支援を必要としたりした際、ソーシャルワーカーを紹介して飼い主に直接支援する仕組みをつくった。

ペンシルバニア大学では、さらに、ペットの飼主のための死別支援グループを、獣医学部、ソーシャルワーク学部、動物病院、看護学部の共同研究で開発した。そこでよく出てくる話題は、ペットの死に対する怒り、ペットを失った結果として経験した悲しみに汚名を着せられたという感情、安楽死を選択するのが早すぎたり遅すぎたりしたことに対する罪悪感、獣医師に対する怒り、過去のペットの喪失に関連した痛みの再現だった。

オハイオ州立大学獣医学部では、ペットロスサポートホットラインを開設し、運営している。スタッフは獣医学部の学生で、メンタルヘルスの専門家から6時間のトレーニングを受けている。電話をかけてきた元飼い主たちは、グリーフに対処する上での社会的なサポートが不足していると感じていた。対面のサポートグループを見つけたいとの要望も頻繁に報告されていた。

以上が、飼い主のグリーフケアに関連するVSWについてのこの論文の内容である。その考察はあとにして、次に、②動物サービスを提供する者の共感疲労についての内容を紹介をする。

3.共感疲労と、それをケアするソーシャルワーク

まず、共感疲労(Compassion fatigue)とは、「感情的な混乱や痛みを経験している他者の話を聞いたり、関係を持ったり、感情的かつ共感的に関与したりすることで生じる内的な感情資源の枯渇によって特徴づけられる」状態と定義される。獣医療ではHABの知見が蓄積されたことで、患者(動物)だけでなく、その飼い主のケアもするようになってきた。そのため、獣医師やそのスタッフは、飼い主への対応から共感疲労に陥るリスクが高くなっている。共感疲労のリスクが高まっている背景としては、獣医療の発展によって高度な治療を求める飼い主が増えたこと、ペットのケアや生活は飼い主が最終的に決めるため獣医師の想いに反する場合があることも挙げられている。後者はより具体的には、ペットの最善の利益を超えた延命や、健康な動物の安楽死を飼い主に求められた際に感じる獣医師らの無力感、といったことである。

共感疲労はその進行の深刻性を認めることが難しい。共感疲労を経験している人は、健康や人間関係が危うくなるまで、自らの共感疲労に気づかないことがある。また、獣医師は自らの共感疲労に気づいたとしても、それを仕事の名誉ある代償と考え、その対策を取らないことが多い。結果として、最悪の場合には自殺に至ってしまう。

共感疲労を強める原因については、いくつからの研究がある。そこからわかることは、難しいクライエントへの対応過酷な実践と労働時間同僚とのネガティブな交流が、共感疲労を強めるということである。

共感疲労の予防と治療のためには、セルフケアが大切である。たとえばクライエントとの対応で感情的に疲弊した際に休息をとれる安全地帯を職場内につくることが、獣医療スタッフのストレス軽減につながる。VSWerは、このようなセルフケアの目標の達成と維持に貢献する。

獣医療スタッフだけでなく、獣医学部の学生とスタッフも共感疲労に苦しんでいる。その対応として、彼らに向けたカウンセリングが大学では提供されている。だが、時間的制約とスティグマが、それらのサービスを受けるうえでの障壁になっていると、彼らは認識している。そのため、学校関係者はそれらの障壁を認識し、低くすることができるような方法を開発すべきである。

以上が、この論文における動物サービス提供者における共感疲労についての内容の紹介である。さて、論文の内容紹介はここまでにして、ここからはその考察に入る。

4.グリーフケアと共感疲労は、日本のソーシャルワーカーにとって、どのように課題となるか?

まず、グリーフケアについてだが、日本においても、ペットとの親密性の高まりなどから、ペットロスに伴うグリーフは注目を集めている。ペットロスに関する書籍は一般書が非常に多く、その研究も少なくない。だが、管見の限りでは、ペットロスとその飼い主への影響に対する支援方法については、やはり研究は進んでいない。その一方で、ペットロス当事者のセルフグループや、動物医療グリーフケアアドバイザー、ペットロス・カウンセラーなどの取り組みは一部に見られている。これらの活動は、日本ではソーシャルワーカーよりは獣医師または当事者が中心の活動が多いようだ。ただ、都市部はまだしも地方においてはほとんど普及していない。現状の日本では、ペットロスの悩みはあるようだが、そのほとんどは飼い主のセルフケアで対応されている、ということか。

また、グリーフケアの観点からすれば、この論文では触れられていないが、ペットの葬送が重要だろう。日本において、ペット葬送サービスは一般に普及しており、その多様性は注目に値する。実際、一部のソーシャルワーカーは、クライエントのペットが亡くなった際に、ペットの葬送関連会社(火葬業者、お墓などの会社)を紹介している。たとえば、ペット同伴入居可の老人ホームで、そのような取り組みをしているところは少なくない。あるいは、ケアマネージャでも、クライエントのペットが亡くなった際に放っておくわけにいかず、(仕方なく)ペットの葬送会社に連絡した、という人がいるかもしれない。

ところで、グリーフケアについては、死後のグリーフに注目が集まるが、生前のグリーフ(予期される喪失からくる不安)へのケアも重要である。この論文によれば、アメリカではペットの安楽死の判断についての悩みが広く問題となっているようだが、日本ではペットの安楽死はあまり一般的ではない。しかし、だからこそ、ペットが生きている間から飼い主は、あるときは徐々に弱っていく姿に不安を感じ、あるときは突然の状態悪化に戸惑い、グリーフを感じているのではないか。飼い主は喪失の予期から来るグリーフに苦しみ、それが積み重なることで死後のグリーフもより大きくなる可能性がある。また、ペットは飼い主の感情に敏感に反応するので、飼い主のグリーフはペットにも伝わる。飼い主の悲嘆や不安は、ペットの悲嘆や不安にもつながってしまう。ペットに最期のときを安心して過ごしてもらうためにも、ペットの死が予期される段階で、飼い主のグリーフへの対応が必要となる。

また、グリーフは、飼い主の動物医療への不信にもつながることがある。グリーフケアは、動物病院にとっても顧客からの信頼を得るためにプラスに働きうる。以上のように、動物へのグリーフケアはたしかに必要そうに見える。

だが、ペットロスへの対応は果たしてソーシャルワーカーがすべき仕事だろうかペットロスをグリーフという心理的な課題として捉えるならば、それは心理職の専門ではないだろうか。たしかに、アメリカでは、VSWerが職業としてグリーフケアに取り組んでいる。ただ、ここで注意が必要なのは、日本では心理職がやるようなカウンセリングが、アメリカではソーシャルワーカーの仕事とされている、ということである。ソーシャルワーカーの職域が、アメリカと日本では違う。そう考えると、日本では心理職がペットロスやそれに伴うグリーフケアに対応すべきではないか。

しかし、私はそうは思わない。たしかに、喪失に伴う悲嘆という心理的反応へのケアは、心理職の協力が必要かもしれない。だが、この論文中にもあるように、ペットを喪うことは、社会的交流の減少や日常のルーティンの混乱など、生活の変化にもかかわっている。犬の散歩をつうじて飼い主仲間との交流があった人が、犬がいなくなることで居場所を失ってしまう。あるいは、猫が毎朝ご飯をねだるために起こしてくれていたが、その猫がいなくなることで、生活リズムが乱れてしまう。また、高齢や病気のペットと暮らすことは、ときにはペットの介護を伴い、ときには治療費などの金銭的な課題を飼い主にもたらす。そのなかで、ペットと飼い主が、どうやって最期のときを幸福に過ごすことができるか。それをどうやって支援するのか。そのように考えると、ペットロスは、飼い主のニーズを理解したうえでの環境調整を要する仕事である。つまり、ペットの喪失の前後には、飼い主に対して生活環境の再構築が求められるから、そこでソーシャルワーカーの専門性が発揮され得る

次に、動物サービス提供者の共感疲労について考察する。日本でも同様の問題が指摘されており、これは重要な課題である。ただ、この論文中では、獣医療に関わる人々の共感疲労への対応は、セルフケアかカウンセリングとなっている。これらは日本では、やはりソーシャルワーカーというよりは、心理職の仕事ではないだろうか。

しかし、共感疲労の原因を見ると、これは労働環境の問題という側面が少なくないように思える。難しいクライエントへの対応のあとに、休息をとれる安全地帯をどのように確保できるか、また、それについて悩みを共有できないとしたらなぜか。過酷な実践と労働時間の問題の背景は何か、それはどうすれば改善できるのか。同僚との関係は、どうすれば良好に保てるのか。そう考えると、共感疲労は獣医療に関わる人々の労働環境の調整にかかわる事柄であり、労働ソーシャルワークの課題として捉えられる。

また、共感疲労については一つ気がかりがある。それは、VSWer自身の共感疲労はどうするのか、という問題である。人医療の病院では、ソーシャルワーカーは患者の治療に関するコントロールができないことに無力感を感じている、という研究がある。VSWerは対人援助で悩みを抱えたクライエントに接することが多く、また、獣医療自体に関してはコントロールできない。となれば、非常にストレスフルで無力感に苛まれそうだが……。これについては、また別の検討が必要であろう。

以上で見てきたように、VSWはもちろん、それをおこなうVSWerも、日本において必要とされている。だが、ほとんど普及していない。今後、広く普及するためには、まずはVSWやVSWerに関する知見が広く知られることが必要だろう。この文章も、そのための一助となれば嬉しい。

ただ、その先を考えれば、VSWが普及するためには、それをすることでVSWerに収入がもたらされることが絶対的な条件となるだろう 。考えられる方法として、アメリカのように大型の動物病院での直接雇用か、あるいは独立型ソーシャルワーカーとして個人開業の小さな動物病院と複数提携するか、という2つの方法が考えられる。日本ではどちらが、どのように可能だろうか。これについて考えるためには、日本の動物病院事情を調べる必要があるのはもちろんだが、同時に、アメリカの動物病院ではVSWerの給料がどこから出ているのか、動物病院に配置基準などあるのか、どういった歴史的経緯でVSWerが動物病院に配置されることになったのか、などについて調べることが役立つだろう。これらについては、今後の課題としたい。

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