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サイバーエージェントを全力で推したい(退職エントリ)

この文章は但し書きの通り退職エントリです。辞めた人間の戯言です。好きな人を自分で振っておきながらその人がどれだけ好きだったかを語る、矛盾だらけの最後の恋文です。また2023/04/21に投稿されたものであり、その時点におけるお話です。

2023/04/12を最終出社日として、株式会社サイバーエージェントを退職しました。2016/09/01が入社日でしたので、足掛け6年半弱勤めたことになります。

ちなみにわたしはエンジニアで、最初の2年半をABEMAで、間の2年はDeveloper Productivity室という横断組織で、最後の2年弱を出戻ったABEMAで過ごしました。いろいろなことがあったけれど、本当に幸せな会社生活だったと思います。

現在エンジニアを目指している方。現在エンジニアで転職を考えている方。サイバーエージェントは素晴らしい会社です。もちろん、万人がそう思う会社であるとまでは言いません。ただ、少なくとも6年半前のわたしのようなキャリアプランを思い描く方にとっては理想の職場だと思います。この文章がそういう方々へ届いたら、幸いです。
ちなみにキャリアの半分以上をABEMAで過ごしましたので、タイトル詐欺のようになりますが8割以上はABEMAの話です。とはいえサイバーエージェントは会社としていろいろな制度を運用していますので、ABEMAで言えることは他でも言える、と個人的には思っています。

スタートアップからサイバーエージェントへ

サイバーエージェントへ入社する前、わたしは数十名の社員がいる会社でWebフロントエンドエンジニアとして働いていました。そこはBtoBサービスを展開しており、開発チームはだいたい10人ほど。その中でフロントエンド担当は2-3人ほどでした。
5年半在席し、後半はリードエンジニアとしてフロントエンドの大半をまかせてもらえるようになる中、フロントエンドが強い環境でさらなる成長を遂げてみたいという欲求や、他の技術領域にチャレンジしてみたいという欲求が日に日に増していったのを覚えています。

ところで、わたしは仕事に対して少々特殊な価値観を持っていました。わたしはプログラミングが好きです。なにかを創っている実感がわたしを成り立たせていると感じます。しかし、その「なにか」は極論なんでもかまいませんでした。もちろん関わっているうちに好きになりますし、それをより良くしたいという熱意もあります。ただ、この価値観に再現性があかどうかについては自信がありませんでした。なぜなら、ここまでの人生で開発にかかわってきたサービスが2-3個しかなかったからです。
また、今では当たり前かもしれませんが、当時から将来的には実家へ帰り、リモートで勤務したく思っていました。これについては多分に家庭の事情が絡む事柄なので深くは言及しません。
こんなわたしが転職の際に重要視した項目が以下となります。

  • Webフロントエンドに強い人が多数在籍しており、互いに研鑽し、互いに高めあえる環境である

  • ネイティブへの職種転換ができる環境である

  • 社内にいろいろなサービスを抱えており、異動が容易である

  • (将来的に遠隔地勤務できる余地がある)

ある程度具象化するならば、2016年当時においてエンジニアの人数が多くアプリも含めたサービスを多種多様に展開しており遠隔地勤務の実績がある会社です。採用において特定サービスやそのサービスで成し遂げられることへの並々ならぬ情熱が必要なく、所属後は社内転職であらたなチャレンジができる会社です。

つまりサイバーエージェントです。

遠隔地勤務については、高望みであり無理でもかまわないと思っていました。ところが、一次面接担当者がそのものずばり遠隔地勤務をしており、これは運命かと気持ちが高ぶったのを記憶しています。
余談ですがこの一次面接担当者は現在overflow inc.という会社でVPoEをやっています。現在も(わたしの記憶違いでなければ)名古屋でリモートワークを行っており、それでもVPoEとして組織運営ができるということは素晴らしいことだと思っています。

閑話休題。

このようにしてほぼほぼサイバーエージェントしか選択肢がない状態で転職活動をし、機会もいただけて晴れてサイバーエージェントへ入社しました。
あまりいないとは思いますが、このような嗜好を持っておられる方。2023年時点においてもサイバーエージェントはこのすべてに全力で答えてくれる会社です。すくなくとも内部にいた人間として、マインドさえ合っていれば本当に楽しいエンジニア生活が送れると自負できます。新卒もかなりの人数を採用しておりますし、現時点では中途の採用も多いです。添い遂げろとまでは言いませんが、5-10年をサイバーエージェントで過ごすだけでもエンジニアとしては本当に成長できると思います。

6年半でのわたしのキャリア

初めにお伝えした通り、わたしのサイバーエージェントでのキャリアは大きく3つに分かれます。ここではわたしのキャリアに沿いながらサイバーエージェントの良さを語ります。

ABEMAのWebチームを率いた2年半

さて、サイバーエージェントは大きく3領域に分かれた会社です。広告事業/メディア事業/ゲーム事業で、2016年当時ではこのうちメディア事業が多くのBtoCサービスを展開しており、転職時にもメディア事業内での配属でお願いしていました。そして最初の配属となったのが、当時リリースから半年が経過していたABEMAのWebチームでした。
所属時は5人ほどのチームでしたが半年経った頃には10人弱となり、記憶が微妙ですが入社から半年以上1年未満くらいの間でリーダーをまかせてもらいました。

サイバーエージェントの技術職はドメイン・職種・ロールの掛け合わせでキャリアを構築していきます。わたしはメディア領域でWebフロントエンドのテックリード兼エンジニアリングマネージャーをしていたことになります。
チームを育てること・組織の課題を解決するすることに邁進した2年半でした。一個人では成しえないことでもチームならできるし、それが組織となればなおのこと。組織単位での変革が目まぐるしく行えるフットワークの軽さもサイバーエージェントの魅力なんだなと実感させられる日々でしたし、それに主体的に関われることはドキドキとワクワクの連続でした。

ところで、サイバーエージェントにおいてサービスを運営するにあたり何を創るのかの部分はほぼトップダウンで決まります。これは事業成長や事業が抱えるコンテンツ事情など多様な項目をボード陣が経営状況に応じて判断していくからであり、至極真っ当なことに思います。もちろん、ボトムアップでの提案機会もあります。こちらも最終的にはボード陣が取り入れるかどうかを決めます。そうして決まった項目をプラットフォーム毎の縦割りチームで揉みながら機能として実装していくことになります。この部分はディレクター・デザイナー・エンジニアが主体的に意見を出し合い、最終的な決定を事業責任者にしてもらいながら行っていきます。
つまり、主体的に自走しながら課題を解決することが好きならば、スタートアップ並みに自分事としてサービスを捉えながら開発できる組織であるといえます。
ちなみに上記の組織構造・開発フローは2016-2019年あたりのものです。今はさらに洗練されています(ディレクターがPMに名称変更していたり、縦割りから体験ベースのチーム構成への変革を遂げようとしていたり)。良かったら以下の記事も参照ください。

事業を牽引する開発組織をつくりたい。「ABEMA」開発組織5年の軌跡

W杯生中継プロジェクトを乗り越えた『ABEMA』CTO西尾亮太が語る、10年先も成長を続けられるエンジニアの条件

DevOpsに魅了された2年

Webチームのリーダーとしてほぼほぼ手を動かさず、チームとしての生産性と組織としての開発パフォーマンスアップにささげたABEMAの最初の2年半の後半、当時ABEMAの開発に取り入れられようとしていたDevOpsとい概念のうち、継続的デリバリーをつかさどる内製サービスとしてフィーチャーフラグ・A/Bテストシステム「Bucketeer」が生まれました。そのWebSDK開発を行い、Bucketeerチームのエンジニアとかかわる中で、ABEMAを飛び越しサイバーエージェントという会社自体の開発生産性をあげたいなというちょっとした野心が生まれました。と同時に「いろいろなことがあったけれど、本当に幸せな会社生活だったと思います。」のいろいろなの部分の半分くらいの出来事が起こりました。が、これはここでは語りません。とにもかくにも、間の2年で横断組織に関わることとなりました。Developer Productivity室への異動です。このチームでは、基本的には一人のプレイヤーとしてWebフロントエンドの開発に従事しました。

DevOpsについて語ろうとすると本当に大変だし、この2年でわたしがやれたことはフロントエンドのUI刷新くらいですが、少なくともこのチームがやっている(そしてやろうとしている)ミッションの難度は語彙力皆無ですが一言にすごいです。なんといっても多種多様な(広告・メディア・ゲーム)サービスの開発生産性をあげることを主題としているのですから。
ちなみにわたしが所属していた時はメディア内の横断組織でしたがちょうどこの2023年4月から全社横断組織になりました。
DevOpsについて気になる方は以下の記事が(周知の事実だとは思いますが)参考になります。

DevOpsの能力

わたしがこの組織で貢献できたことは正直あまりなく、開発生産性の向上という命題を組織を横断した上で広め、根付かせていくことの難しさ、周りを巻き込むことの難しさを痛感させられた2年だったと思います。とはいえこの2年はひたすらにDevOpsのことを考え、組織パフォーマンスの向上のためにBucketeerというプロダクトとしてできることについては最大限考えわたしのできる範囲において実践してきましたし、この視野拡大によって得られたことも多かったです。
そんなDeveloper Productivity室は新卒も募集していますし、中途の方も募集しています。中途募集のリンクを貼っておきますが、募集要項の歓迎する経験・スキルがヤバイです。また、BucketeerはOSSとしても公開されています。

【メディア事業部】Developer Productivity Engineer (DPE)

ちなみに「歓迎」なのでその経験は必須ではないと思います。逆にいうとこういうことをやっているチームです。燃えますよね。

Web以外に触れた2年

これはあくまで個人の意見ですが、Developer Productivity室が相手をするのは会社の組織とその内側にいる開発者であり、感覚値としてはBtoBサービスに近しく、その先にはサービスとそれを使用するユーザーがいるのでBtoBtoCと言えなくもないとはいえ、その実感はあまりありませんでした。どうやらわたしはつくる「なにか」が直接的に不特定多数のユーザーへ届いていることにやりがいを感じる人間だったようです。DevOpsはとても大事だし、組織パフォーマンスの向上という部分への貢献にも焦がれるものの、それをBtoCサービス内で実践することにより燃える体質だったと言い換えることもできます。
そんなわけで出戻りしました。ABEMAへ(なぜ出戻ったのか、他でもよかったのではないかなどはサイバーエージェント愛を語る上では不必要なので端折ります)。

ただしWebチームではなく、テレビデバイスなどを開発しているNew Deviceチーム(のちにCross Deviceチームへと名称変更し、今はデバイス毎のチームへと発展的解消をしている)です。ここではNintendo Swtich版のABEMAをUnityで新規開発したり、AndroidTV版のABEMAをリアーキテクチャしたりしました。もともと希望していた、Web以外の領域へのチャレンジがここで叶ったわけです。こういうドラスティックな職種変更も許容される大企業はあまりないのではないかと思います。何と言っても、異動時点でわたしはUnityやAndroidを触ったこともなく、よってC#やKotlinの知識など皆無だったのですから。

ところで、Developer Productivity室での後半1年とABEMAでWeb以外に触れた2年はコロナ禍で、なし崩し的に当初希望していたリモート勤務という希望を叶えることになりました。ただ、コロナ禍がなければずっと通勤していたかというとそうではなく、その半年ほど前から実家周辺で家を建てる計画が動いており、2022年7月から実家周辺(岐阜県です)へ引っ越しました。

上記の通り、この異動でもわたしはプレイヤーとしてひたすらにコードを書き、アーキテクチャへ思いを馳せ、培ったDevOpsをチームへ展開していたわけですが、他方フルリモートでもしっかりとしたコミュニケーションを取りながら開発できるチーム体制づくりにも力を入れました。
とても素晴らしい2年だったと思います。チームメンバーにも恵まれ、最初から最後までみんなフルリモートだったのにとても仲の良いチームになりました。この思い出は一生の宝物です。

また、最後にWカップの放送に関わることができたのも、良い経験となりました。やはりスケーラビリティへ挑戦していくことは何物にも代えがたいスリリングな体験をわたしに与えてくれます。

そんなWカップの裏側を赤裸々に教えれくれるカンファレンスがつい先日開催されました。よかったらこちらも御覧ください。すべて必見の内容ですが、わたしが尊敬してやまないABEMAのCTOである西尾さんのセッションだけは絶対に見ていただきたいです。

キャリア総括

やりたいことはほぼ全て叶えたサイバーエージェント生活でした。主体的に動いてしっかりと会社へ貢献し、会社の課題や組織の課題、そしてチームの課題を自分事として捉え、その解決に楽しみを感じられる人間にとって、最高の環境であったと思います。そういうことが好きな人間はどこにいても楽しめるよと言われればその通りなのかもしれませんし、こういう動きができる会社が他にないとは言いません。ただ、このようなキャリア形成を狙っているエンジニアにとって最適な「場」であることは何度も言っていますが胸を張って言えます。
どうしても、ABEMAがキャリアの主体だったためにABEMAの話に終始することになりましたが、最近では広告事業側のAI事業本部もとても面白そうですし、ゲーム事業についても叶うのなら挑戦したいと思ったほど、内部にいてもその面白さが垣間見えていました。ちなみに、メディア事業からゲーム事業へ異動した人も多いですよ。逆もまた然り。

サイバーエージェントについて

ここからは一人のエンジニアとしてサイバーエージェントの制度や待遇などについてご紹介します。
ただ、あらかじめお伝えしておきますが、パブリックになっていない事柄は記しません。

評価制度

JBキャリアプログラム

基本的なことは上記リンクを読めばわかります。
抽象的な言い方になってしまいますが、職種毎の職務・職能がきれいに定義されており、どういう再現性があればどのグレードなのかがとても分かりやすいと思っています。世に出回っている以上のことは言えませんが、評価時におけるキャリブレーションも機能しているし、今は評価の不一致も起こりにくい体制になっていると思います。定義も社内では全員に公開されているので目指したいポイントがかなり明確に把握できます。
もし評価の不一致を感じることがあったとしたら、それはマネージャーとのコミュニケーション不足であり、そしてその責任はマネージャーにあると思います。面と向かってこれをマネージャーに言いにくければ、そういう意見をエスカレーションする機構がいたるところにあるので活用すると幸せになれると思います。
最後に一点だけ。自身の視野を広げ続けることがJBキャリアプログラムの本質です。機能開発からチーム貢献、組織貢献、果ては会社への貢献まで、自分が一番戦える領域(つまるところの職種)での視野をどんどん広げていくことが秘訣だと思います。逆にいうと一人のプレイヤーとして、スペシャリストとして貢献していくのはそういう道は容易されてているものの挑戦的なキャリアになっていると思います。事業会社である以上これはしょうがないことかもしれません。

待遇

聞きたい人が多く、そして、語りにくい部分だと思います。
あくまで個人の意見ですが、職種毎に国内の市場価値を見て適切に運用されていると思います。言い換えると、ググればわかる通りなのですがGoogleさんやメルカリさんのような待遇は難しいです。また、昨今のイケてるスタートアップさんと比べてもどうしても見劣りすると思います。
とはいえですが、JBキャリアプログラムに沿って成果を創出していけば昇給を重ねていけます。そして感覚がマヒしがちですが日本国内の同業と比べても高い額をいただけるほうだと思います。
ちなみにわたしは待遇には何の不満もありませんでした。

組織

評価制度やサポート体制は全社共通です。個人的に一番好きでサイバーエージェントらしいワークしているなと思う制度はキャリチャレで、つまるところ社内転職制度なのですが、これは希望先と希望者がWin-Winならばわりとなんの問題もなく異動できます。同一組織で1年働けばキャリチャレで異動希望を出せます。

また、新しい領域にはとりあえずチャレンジしてみようという風土が間違いなくあります。日ごとに大きくなっている会社なのでそれなりの縛りはありますが、それでもフットワークの軽さは随一だと思います。
おもしろい点として、どんどん新しい組織ができ、そしていつの間にかいろんな組織がなくなっていきます。結果的にワークしたものが発展して生き残っていく、そんな会社だと思います。子会社も多いですしね。
もちろん、このほかにもいろいろな制度があります。多分全てパブリックになっているので気になる方は調べてもらえると助かります。

余談に近しいですが、社長である藤田さんのことをみんな尊敬しています(崇拝とかそういう宗教的な意味合いではないです)。わたしも多分に漏れずその一人で、この人のもとなら絶対に会社は成長していくと、そう確信させてくれるような人です。半期ごとの全社表彰で簡単に現況などをシェアしてくれるのですが、その時のパワポの音が好きで、これが聞けなくなるのは心残りです。

あとがき

お前これだけ愛を語っておきながら振った(辞めた)んでしょ?

こう言われたらぐうの音も出ません。が、これは大好きなのにそれを振った人物の最後の恋文なので未練たらたらで最低なあとがきも添えておきます。
振った理由は大きく3点あります。ちなみに最初の1つ目が一番の理由です。それがなければ障害を打ち破ることに燃えていたかもしれません。

  1. 他に好きな人ができた

  2. 価値観の違い

  3. 今のままの遠距離恋愛を続けられなくなった

1についてはもうしょうがないと思っています。だって好きな人ができてしまったんだもの。

2は埋めようとすれば埋めれたと思います。ただその手段はわたしの価値観で相手を染め上げることくらいしか思いつかなかったし、その労力のことを考えるとこれ以上恋愛しない方が互いに幸せなのでは? と思ってしまいました。

3については申し訳なさでいっぱいです。もともと厳しいことはわかっていました。ある程度の制限があることは事前に予想できていたし、実際そのとおりでした。ただ、思ったより世の中は進んでいくものでその制限を乗り越えつつあるカップルも目に付くようになって、いいなあ、うらやましいなあという気持ちでいっぱいになってしまいました。

何はなくとも、1がすべてです。まさかわたしに「ほかに好きな人」ができるなんて思いもしませんでした。お見合い結婚のように互いの打算からはじまって、それでもあとから好きになれるんだよっていうのがわたしだと思っていたのに。

わたしはあなたから離れる決断をしましたが、それでもあなたが好きなことに変わりはないし、あなたの幸いを願っています。

結び

あれですね。わたしへ求められていることにわたしが答えられなくなってしまいました。どうしようもないです。

わたしから言えることはこのあとがき通りで自己都合であり、サイバーエージェントはこれからも推していきますし、この文章で浮かび上がるサイバーエージェントという会社像に魅力を感じる方には本当の本当にオススメできる会社です。

添い遂げたいと思った他の好きな人が誰なのか。それはまた、別の、お話。

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