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「訪問歯科」で世界を変えたい!!

あすか歯科・理事長:濵口と訪問歯科の出会い

今から11年前。私は研修医上がりの年。ある歯科医院に就職した。
そこは、訪問歯科を専門にしている医院であった。

卒後2年目という時期。当然私は未熟で手が動かないばかりか、歯科の知識も十分でない。
大学で学んできたことは何一つ使えず、毎日新しいことの連続であった。
そんなある日、あるお年寄りの方を担当することになった。
とても暑い夏の日。
おそろしく鳴くセミの数。初めて行く居宅。

その方は山田さん(仮名)といった。
最初に担当した先輩が手を焼いていたところ、私に丸投げしたといった感じであった。

依頼内容は、「入れ歯を作ってほしい。」
ただし、これは本人の依頼ではなく、遠方に住むご家族(娘さん)の依頼であった。
訪問歯科をしたことのある先生や衛生士は一度は経験があるであろう。

「入れ歯作ったら、またおいしいもの食べれますよ。」

これがまずかった。
「おれは歯医者が一番好かん!!しかもお前みたいな新人、入れ歯作った事あるんか?実験台じゃないぞ!」

もうこちらはパニックである。
あまり片付いているとはいえないテーブルに新聞の折り込みチラシがおいてあった。
ある商品に赤ペンで大きく〇を書いてある。

私は聞いた
「もしかして、漬物好きなんですか?」
「?なんでや?」
「だってここに、大きくまる買いてあるから、もしかしたらお好きなものかと思って。」

すこし山田さんの表情が和らいだ。
「そうや、昔よく買って食べてたんやけど、歯がないから食べれんのや」

これはチャンスと思った。
上下入れ歯を作って、漬物を食べてもらおう。

私は提案した。
「じゃあ、僕が入れ歯作ります。そしたらこれ食べてみて下さい。」
私の訪問歯科での入れ歯作りの挑戦が始まった

簡単にはいかない入れ歯作り

入れ歯は作るのも時間かかる。ましてや、歯ぐきが痩せて、ペラペラになっってしまった状態では難易度は数倍に膨れ上がる。
山田さんも上下総入れ歯の適応症例であった。

相変わらず、いやみは言われる。
それでも、話せば話すほど色んな話をしてくれた。

・昔漁師をしていたこと。
・一旦、船に乗れば何か月も港に帰らないから、歯が痛くてもそのままだったこと。
・たまたま、とまった港で歯科にかかった時、痛くてイライラするから、全部歯を抜いてもらったこと。

かなり豪快な方だった。
しかし、山田さんは口に入れ歯の材料を入れることも嫌がった。
下手くそ!ちゃんとやれ!いたいいたい!

通常完成までには最短で1ケ月~1ケ月半くらいかかる。
気が付くとコートが欲しくなる季節になっていた。
私が未熟であったこともあり、完成まで3ケ月半かかった。

ついに入れ歯が完成!

私は歯科医師人生での初めての入れ歯。
しかも難易度がMAXに近いかつ、癖の強い山田さん。
何よりも、通常よりも倍近い日数もかかってしまったこと。

技工所から出来上がってきた上下総入れ歯を見たとき、よく出来上がったという想いよりも、本当に食べられるだろうかという不安の方が大きかった。
山田さんの家に向かう途中、私は運転してくれている衛生士さんに近くのコンビニによってもらった。
いつか〇をしていた漬物ではないが、ちょうどいい量の漬物セットを買った。

入れ歯セットの時。
すっかり山田さんのテンションには慣れていた。
相変わらず文句は言っていた。
「よーやくできたか。半人前の歯医者やから時間かかったな。」
「まあまあ、できたからいいじゃないですか」

こたつに入りながら入れ歯を口に入れる山田さん。
仮合わせの時にも相当時間をかけただけのことはあって、意外とまんざらでもない様子。
「痛いとこないですか」
「痛くはないけど、やっぱ気持ち悪いもんやな、入れ歯は。」
とりあえず痛みなく口に入れてくれた。

先ほど買った漬物セットを取り出した。

「山田さん、これね。もうだいぶ時間たったけど漬物食べたいって言ってたの覚えてます?コンビニのやつだから、もしかしたら思ってる味と違うかもですが、今日は実際に入れ歯で食べてみませんか?」

山田さんが急に黙る。
やばい!!〇をつけてた漬物じゃないから怒っているのか?

「あ、これじゃなかったですね。えーとどのやつでしたっけ?」
約束を守るつもりが、逆にへんな空気になってしまった。

山田さんがつぶやく
「先生…ありがと…」

言葉を言葉のまま捉えないことを知った

話を聞くと、本人の性格からお医者さんも、看護師さんも煙たがって話を聞いてくれなかったこと。こうしたいといっても、「無理です」といわれ続けていたこと。奥さんにも先立たれ、ますます頑固になってしまっていたこと。
それが、数か月前、奥さんがよく買ってきてくれた「漬物」が懐かしく、ペンで〇をしたという。それを、まだ歯医者になったばかりの先生が見つけてくれて、「また食べれるようになりましょう」って言ってくれたことが本当にうれしかったこと。

山田さんは続けた。
「正直にいうわ。先生だけや。先生だけが俺のしたいことちゃんと聞いてくれた。それをするために頑張って入れ歯を作ってくれた。漬物まで買ってきてくれた。ありがと…」

私は逆に自分の入れ歯の技術のなさ、訪問歯科での知識のなさを恨んだ。
今思えば完璧な入れ歯なはずがない。
満足にすぐに食べれるはずがない。
なのに、買ってきてくれた漬物がおいしいと食べてくれた。

『入れ歯を作ってほしいなんて言ってない!』
と叫んでいた山田さん。

『俺の話を聞いてほしい』と言っていたのだと、この時初めて分かった。

世の中の「歯科」のイメージから変えたい

歯科のイメージは人さまざまであると思う。
・高い
・時間がかかる
・自費を勧めてくる
・痛い、怖い

訪問歯科をすると不思議と上記のことは言われない。

・自宅でもレントゲン撮れるんですか?
・入れ歯って家で作れるんですか?
・歯の治療って家でもできるんですか?
・飲み込みの訓練って、言語聴覚士さんじゃなくてもできるんですか?
・肺炎にならない予防法って歯科でできるんですか?
・内視鏡の飲み込み検査って施設でもできるんですか?

これから歯科を目指す人も、訪問歯科をしようと考えてる先生も知ってほしいことがある。

『お口の中を診るよりも、まずはその患者さんを見てほしい。』

キレイに削って、キレイに被せる治療も大事。
歯がないところにインプラントを入れることも大事。
それと同じくらい、患者さん本人に興味をもって接してほしい。


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