見出し画像

チーズ工房、建設の話

地目変更

今から10年以上前、牧場の敷地内に

チーズ工房を建設することになった。

敷地は沢山あった。

牧場だから。

じゃあ、気に入った場所、どこでも

建てられるかというと、そうはいかない。

農地法という法律がある。

牧場の敷地内は「農地」という地目に

なっていることが多い。

実は「農地」に商業用の施設を建てる

のはとても難しい。

農家は儲からないけど、カフェや工場

を建てたら、儲かるよね。

そう考える人が多くなると、

畑や田んぼが無くなる。

そしたら、日本の自給率が下がって大変

じゃないか!

そういう考えがあるから、農地に工房を

建てる時はなかなかスムーズにいかない。

地目を変更するために、沢山書類を書いて、

偉い人を一生懸命説得して、それでも

ダメだって言われることがあるらしい。

そこで、農協の人がアドバイスをくれた。

「実はね。リフォームだったら、地目変更

はしなくても、いいんだよ。」

「そうなの!?」

という訳で、チーズ工房建設予定地に選ばれた

のが、昔使っていた古い牛舎。

もう牛が居なくなって、物置として使って

いた。

農家の人がD型ハウスと呼ぶ、Dの文字を

90度ひっくり返したような形の小屋が

あった。

これをリフォームして、チーズ工房に

しよう!

リフォーム開始

まずは小屋の中にあった荷物を片付ける

ことにした。

お父さんは昔の人で、

「いつか使うかもしれないから。」

とガラクタのような物を沢山、取っておく。

だから、小屋にあったのも、ほとんどが

ガラクタ。

でもお父さんにとっては宝物という代物

だった。

「これを機に捨てればいいのに。」

そう思ったが、いちいちお父さんを説得

していては、いつまで経っても工房は

建てれない。

だから、ひたすら他の場所に移して

スペースを空けた。

工房の建設は近所の工務店さんに相談した。

親子でやっている工務店さんだ。

「今はただの小屋だけど、チーズがつくれる

くらい衛生的な小屋にしたい。」

そんな無理難題を聞いてくれた。

さらに「熟成庫も欲しい。」

そういうと、設計図が必要との事で、設計士

さんを連れて来てくれた。

私がイメージしていたのは、コンテナハウス

くらいのこじんまりした工房だった。

お金があんまり無かったから、安くできるに

こしたことはなかった。

「この辺が玄関で、このくらいのスペースで

・・・。」

小屋を見せながら、そう設計士さんに説明した。

話を聞いた設計士さん。

スタスタと小屋の奥まで歩き出し、クルリと

振り返った。

そして両手をバッと広げて、

「ここまでにしましょう。」

そう言った。

「えっ!?」

それは当初イメージしていたよりも倍くらい

の広さだった。

工房設計図

チーズ工房を作るにあたっては、保健所への

相談が欠かせない。

作ってしまってから、

「この設計では製造許可を出せません。」

と言われては困るから。

さらに上下水道の問題もある。

もともとここの地域は上水道が通っていない。

田舎にはよくあることで、ポンプで地下水を

汲み上げる。

牛達は牛舎のすぐ横を流れる川に放し、

川から直接、水を飲んでいた。

水に関しては、水道水と同じ衛生基準が

必要なので、塩素を注入する機械が必要

で、下水に関しては、浄化槽が必要。

工房内にはトイレも作らなくてはいけない。

自宅と兼用ではダメらしい。

作業スペース以外にも、虫の侵入を防ぐ

為、玄関や牛乳の搬入口など、部屋の数

はどんどん増えていった。

私が伝えたイメージが分かりづらい時は

設計士さんは一緒に車で片道4時間かけて、

私がチーズの修行をした大樹町まで行って

くれた。

チーズの師匠、半田さんの話を聞き、半田

さんの工房を見て、私が言葉で伝えきれな

かったイメージを確認してくれた。

そして設計図が出来上がった。

工房建設

D型ハウスは壁と屋根という作りにはなって

いない。

トンネルのように丸い作りになっている。

リフォームして工房にするには、丸い小屋

の中に四角い部屋をつくらなくてはいけな

かった。

ここからは工務店さんの出番だ。

床には新しいコンクリートを流し、排水溝

を浄化槽につなげる。

そこに壁を作っていくのだけど、北海道の

建物には断熱材が必要。

特にチーズ工房は部屋の中が寒いと乳酸菌

の発酵が上手くいかない。

分厚い布団みたいな断熱材を入れてくれた。

壁と屋根は特に工務店さんを悩ませた。

丸いD型ハウスの中になるべく広い、四角い

部屋を作るのが難しいようで、

「ここの位置にドア作ったら、上がぶつかって

開かないじゃないか!」

「この鉄パイプがジャマで窓、ここに作れない

じゃないか!」

などと言いながら、

設計図を時にアレンジしながら、工房の建設を

進めてくれた。

普段、父と息子の2人で作業する工務店が

奥さんまで手伝いに来て、リフォームを進めて

くれた。

熟成庫

チーズ工房に欠かせない設備として、熟成庫が

ある。

これがまた問題だった。

熟成庫は温度と湿度を一定に保つ必要がある。

温度は8℃前後にしたい。

チーズの種類によって、部屋が分かれている

のがベスト。

ただ単に低い温度の部屋を作るというのなら、

要冷庫のようなモノで良い。

農家にはお米の保管用などで、10℃前後

の要冷庫がある場合が多い。

でもそういった要冷庫は熟成庫には不向きだ。

チーズを熟成させるには、湿度が必要だ。

冷蔵庫のように冷風を送る設備では、チーズ

が干からびてしまう。

なので、冷風が直接チーズに当たらないよう

にする必要がある。

さらに庫内は完全に密閉されてはいけない。

表面をカビで覆うチーズは熟成中にガスを

出す。

チーズ表面のカビは呼吸するので、空気穴

が無いと窒息してしまう。

この点で冷蔵庫は保冷の為に密閉する事が

重要なので、冷蔵庫として作られたものは

熟成庫には使えない。

そこでベストな熟成庫を作るべく、工務店

さんが考えたのは、海上輸送用冷凍コンテナ

だった。

工務店さんいわく、

「これだけの断熱材が入ったものは建物を

建てるより、中古のコンテナを買ってきた

方が安い。」

との事。

冷房設備は熟成庫用に新たなものを取り

付けた。

工房の横にコンテナを置くと、コンテナ

の入り口に四角く穴を開け、ドアを取り

付けてくれた。

さらに通気口を開けて、工房と通路で

つなぐ。

コンテナの中を仕切って、ガランとした

一つの部屋を二つの部屋にしてくれた。

こうして工房の横に熟成庫ができた。

チーズ工房完成!

こうして、牧場内に夢のチーズ工房が

できた。

正直、工房ができたばかりの頃は

建物にお金をかけてしまったので、

中の設備は最低限のものしかなかった。

それでも、保健所の許可は取れた。

乳製品の製造施設は北海道の許可も必要

なので、道の許可も取り、ようやく開業。

でもここはまだ、スタート時点。

これからが物語の始まりだった。












この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?