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ドルチェアンドガッバーナの思い出

 浪人生とはとかく視野が狭くなりがちである。偏差値=己の存在価値だし、国立>私立だし、なんなら旧帝大とその他のくくりで物事を判断していたし、医学部は何度多浪してもよいし、目の前の講師たちを天才だと思い込む、そういう今思えば世間知らずな考えを1年間かけて培ったりした。だから、何のために勉強しているのか忘れて抑圧された解放感から深夜に踊り狂う人間になってしまったのはまた別の話である。

 今、ドルチェアンドガッバーナというフレーズが特徴的な歌が流行っているらしい。友達と風月にお好み焼きを食べに行ったら流れていて、「これ今はやりのドルチェアンドガッバーナじゃん!」と教えてもらった。ドルチェアンドガッバーナといえば、あの名講師K先生のことしか思い浮かばないのである。

 K先生はわたしが予備校の頃、東京から毎週飛行機?新幹線?でわざわざ小倉にやってきて授業をしていた英語の講師である。今もその生活をされているとしたらすごくタフだと思うけど、どうなんだろう?予備校の入学式とやらを終え、早速授業が始まった。1コマ目が終わり、「あ~。深く考えずに浪人しよ~と思ったけど、これが1年続くのか~。だるいな~」と2コマ目を迎えた。休憩時間を終えると、金髪のサテンシャツにベストを着た小太りの男が入ってきた。そして、口悪く、「残念な浪人生諸君!」と、たかだかに演説を始めた。
「どうせ君たち、九州アイランドの住民は九大に入学して大喜びしてるんでしょ!」どうやら英語の講師らしいけど、英語の話はしない。どことなく口が悪い。けれど、語り口調はテンポが良く、とても引き込まれた。
わたしは、数年後、YouTubeのチャンネル登録をすることになる里崎を思い浮かべた。当時は容姿だけ思い浮かべたけど、歯に衣着せぬ物言いは里崎智也のそれとよく似ていた。

 K先生は都内のおぼっちゃま育ちで、お父さんは何か要職に就かれているらしい。東京大学現役合格中退→早稲田大学中退→慶応義塾大学卒業。年下の奥様から逆プロポーズされ、「あなたのお金を私がたくさん使ってあげる」と言われ、カードを渡すと際限なくブランド物を買うらしい。英語の起源はラテン語だから、知らない単語でも語源を推理すると意味が分かるらしい。やり方を教えてもらったが、とても大学受験に役立つものではなかった。仮面ライダーが好きで、こっそり変身ベルトを集めている。英語は左から右に読み流せない。その辺でウソを教える英語講師が許せない。過去問題に出てくる大学をFランなんて簡単に発言したり、旧帝大以下を馬鹿にする発言も偏差値至上主義の浪人生にとっては気持ちよかった。

 曰く、英語講師は金のためにやっている、道を踏み外したそうだ。出稼ぎしないとやっていけない。時々うさん臭さはあるものの、視野の狭い浪人生の中には彼の信者が多数存在していた。わたしは信者とまではいかなかったものの、先生の授業は好きだったし、テキストもいまだに捨てていない。都内に住んでいて、こんなに高学歴?で、いろんなことを知っていて、すごい先生に習っているんだな~と感じていた。

 大人になってみて、やっと少し先生の言っていた意味が分かり始めた。出稼ぎは出稼ぎでしかないのだ。盲目な浪人生は世界を知るべきであったが、志望校合格以上のことに目を向けるにはあまりに時間がなさ過ぎた。

 そんな先生のことを忘れられないのは、本当に予備校の1年で叩き込まれた価値観がなかなか変わらなかったことと、タイトすぎるのサテンシャツに、D&Gのでかいバックル付きベルトは、あまりにインパクトがありすぎたからだ。


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