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こちら月光生命セックス保険コールセンターです。最終話

最終話 人のセックスを嗤うなⅥ

「大変だったわね。ニュースでも大々的に流れてたわよ」

 カツミママが三人を労うように笑顔を向ける。

 場所はママの店【sireneシレーヌ】、落合が逮捕されてから数日が経っていた。

「大変でしたよ。会社も大慌てで過去の案件をすべて確認しろ! なんて指示が回ってきて、連日残業です」

 美智子ががっくりと肩を落とす。

「しかし、そのおかげで今までなあなあになってた部分が改善されていくのは良いことですよね」
 隣の三上が美智子に優しく微笑む。

「全然良くないですよ。不正が無いように余計に事務作業と承認作業が増えたんですから。ああー、嫌だぁ」

 カウンターに突っ伏しながら、美智子が駄々っ子のように頭を振る。

「でもよ、みっちゃんが見つけてくれなきゃずっとこの悪事は野放しにされてたわけだ。お手柄だぜ。ご褒美に気持ちいいコトしてやろうか?」

 指を意味深に動かし、下品に笑いかける源に対して美智子は思いっきり舌を出してそれを拒否する。

「源さん、松島さんが嫌がってるじゃないですか」
 見かねた三上が助け舟を出す。

「おお? 三上ちゃん、もしかして?」
 源がからかうように三上と美智子を交互に指さす。

「や、やめて下さいよ! そんなこと……」
 美智子が慌てて否定するが、その語尾はどんどん小さくなっていく。

「そ、そうですよ。松島さんのような綺麗な女性が、僕なんか――」

「……え?」
「……え?」

 思わず顔を見合わせた美智子と三上は、茹ダコのように徐々に顔が赤く染まっていく。

「はぁーあ。おじさん振られちゃったかなぁ」
 そんな二人を見て源がわざとらしくため息を吐く。

「ママ、今日はもう上がりだ。んで、お二人さんにはこれ」

 立ち上がり、帰り支度を始めた源が胸元から一枚の紙を取り出す。

「ちゃんと書いてからやるんだぞ」

 二人の前に置かれたのは白紙のセックス同意書だった。

「ちょ、ちょっと! 源さん!」

 二人の慌てる声を背中で受けた源は、振り返ることなく手を振り店を後にした。
 残された二人は同意書を目の前に固まっている。

「……とりあえず、もう一杯飲む?」

 カツミママの言葉に、二人は声を出さずに頷いた。

 ******

 ――その後、源から聞かされた詳細は以下の通りだ。

 犯愚裏威はぼったくりバーで金を払えない客を脅し、セックス保険の悪用を唆す。そしてお抱えの女たちに訴えを起こさせ、客は言われるがままに手続きを進めるといったものだ。

 当然、この保険金の悪用には保険会社に協力者が必要だ。落合は運悪く犯愚裏威系列のお店で酒を飲み、恫喝された際に自らこのプランを提案したとのことだった。そして落合は話に乗ってきそうな職員に目星をつけ、白羽の矢が立ったのがブランド物好きの浪費家――早苗だったということらしい。
 警察は今回の事件を皮切りに、犯愚裏威のその他の悪事もまとめて捜査していくつもりらしく、そのきっかけとなる本件の情報に対して非常に感謝されたと源は言っていた。

 そして、悪事に手を染めた早苗に関しては、情報提供の見返りとして多少の情状酌量が認められそうだとも聞き、美智子はほんの少しだけ安堵した。

 美智子はパーテーションを覗き込み、隣のデスクを見た。そこは以前まで早苗が座っていた席だ。

 そして今は新たに入社してきた新人社員が座っている。

 美智子は通常業務の他に、この新人の指導も任されることとなった。
 大学を卒業したてで幼さの残るその新人は、慣れない業務を必死の形相でこなしている。美智子はその横顔を見て、過去の自分と重ね合わせ少しだけ笑みを零した。 

「先輩はなんでこの仕事選んだんですかぁ?」

 お昼休みのランチ中、その新人が質問してきた。早苗とよく通っていたカフェで、美智子はトマトがごろごろと入ったスープを口にする。

「うーん。入社するときは特に考えてなかったかなぁ。就職活動しんどかったし、早く決めたかったってのが本音かな」

 美智子はスプーンでスープを遊ばせながらそう答える。

「私も、同じような感じですかねぇ。……でもちょっとだけ後悔してます」
「後悔?」

 新人の言葉に、美智子は少しだけ身を乗り出す。

「だって、……せ、セックス保険の担当だなんて。……ちょっと恥ずかしくないですか?」
 新人の彼女が上目遣いで恥ずかしそうに言ってくる。

「ふふふ。そうねぇ」

 美智子が笑みを浮かべながらどこか遠くを見つめる。

「……でも、意外と悪くないわよ」
「……え?」

 美智子の言葉に、新人がきょとんとした表情になる。

「この仕事。……セックス保険の仕事」

 そう言うと、美智子は残ったスープを一気に飲み干し、トレイを持って席を立った。

「あ! ちょっと待って下さいよ! 先輩!」
 ひとり残された新人は慌てて残りのランチをかき込み、美智子の後を追った。

 ――電話のベルが鳴る。

 美智子はヘッドホンをつけた耳の辺りを無意識に押さえる。
 
 セックス、性交、愛の営み、子作り。動物の本能ともいうべきそれらを規制してるこの国で、私は仕事としてそれに向き合う。

 これからも、向き合っていく。

 ――さぁて、お次はどんなセックスでしょうか。

「お電話ありがとうございます。こちら月光生命セックス保険コールセンター、担当の松島です」

【こちら月光生命セックス保険コールセンターです。――完】

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