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こちら月光生命セックス保険コールセンターです。第十四話

第十四話 エネミー・オブ・アメリカ

「お電話ありがとうございます。こちら月光生命セックス保険コールセンター、担当の松島です」

「あ、あの、セックスのことで相談したくて……」
 電話口の向こうから若い女性の声が聞こえてくる。

「はい。どういったご相談でしょうか?」
「あの、セックス同意書を書かずにセックスしてしまって……」
「なるほど。それではお先にお名前と生年月日をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「はい、ニカイドウ、サナです。生年月日は平成十二年五月五日です」

 ――二階堂佐那。現在二十歳、事故歴はなし。

「二階堂様ですね。それで、事故の状況はどういったものでしょうか?」
 美智子が二階堂の契約しているプランを確認しながら問う。

「あの、私は同意書を書いてってお願いしたんですけど、聞いてくれなくて……」
「なるほどなるほど。大丈夫ですよ、そういったケースですと相手方のほうが賠償額が多くなることがほとんどですので」

「……大丈夫でしょうか?」
 やけに心配そうにしている二階堂に対して、美智子は優しく言葉を続ける。

「ご安心下さい。手続きから相手方への交渉まですべて当社が担当させて頂きますので」
「はい、……それなら」
「それでは、相手方の情報をお聞きしてもよろしいでしょうか? お名前やご連絡先などはお分かりになりますか?」

「はい、相手の名前は、ジェイコブ・ウィリアムズ」

「はい、ジェイコブ・ウィリアムズさ……、お相手は外国の方ですか?」
 思わず聞き流してしまいそうになった美智子だったが、すんでのところで我に返る。

「そうなんです。同じ大学の、留学生なんですけど」
「あぁ、なるほど」
「……あの、やっぱり外国の人だと難しいですか?」

 二階堂がどこか肩を落としたような声を出す。

「いえ、大丈夫ですよ。ご安心下さい。外国籍の方でも、日本国内であればこちらの法律が適用されますので」
 美智子は顔が見えないにも関わらず笑顔でそう告げる。

「いかがいたしますか? このまま手続きに入ってもよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします。……部屋についていった私も悪いんですけど、……怖い思いをしたので」
 二階堂のその言葉により、美智子のやる気スイッチが入る。

「お任せ下さい。どこの国の人間であろうと、人の気持ちを踏みにじる権利はありませんので」

 美智子が自信満々にきっぱりと言い切る。

「ありがとうございます。そう言ってもらえると心強いです」
「それでは、相手方のご連絡先をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「はい、電話番号は――」

 二階堂から連絡先を聞き取り、美智子が通話を終えるとちょうど休憩時間だった。
 パーテーション越しに早苗を覗くと、待ってましたとばかりに早苗が財布を掲げていた。

 ******

「ってか早苗、それまた新しい財布じゃないの? こないだ買ったばかりだったじゃん」
 美智子が三種類のチーズが使用されているカルボナーラをフォークで巻きつけながら早苗に言う。

「だって欲しかったんだもーん」
 早苗が軽い口調でそう返す。

「それにそのスマホ、出たばっかりの最新機種でしょ? 十万以上したんじゃない?」
「ふふふ。これねカメラがすごいのよ。めっちゃ盛れるの」

 早苗がスマホの背面を自慢げに見せてくる。カメラのレンズが三つ付いているのが見えたが、そんなにレンズを付けてなんの意味があるのだろうかと美智子は思った。

「盛れるってアンタ、高校生じゃあるまいし。あんまり散財するとお金無くなるよ?」
「いいのいいの。私は今を生きてるの。明日死ぬかもしれないなら、美しい今日の自分を撮りたいわ」

 そう言って意味もなくポーズを決め自撮りをする早苗。

 そんな早苗の姿を見て、美智子が呆れるように息を吐いた。

「ってか、さっきの案件、相手外国人なの?」
「そうなのよ。話が通じるといいんだけど……」
 美智子が不安げに肩を落とす。

「でもみっちゃん、大学で英語勉強してたんでしょ?」
「少しだけよ。それにもう何年も使ってないからほとんど覚えてないわよ」
「そっかぁ、そりゃ大変だ。じゃあ今から英会話教室通わないとね」
「そこまでするバイタリティは持ち合わせてないわよ」
「おお、さっそく英語出た」
「……ぶつわよ?」

 美智子が拳を軽く上げると、早苗がおどけるように防御の姿勢をとった。

 ******

 翌日、美智子は相手の留学生に電話を掛けることにした。
 ツーコールほど鳴ったところで電話が繋がる。

「……ハロー?」

 美智子の耳に低く通る声が聞こえた。

「あ、ハロー、もしもし。私月光生命セックス保険コールセンターの松島と申します。ジェイコブ・ウィリアムズ様でしょうか?」
「ゲッコウ、sex、call center? ナニ? アナタ、ダレ?」

 電話口の向こうからたどたどしい日本語が聞こえてくる。

「セックス保険コールセンターのま・つ・し・ま・と申します。今回は二階堂佐那様の件でお電話させて頂きました」
「ニカイドウ? サナ? サナドウシタノ? ナニ?」

 これは面倒くさくなりそうだと美智子が気合を入れなおす。

「えーっと。アナタ、youが二階堂さんとセックスしましたよね? その時にセックス同意書の記入を拒んだとお聞きしました」
「sex? ナンデソンナコトキク? ナニノデンワ?」

 ジェイコブは相変わらず理解が出来ない様子だ。

「Japanの法律ではセックスをする時に、この同意書を書く決まりなんです」
「whatドウイショ、ドウイショナニ?」
「セックスの同意書です。Sexドウイショ!」

 なぜか美智子もジェイコブにつられるようにカタコトになる。

「oh、ワタシ、ワカリマセン。アリガトゴザイマシタァ」
 そう言うなりジェイコブが電話を切った。

「あっ! ……この野郎」

 美智子はすぐさま電話を掛けなおす。
 しばらくコール音が続いたが、意地でも繋いでやろうと美智子は心に決めていた。

「モウ、ナニ?」

 根負けしたジェイコブが電話を取るなりそう言ってきた。

「月光生命の松島です。最後まで話を聞いてください。OK?」
「ワタシ、ムズカシイハナシワカラナイ。ナニ?」

 相変わらず、めんどくさそうにジェイコブが答える。

「いいですか? 日本の法律ではセックスをする時に同意書を書くのがルールなんです。今回アナタはそれを拒んだ。だから二階堂様から賠償請求の訴えを起こされているんです」
「バイショウセイ? ワカラナイ」
「分からないじゃなくて、日本の法律! 来日する時に教えてもらわなかったですか?」
「ワタシ、シラナイ。ワタシ、留学キテイル。ソレダケ」
「だから、このままだとお金いっぱい取られますよ? いいの?」
「オカネ、money? ナンデ? ワルイコトシテナイヨ」
「悪いことしたの! だから訴えられているの!」

 のらりくらりとしたジェイコブの発言に、思わず美智子の口調も荒くなっていく。

「……What a noisy bitchチッ、うるせぇ女だな

 電話の向こうで吐き捨てるようにジェイコブが言ったその時だった――。

Shut up you jerk!!黙りなさい!このろくでなしが!

 大声で英語を叫んだ美智子の言葉に、フロアにいた全員の動きが一瞬止まった。

「いい? 日本に来てこっちで勉強するつもりなら、こちらの法律に従わなきゃならないの。【郷に入れば郷に従え】という日本のことわざもあるのよ。これ以上ごねるようなら入管にも報告してビザを取り消してもらうことにもなりますからね!」

「oh……。sorry。ゴメンナサイ。ハナシ、キキマス」

 あまりの美智子の迫力に、ジェイコブは怯えるようにそう言った。

「……それでは、後日【訴訟内容確認書】という書類をお送りしますので、サインしてこちらに送り返して下さい。それには英文もつけておきますので、分からないことがあればまたこちらの番号までお電話頂ければと思います」

 一転して営業用の口調に戻した美智子が淡々と説明をする。

「ワカリマス。ゴメンナサイ。ワカリマス」

 ジェイコブが消え入りそうな声でそう言ったのを確認し「では、よろしくお願いしますね」と言ってから美智子は電話を切った。

 ちょうどお昼休憩に差し掛かる頃だったので、美智子が早苗の様子を伺おうとすると、早苗のほうからパーテーション越しにひょいと顔を出してきた。

「じゃあ、お昼休憩行きますか」と美智子が言うと、早苗が「アイ、キャン、ノットニホンゴワカリマセーン」とふざけてきたので、美智子はとびきりの笑顔を作ってから、早苗のおでこに向かって強烈なデコピンをお見舞いした。


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