ショートショート11紛らわしい男
男は新卒で入社した会社で怒られていた。
なんせ、入ったばかりで仕事に慣れておらず、覚えなければならないことも沢山あり男は毎日苦労しながら働いていた。
仕事は順調だったが男は日に日に疲弊していた。
仕事でミスをすることもあった。
ミスをして怒られることは仕方がない。
自分の未熟さが原因だからだ。
怒られるだけならまだしも、相手が苛立ったり、不機嫌になったりもした。
そして、男はよく”ある指摘”を受けた。
男は営業職をしていた。
営業職なので外回りに行くことがよくある。
得意先に行くと必ず”ある指摘”をされることとなった。
男は身だしなみはきちんとしていたし、マナーや礼儀も完璧だった。
真面目な性格だったし、真面目なだけでなく会話の中にはユーモアもあった。
しかし必ずと言っていいほど仕事をしていると”ある指摘”を受けるのだ。
この前なんて、電話で自分の名前を名乗っただけで相手を苛立たせてしまった。
男はどうして良いのかわからず、ただただ謝るしか術がなかった。
今日もオフィスの電話がなっている。
自分が出ようと思った。しかしきっと怒られる。嫌だな。出たくないな。
しかし心を決め男は電話にでた。
「お電話ありがとうございます。トヨタのマツダです。」
「またお前か。まったくまぎらましい奴だな。トヨタに電話かけてんのに、何でマツダが出てくんだよ。まあいいや、〇〇さんいる?」
男の名前はマツダだった。
入社した会社はトヨタだった。
男はトヨタのマツダだった。
*
男は数十年後、トヨタで支社長にまで出世した。
もはや、誰も彼の名前のことを指摘するものはいなかった。
けれどみんな心の中では
「まったく紛らわしい奴だな。」
と思っていた。
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