ショートショート⑤返り咲く男

男は泣いてはいなかった。

何日も何日も泣いたのでその涙は枯れ果てていた。。。

男は名の知れた投資家だった。

高層マンションに居を構え、ベンツ、BMW、ポルシェ、など高級車を何台も揃えてた。腕時計はロレックス。カバンと靴はエルメス。海外旅行が趣味で100カ国以上の国を旅行した。そしてモデルの彼女と付き合っていた。

その生活ぶりは誰もが羨むほどだった。

しかし男はとても勤勉で努力家だった。

誰よりも勉強し努力したため、独自に編み出した投資手法で大成功していた。

しかも男の考えた投資手法は強力であまりにも稼ぎすぎたため、監督官庁から業界にその取引自体を禁止するよう通達が出された程だった。

その時男は既に十分すぎるほど稼いでいた。

そんなことは気にせずにその投資手法はやめて手堅い海外の有望株に投資し配当生活をすることにした。

男はとても性格が良かった。

性格が良かったせいで絶対にやってはいけない間違いを犯してしまう。

何と資金全額を恋人に預けて運用を任せてしまったのだ。

そしてその恋人がお金を持ち逃げしたのだ。

天国から地獄へ真っ逆さま。

一瞬にして恋人と全財産の両方を失ってしまったのだ。

泣こうがわめこうが後の祭りだった。

弁護士に依頼する資金すら残ってはいなかった。

男は泣いてはいなかった。

むしろ頭の中がスッキリとしていて冷静さを取り戻していた。

男は徐にノートとペンを取り出し何かを書き始めた。

彼は毎日ノートとペンを使って何かをひたすら書いていた。

それは男が編み出した投資手法だった。

以前から彼のもとには弟子入り志願者が何人も訪ねてきていた。

彼は弟子なんかとる気持ちがなかったので、全て断っていた。

しかし断っても断っても弟子入り志願者は後を絶たなかった。

一体どこで自分のことを聞きつけたんだろう？と不思議に思うほどだった。

男は自分のこれまでの経歴や稼いだ金額、そして投資手法をまとめた１冊の本を作った。

男が作った本は飛ぶように売れていった。

全世界で4000万部売れた。

男は大ベストセラー作家となった。

男は大ベストセラー作家となって見事に返り咲いたのだ。

ところが、彼の書いた本を読んで稼げるようになった人間は4000万人中１人もいなかった。

なぜかと言うと、男の投資手法はものすごく複雑で難しく、真似したくても実践できなかったからだ。

イチローに野球を習ってもイチローになれないのと同じ理屈である。