ショートショート⑩最後の仕事をした男
こんなはずじゃなかった。
こんなはずじゃなかったんだ。
何かがどこかでおかしくなった。
いや、最初からおかしかったのか?
男は子供の頃から勉強が得意だった。
スウェーデン語、ロシア語、英語、フランス語、イタリア語をマスターし流調に話すことができた。
それよりも男は化学の勉強が好きだった。
そして何よりも新しいことを学びたいという知的好奇心が強かった。
化学の勉強から次第に興味は爆発物へ移っていった。爆発物を少しの衝撃で発火させられる「雷管」というものを発明した。
男は爆発物の開発にのめり込んでいった。
その後ダイナマイトを完成させた。
そもそもの話、ダイナマイトはトンネルの採掘や岩の破壊、工事作業での効率化を図るために生み出されたものだった。
もちろん、発明後は積極的に工事で使われるものとなり、工事現場で役に立つ道具となった。
しかし、ダイナマイトの爆発力は工事だけではなく戦争の武器としても使用されることとなった。
幸か不効か時代背景も重なり、男の開発したダイナマイトは世の中のニーズに合致し、武器として販売され飛ぶように売れていった。
その結果、男は巨万の富を得ることとなった。
化学が好きだった少年は富裕層の仲間入りを果たしていた。
しかしこの結果は男の望んだ結果ではなかった。
化学が好きだった少年が大人になって作ったものは戦争で人を殺すための道具だった。
こんなはずじゃなかった。
こんなはずじゃなかったんだ。
何かがどこかでおかしくなった。
いや、最初からおかしかったのか?
頭の中が混乱していた。
ある日新聞を読んで男は愕然となった。
ダイナマイトの発明が人類に損害を及ぼしたと批判する記事を読んだからだ。
ダイナマイトの発明は世の中をを便利にした反面世の中を不幸にもした。
紛れもない事実であった。
男は後悔していた。
しかしもはやどうすることもできなかった。
死ぬ間際に「国籍や男女の隔てなく、物理学、化学、医学、文学、そして平和の推進に功績のある人物を称えるための賞を創設してほしい」と、遺書を書いた。
それが男にできる最後の仕事だった。
化学が好きだった少年の最期の仕事だった。
*
少年の名前はノーベルといった。
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