セブン・デイズ・オブ・リベンジ、ワン・モーメント・オブ・フリーダム#1

ベッドの上で、目を覚ます。窓のカーテンの奥から下品なネオンの輝きが漏れ、酷く眠りの質が下がっていることに苛立ちを覚える。おかげで頭に霞がかかったかのようだ。ベッド横のテーブルに置いてあるヨロシサンの頭痛薬を何錠か口に入れて噛まずに飲む。会社は信用できないが商品だけは信用できる。

オレは立ち上がり、シャワールームに向かう。寝るときは下半身にジーンズだけを着るのがオレのスタイルだ。向かいがてらそこらへんで脱ぎ散らし、頭からシャワーを浴びる。古い借家だ。熱湯になるまで時間がかかるが、今の水の冷たさはオレの頭の中を明瞭にするのにちょうどいい。

オレがここにいる目的を思い出す。そうだ、オレは、復讐するためにここにいる。ネオサイタマのどん詰まりに。奴に、ニンジャスレイヤーに、フジキド・ケンジを殺すために。

◆◆◆

拠点から出たオレを、極彩色のネオンたちが出迎える。行きかう奴らは皆したたかに酔った赤ら顔か、バリキをキメ過ぎて目がグルグル動き回り唾液をまき散らすジャンキーか。このエリアにあるのは人生を加速度的に終わらせるものしかない。酒、ドラッグ、女、死。ネオサイタマでも有数の堕落の坩堝。

路地に目を向ければ、ボッタクリ・バーに金をむしり取られチンピラに蹴り飛ばされるサラリマン。オイラン・ハウスに向かうのが待てずに前後している性欲猿。ピクリとも動かないホームレスの恰好の男。そしてヤクザ。ここで明かりのない場所を通るのは自殺行為に等しい。

少し歩けば、屋台がいくつか並ぶエリアに出た。まだ、こんな掃きだめでもまともな飯が出る場所だ。他の店はそれこそ、他所のオイラン・ハウスで「オイタ」を働いたバカの肉を出したなんてこともあった。無論、カニバリズムの主義なんて持ち合わせていないオレが潰したが。

「ようアンちゃん!」横にあったホットスシドッグの屋台の親父がオレに声をかける。手軽に食えるからオレのお気に入りの屋台の一つだ。「親父、いつものを一つくれ。ワサビを多めでな」「なんだい!顔色が悪いぞ!」「眠りが悪くてな」「んじゃ、シャキッとさせてやるか!」親父の手にワサビの山。

親父はそれをホットスシドッグの上に塗りたくり、オレに差し出す。懐から数百円分のトークンを渡し、受け取ったそれを口に押し込む。途端、ツンと鼻の奥から痛みが来る。「やっぱ多すぎたかね?」「いや!これでいい。しっかり目が覚めた」手早くそれを詰め込むと、懐から数枚の写真を出す。

「ところで、コイツらを見なかったか」写真には数人の男女が写っている。フジキド・ケンジとその仲間たちだ。「いや、何度見てもここいらじゃ見ない顔だね」親父は売上表にオレの分を書き加えながら答える。「いや、絶対ここにいるはずだ」「なんでそう言い切れるんだい」胡乱なものを見る目。

「なんでって…」あれだけのデカいことを成し遂げてネオサイタマ中から追われる身になったんだ。そうなったら、取れる手段は二つ。ネオサイタマから逃げ出すか。それとも身を隠すかだ。こんな、マッポすら来ないような掃き溜めに。あれだけの人物を殺したのだから…あれだけ…あれ…?

「あ…?」いや待て。そもそも、あいつらは誰を殺した?誰を殺してお尋ね者に?一人を殺した気もするし、複数人を殺したような気もする。「おい大丈夫か?真っ青だぞ?」親父が、オレの顔を覗き込んでくる。「これサービスだから、飲んで落ち着きなさいよ」親父がオレにペットボトルのチャ渡す。

オレはそれを飲み干し、一息つける。「親父。すまないな」そうだ。何人殺していようが構わない。オレがフジキドを憎み、殺したいことには何の代わりもないのだから。「今度ホットスシドッグをいくつか頼むからそれでチャの礼に」そして、写真を懐に戻そうとしたら、腕を掴まれた。

「よう兄ちゃん。探偵ごっこか。ア?」腕を掴んでいたのは、いかにもヤンクといった風貌の金髪の男だった。サイバーサングラスに『弱 者 に 容 赦 は し な い』という威圧的な文字が輝く。「とりあえず腹が減って仕方ないんだ。お前の金でどこかで飯を食うか」カツアゲマン。

「フフッ」オレはたまらず笑ってしまった。だって、こんな場所でカツアゲマンとして幅を利かせたところで、ヤクザにスカウトされるわけでもないのに。大方、どこぞのエリアからやってきた何も知らないおのぼりさんか。「ア?なに笑ってんだコラ」カツアゲマンは俺の胸倉を掴み、路地裏に歩く。

「半殺しくらいにしときなさいよ」親父が俺たちにそう言いながら、新しくやってきた客の対応を始めていた。「ヘッ!この俺様に舐めたマネをしたんだ。全殺しにしてやる」カツアゲマンは、自分に言われているとでも思ったのか、肩を怒らせながら歩く。オレは逆らわずに連れていかれてやった。

路地裏。どこぞの店舗の室外機の上に居座るバイオネコは唐突にナワバリにやってきたオレらをチラリと一瞥すると、興味を無くしたのか。あくびをかいて室外機の上で眠りだす。「オイ何よそ見してんだコラ?精神的な被害が加算されるぞオラ!」それぐらいにはアンタに興味が無いことを察しろよ。

「ん?…ヒャッヒャッヒャ!」オレの腕を見たヤンクは、笑い出す。「そんなにタフ気取っておきながら冷や汗ダラダラ!」俺の腕から滴る液体を見てオレがビビっているのだと思ってるんだろう。「アンタ。今オレを放して帰るってんなら全部水に流してやるぞ」「ハァ?命令できる立場?」

「精神的苦痛でお前死刑ね!」ヤンクがオレの顔面に殴りかかり、オレの頭部が抉り取られ、後方に血しぶきが待った。「アイエエ!?死んだ!?殺しちまった!?」ヤンクはオレを放すと尻もち。「殺すつもりじゃなかったんだ!だから許してくれ!」ヤンクは両手を合わせてオレに許しを乞う。

「オイ」「アイエ!?」声をかけてやったらヤンクは飛びあがって、俺を見る。「何ビビってんだよ。タフガイ」殴られた傷と飛び散った血しぶきが逆再生めいて戻り、傷が治る。「アイエエ!ニンジャ!ニンジャナンデ!」ヤンクはそれでようやく、オレがニンジャということに気づいたらしい。

オレは腕を海水に変え、ヤンクの全身を包む。「アイエエ!?」ヤンクは逃げ出そうと藻掻くが、ただの人間が逃げ出せるわけがない。「アイエエ熱い!」ヤンクの皮膚が少しずつ溶け出している。オレの…オレのジツは何だった?全身を海水に変えるだけじゃないのか?なぜコイツは溶け始めている?

BLAM!BLAM!「ア?」突然、オレの頭を銃弾が貫通し、辺り一面に頭が撒き散らかされる。「アバー!」至近距離で受けたヤンクの顔面が焦げ、肉の焼ける白煙が漂った。オレはヤンクを離して、銃弾の主がいる方を向く。ヤンクより重要な相手がいることを察したからだ。ヤンクは何処かに走り去る。

この破壊力、恐らく49マグナム。つまりいるのは。「ドーモ、タカギ・ガンドー=サン」路地の奥の暗がりから、白髪の偉丈夫が姿を現す。タカギ・ガンドー。キョートにいるはずのフジキド・ケンジの一派の一人。何故こいつがネオサイタマにいるのかは分からんが、コイツにインタビューをするチャンス。

「……」BLAM!BLAM!BLAM!ガンドーは何も言わずに49マグナムを撃つ。それらは全てオレの体を貫通するか、壁に当たる。「フシャーッ!」銃声に驚いたバイオネコがガンドーに飛びかかった。「…」「ギッ!」ガンドーはネコを一瞥せずに俺へ近づきながら裏拳でネコの頭部を粉砕した。

ガンドーはニンジャだったのか?確かあいつはモータルだったような…だが、あのキョート城が浮き上がってキョートに攻撃を仕掛けた事件。アレを生き延びたんだ。ニンジャになったか、もしくはニンジャに近い身体能力を持つか。だが、いずれにせよガンドーでは俺を殺すことは出来ない。

ワン・インチの距離。BLAM!ガンドーはオレの胸に49マグナムの銃口を叩きつけて発砲。オレの胸に大穴が空いたがガンドーは追撃の姿勢を見せる。暗黒武道ピストルカラテ、49マグナムの反動を用いて回転し、回し蹴りをオレの風穴が空いた胸に向けて叩き込む。オレの体が千切れかける。

「はいお疲れさん」しかし、千切れかけただけだ。胸の辺りにガンドーの足が来た瞬間、オレは飛び散った海水を体に戻し、ガンドーの足をオレの体で拘束した。ガンドーは拘束から脱しようとオレの体に49マグナムを射撃するが、今度は飛び散らさせず、そのまま貫通させ、拘束を緩めない。

「まずは、足一本!」そして、チョップでガンドーの足を切り落とした。足を失いバランスが崩れたガンドーはうつ伏せに地面に倒れ込む。「へぇ、叫び声を上げないんだ。叫べば誰か来るかもしれないのに」胸のガンドーの足を溶かす。傷を治すニンジャでも抱きかかえられてたら直されるかもしれない。

ガンドーは仰向けになりこちらに49マグナムを向ける。「それじゃあ、インタビューといこうか」オレはそれを無視しながらガンドーの前に立つ。「ニンジャスレイヤーいや、フジキド・ケンジ。あのクソッタレはどこにいる…!」ガンドーの首に向けてチョップの構え。答えなければ泣き別れだ。

「……」ガンドーは何も答えない。まるで口でも失くしたかのようだ。数秒、辺りを重金属酸性雨が降る音が満たす。「……時間切れだ」フジキドの手がかりは潰えるが、あの男の事だ。仲間を殺されれば怒り狂ってこちらに襲い掛かるだろう。そこを迎え撃つ。オレは、チョップを振り下ろした。

「Wasshoi!」その時、禍々しいシャウトが頭上から響いた。「上か!?」上を見た瞬間、そこには赤黒いニンジャが俺に向けてチョップを振り下ろしていた。「ニンジャスレイヤァー!!!」奴は、オレの体をから竹割りにした。視界が離れ、生まれた死角に奴が居座る。

「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン」体が離れたままだが、オジギをする。「オレは…オレは…オレの名前なんてどうでもいい!」アイサツをするべきだという胸の内から湧き上がる衝動が、一瞬にして憎悪に塗りつぶされる。

「貴様はオレの大切な人を殺した!だから死ね!ニンジャスレイヤー!お前が殺してきたニンジャと同じように!」オレはジツの力をさらに強める。地面を黒く大通りからの明かりで輝かせる重金属酸性雨が、配管を流れる水が、オレの体に流れ込む。

ニンジャスレイヤーはオレから数歩下がり、ジュー・ジツを構えたが、オレの変化を見て、それでは駄目だと察したか、壁を蹴りながら俺を飛び越し、ガンドーを背負うと逃げ出した。「ニ!ガ!ス!カ!」オレの声が、辺りを震わせ、近くの窓が全てひび割れる。跳躍。眼下から悲鳴。

「アイエエ!?巨人ニンジャ!?巨人ニンジャナンデ!?」人々はオレを見上げて悲鳴を上げる。まあ、頭上を10m近い海水の体の巨人が飛びまわっているのだから無理もない。BLAM!BLAM!ニンジャスレイヤーに担がれたガンドーが俺に向かって発砲。牽制のつもりか?ZZZTTT!

「グワーッ!?」しかし、次の瞬間全身を激痛が襲った。頭だけ振り返ると、背中に黒い線が突き刺さっていた。「これは!」それは、ここ一帯に繋がれていたビル屋上占有ホームレスどもの盗電用の電線。BLAM!BLAM!ZZTT!ガンドーは次々に電線を撃ち落し、オレの体を蒸発させんとする。

「アバーッ!体を!余計な体を切り捨てねば!」取り込んだ水の分を切り捨てて、元の体積に戻し!この場から離脱する!しかし、奴はこの隙を見逃さなかった。オレの体に向けてなにボンベを蹴り飛ばしてくる。そのボンベが俺の体に入った瞬間、ヤツはスリケンをボンベに投擲し、それが破裂した。

「ガッ!?体が!凍る!これは!液体窒素!飲食屋台エリアの、大理石アイス屋のものか!いつの間に!」全身が凍り付き始め、視界が凍り、何も聞こえず、何も感じず。そして、体をカラテで砕かれる感覚がし、オレの意識が途絶えた。

◆◆◆

ニンジャスレイヤーとガンドーは、ビルの屋上から砕けたニンジャを見下ろした。ニンジャスレイヤーの蹴り飛ばした液体窒素により凍った敵ニンジャを踵落としにより砕き、地面にばら撒いたのだ。見下ろす二人の顔に感情はない。ガンドーは、片足を失うという重傷を負っているのにも関わらず。

そして、二人が振り返り、何処かへ去ろうとした瞬間!「ゴボボーッ!」二人の体を海水が包む!敵ニンジャは死んでいなかったのだ!凍らせて全身を砕かれたのに!?そう!敵ニンジャに憑依したニンジャソウルは0101010101.......

◆◆◆

「ハァーッ!ハァーッ!」死んだかと思ったが、何故かニンジャスレイヤーの体についていた水滴の中にオレがいた。恐らく、奴がチョップでオレの体を引き裂いたときに付いたオレの体の一部に、体の大部分が駄目になったオレの意識が移ったとかか?まあ、考察はあとですればいい!

「イヤーッ!」重金属酸性雨をかき集めて、こいつらの体を包むオレをデカく、そして重金属酸性雨の毒性を濃縮させて、こいつらに叩き込む!「死ね!ニンジャスレイヤー=サン!死ね!」オレの中で、酸性雨で苦しみながら二人は少しずつ溶けていき、そして跡形もなくオレの中に消えた。

「ハ、ハハ…終わった」体を戻し、生まれたままの姿でオレはビルの上に佇む。ニンジャスレイヤーは死んだ。オレの体に溶けて無くなった。ようやく、オレの復讐は終わったんだ。オレの長い期間かかった復讐が…オレの…

「…あれ?」オレは、どれだけの間鍛錬を積んだんだっけ?どこで修業を?誰に師事を受けた?「オレは…」いつの間にか、オレは赤ん坊のように蹲っていた。酷く、眠い。立ち上がれない「オレは…誰をあいつに殺されたんだっけ…?」瞼を閉じる。もう、何も考えられなくなった。

◆◆◆

ベッドの上で、目を覚ます。窓のカーテンの奥から下品なネオンの輝きが漏れ、酷く眠りの質が下がっていることに苛立ちを覚える。おかげで頭に霞がかかったかのようだ。ベッド横のテーブルに置いてあるヨロシサンの頭痛薬を何錠か口に入れて噛まずに飲む。会社は信用できないが商品だけは信用できる。

オレは立ち上がり、シャワールームに向かう。寝るときは下半身にジーンズだけを着るのがオレのスタイルだ。向かいがてらそこらへんで脱ぎ散らし、頭からシャワーを浴びる。古い借家だ。熱湯になるまで時間がかかるが、今の水の冷たさはオレの頭の中を明瞭にするのにちょうどいい。

オレがここにいる目的を思い出す。そうだ、オレは、復讐するためにここにいる。ネオサイタマのどん詰まりに。奴に、ニンジャスレイヤーに、フジキド・ケンジを殺すために。


「セブン・デイズ・オブ・リベンジ、ワン・モーメント・オブ・フリーダム」#1 終わり。 #2 に続く