セブン・デイズ・オブ・リベンジ、ワン・モーメント・オブ・フリーダム#3

「ハァーッ…ハァーッ…」酔っぱらいとジャンキー共の間を息を切らしながら歩く。火傷の痛みが徐々に酷くなってきている。肉だけではなく骨まで熱が届き、精神にすらダメージを負っている。いや、精神どころかニンジャソウルにすらダメージを…

「兄ちゃん邪魔だぞオラー!」「グワッ…!」酔っぱらったサラリマンに横っ腹を蹴り飛ばされ、路地裏の入口に置かれていたゴミ捨て場に頭から突っ込む。ゴミを貪っていたバイオネズミたちは突然の乱入者に驚いて四方八方に逃げ出した。腐敗した生ゴミとネズミの糞の臭いが漂った。

「ウォホッ、万札ゲット」蹴り飛ばされたときに落ちた財布がジャンキーの足元に。それを拾ったジャンキーは雑踏の中に消えていった。その分厚い中身は僅かな金と大量のニンジャスレイヤーの調査の写真だというのに。「…チッ」舌打ちをして立ち上がる。頭には誰かの食い残しのソバ。厄日だ。

大通りを歩く。流石のネオサイタマの底辺にいる奴らでも生ゴミに塗れた男と近づきたくないらしい。オレの周囲からサッと離れて人々は往来を続ける。ジツを行使して汚れを落とす気力すら湧かない。こんな時に限って重金属酸性雨も降りやしない。

「フーッ…」一度、適当な店の階段に腰かける。目の前には屋台エリア。思えば、ここでもあの親父と会った覚えがある。あの時は屋台を引いていたが。屋台があった場所に目を向けるも、そこには屋台はない。あのお気に入りのホットスシドッグの屋台は…ホットスシドッグ?

「ホットスシドッグあんまりオレ好きじゃねぇぞ」オレが好きなのはスシソバで…いや?ヨーカンだったか?駄目だ。思い出そうとすればするほど自分の記憶の整合性が無くなっていく。「あの親父だ…あの親父に聞きだせば何とかなるはずだ…」

立ち上がってあの親父が待つヤクザクランの事務所へ。「…ハッ、ヤクザクランの名前すらわからないと来たもんだ」だが、あの親父は待っているはずだ。あの親父の顔だけは、確かなんだ。

◆◆◆

ただ歩くだけなのに、今までのカラテトレーニング以上に体が悲鳴を上げている。数分歩けば着くはずのヤクザクランの事務所にすら1時間近くかかった。事務所は雑居ビルの二階にある。階段の横にはヤクザクランの代紋。しかし名前は書かれていない。「嘘くせぇ事務所だ」階段に足をかけ、血を吐く。

「ゴボボーッ!」口から緑色の血が噴出し、すぐに真っ赤に戻る。「クソ…血が緑色…?何が起きてんだ…」体の力が抜け、階段にうつ伏せに倒れる。深呼吸をして、無理やり立ち上がろうとする。「キェーッ!」頭上から女のカラテシャウト。「イヤーッ!」体をエビ反りに。頭のあった場所にトビゲリ。

「ユカノ!?」そこにいたのはフジキドの仲間のユカノだった。「面倒な時に!」「イヤーッ!」「グワーッ!」顎を蹴り飛ばされ、階段から地面に転がる。「イヤーッ!」再びのトビゲリ。転がって回避。立ち上がろうとするが、膝を着く。「これは本格的にマズいな…!」逃げて仕切り直しもできない。

「いかん!」その時、階段の上から声が響く。その声には聞き覚えがあった。あの親父の声。カンカンと階段を駆け下りる音。ユカノは、動けない俺を前にして、なぜかカラテを構えるのを止め、ダランと腕を降ろして棒立ちになっていた。

親父の姿が見えた。安いチンピラが着るようなスーツ。だが、問題は親父の奥にいる階段を駆け下りる存在だった。「なっ!」そこにいるのは、ニンジャスレイヤーだった。奴は、親父の後ろにぴったりとくっついて降りてきている。「親父!後ろだ!後ろにニンジャスレイヤーがいるぞォー!」

「後ろ!?ああ忘れていた!」親父は後ろを確認した瞬間、驚きもしない。最初からいるのに気が付いている様な声色でそう言った。すると、ニンジャスレイヤーの姿は水面に石を投げ入れたようにユラリとブレて、そして消えた。ユカノも同様に。

親父はオレのそばに駆け寄ると、懐から緑色のヨーカンを取り出した。「食え!ユウジ!食わないと死ぬぞ!」「なんだそれは…それに、ユウジってのは誰の事を…」「いいから!」「むご!」親父に口の中にヨーカンを詰め込まれ、仕方なく咀嚼する。藻の味。だが今まで食ったどのメシよりうまい。

「これは…」火傷に苛まれる苦痛は消えない。だが階段に足をかけた瞬間から起きた異常が体から消えていた。「よかった…!ユウジ…!お前が死んだら私は…!」親父は涙ぐんで俺を見つめている。「ユウジ…?誰だそれは…オレは…オレの名前…は…?」名前が、口から出てこない。頭の中に存在しない。

「サザイエ=サン!一時訓練の中断を!前回の訓練時の負傷が治り切っていません!それにバイオ血液の循環にも問題が…!」「イヤーッ!」親父がどこかに連絡をし始めた瞬間。強いて体を動かしジツを使い。海水となった片手で親父の全身を囲う。即席の海水の牢獄。

「ユウジ!?何のつもりだ!」「親父。お前、何だ」「何って、そこのヤクザクランの下っ端で!」「へえ。一山いくらの弱小クランの下っ端がニンジャだなんて、随分無茶な嘘をつくもんだな」「…」親父は押し黙る。あのフジキドもユカノも恐らくこの親父のジツ。ならば、この親父はニンジャだ。

「答えろ!俺は誰で、お前はどこの誰で、オレに何をさせようとしている!」親父はしばらく黙ったまま、懐に手を入れる。「タバコ、吸いながらでもいいかい?」見せつけたのはタバコの箱。「…勝手にしろ」親父はタバコにライターで火を付け、口から煙を吐き出した。

「社内じゃ会社指定のタバコを喫煙室でしか吸えなくてね。お気に入りのタバコは外じゃないと吸えないときたもんだ」親父は何度か煙を吐き出すと、懐から携帯灰皿を取り出し、そこに吸い殻を入れた。「ヨロシサン…」携帯灰皿には、ヨロシサン製薬のロゴが書かれていた。

「そう、ヨロシサン。けれども厳密には違う」親父は懐から名刺を取り出すと、海水の中に入れてきた。名刺を引き寄せ、もう片方の手で抜き取り見る。ヨロシ・バイオサイバネティカ・第7開発部・スダ。「スダがアンタの名前なのか。だがなんでヨロシサンの系列会社が…」

「まだわからないか」親父は次のタバコに火を付け、吸い始める。「君は、ここの外から来た。そう思っているね?」「ああ…」「じゃあ、来る前の事は?フジキドに誰を殺された?」「…思い、出せない」「そうだね。だって君は、ここで生まれてここで育ち、ここで訓練を積んだのだから」

「ここは…」「ここはね、ある場所の地下さ。本物のネオサイタマじゃない。メガコーポは色んな所に隠された施設があってね。ここはその一つだよ」空を見上げる。どんよりと曇った空。耳をすませば大通りを行きかう人々の声。吹き付ける風。このすべてが、偽物だって?

「この町は、歓楽街の廃墟に私のジツで本物のように見せているのさ」親父はオジギをし、アイサツをした。「ドーモ、ヴィンディクティブ=サン。シェンです」そう、アイサツをした。目の前にいる人物の名を呼んで。「ヴィンディクティブ…それが、オレの名前か」

「そうだよ。それが君の名前、私たちが生み出したニンジャスレイヤースレイヤー計画の生みだした兵器の名だよ」それから親父は、目的を語りだした。チェーンスモークや、親父が苦しげに咳をして途切れたりして時間はかかったが、語った内容は暗黒メガコーポらしい暗躍の計画だった。

◆◆◆

アマクダリ、という組織がある。ネオサイタマで暗躍するニンジャ組織。その組織の最終目的たる「再定義」なる何かがなされたとき、世界は一新されアマクダリの支配下に置かれる、らしい。

その組織とヨロシサン製薬は提携を組み、アマクダリの幹部の「十二人」の中にヨロシ・バイオサイバネティカのCEOたるキュアというニンジャが送り込まれた。ヨロシサンは、再定義された後の世界にてヨロシサンの求める世界、理想ヨロシ社会なる何かを築くために、アマクダリに協力をしている。

だが、ヨロシサンの上層部はこう考えたらしい。「仮に、再定義が成功されたとしても、アマクダリの実質的な首領たるアガメムノンは理想ヨロシ社会の実現にマッタをかけるのでは?」と。

アマクダリは表社会と深く絡み合っている。再定義後の社会にて、露骨にヨロシサン製薬だけを贔屓するか?否である。ヨロシサンにはヨロシサンの求める理想ヨロシ社会が。アガメムノンにもアガメムノンの求める社会の在り方があるだろう。無論、他の十二人にも。

だから、ヨロシサンは動き出したのだ。アガメムノンがヨロシサンを贔屓せざるを得ない「成果」を生みだすために。ある種のゲコクジョを目論んだ。そこでヨロシサンが目を付けたのが、ニンジャスレイヤーだった。ニンジャスレイヤーの首を土産に、他の十二人に対してのイニシアティブを得る。

そこで、キュアは部下である第7開発部長たるサザイエに命じた。ニンジャスレイヤーを殺すためのニンジャを生みだせと。アマクダリにバレないよう内密に。

サザイエはキュアから渡されたアマクダリ内部から渡されたニンジャスレイヤー及び奴の協力者の情報、今までのフジキドの戦いのデータを見て悟ったらしい。「生半可なニンジャでは奴を殺せない」と。

そしてニンジャスレイヤーの研究を始めた。奴はなぜ強い?憑依したニンジャソウルが強大だから?それもあるだろう。単純にカラテが強いから?確かに。その要素もある。そして、答えにたどり着いた。復讐心、憎悪、憎しみ。その負の感情が奴の強さの理由だと。

復讐心や憎悪はカラテを曇らせる、なんて。そんな考えもあるが、一点の曇りもない復讐心は出鱈目なまでの力を齎す。それは、今までのフジキドが証明してきていた。ソウカイヤとザイバツという二つのニンジャ組織を潰したのが何よりの証拠。それはオレも知っている。頭の中にあったから。

サザイエは、そこから着想を得た。「ニンジャスレイヤー、フジキド・ケンジに復讐心を抱いたニンジャを生みだせばいい」言うなれば、ニンジャスレイヤーの模倣。ニンジャを殺す者を殺す者。ニンジャスレイヤースレイヤー。計画はそこから始まった。

サザイエは提供されたニンジャソウルをバイオ胚に憑依させ、そのニンジャにいくつかのバイオニンジャの能力を搭載し、そして生みだされたニンジャにヴィンディクティブ、復讐の名を与えた。

だが、生まれたばかりのバイオニンジャがフジキドと会ったこともないのに復讐心を抱くわけがない。そこで、植え付けたのだ。偽物の記憶を。フジキドに大切な人を殺され、その復讐が目的だと。

そして、他人に植え付けられた復讐心に振り回された生まれて数日と経たないバカなニンジャは、復讐だ復讐だと声高に叫びながら、シェンが生み出した偽物のフジキドとその仲間を想定されるいくつものシチュエーションで戦って訓練を積んでいたわけだ。

戦って、負けて、体に染みついたカラテの記憶だけを残して。戦って、勝って、体に染みついたカラテの記憶だけを残し…その度にデジャブが起きて訝しまれないように記憶や親父の立ち位置を変えて何度も、何度も、何度も…

いつの日か、フジキドがアマクダリに牙を剥いた時に向けて…

◆◆◆

親父は、最後のタバコを吸い終わると、携帯灰皿に突っ込んだ。「今まで7日間、君は多少危ういところがあれど、フジキドとの勝率は八割強を維持している。そして、初めてのNARAKU状態のフジキドの訓練をしたら、このザマだよ」親父はYシャツの袖を捲る。酷い火傷、オレと同じもの。

空を見上げ、叫びだしたい気分に襲われた。オレがオレだと思っていたものは何もかも、他人に作られたものだった。何もかもが。なら、オレはなんなんだ?ニンジャスレイヤーを殺すためだけに生み出されたオレは…

「ユウジ。君の聞きたいことはこれで全てだろう?なら、部屋に戻って眠りなさい。眠ったら、悪いことは全て忘れているから」「…いや、もう一つ聞きたいことが出来た。オレはヴィンディクティブなんだろう。なら、なんでオレをユウジと呼ぶ」親父は少しだけ目を瞑り、口を開く。「息子だよ」

「私の息子、ユウジ。君のニンジャソウルは、ユウジから提供されたものなんだ」「は?」「だから、君はユウジなんだ。私の息子同然なんだ」親父は親愛を込めた声色でそう言った。だが、オレには理解できなかった。目の前にいる男が気味が悪くて仕方がなかった。

「…親に向かってなんだその目は」親父は突然機嫌が悪そうな顔になりスーツがマーブルめいた色合いのニンジャ装束に変わる。「イヤーッ!」「グワーッ!」突然頭上から2人のニンジャスレイヤーがオレを押さえつけてきた。

「チッ!…ッ!?」全身を海水に変えて拘束から脱しようとするも、出来ない。全身が痺れ、頭の中がぼやける。「ようやく、効いてきたようだね」親父が俺の目の前に携帯灰皿を見せつける。「あのタバコ…毒の煙か!」「全部吸わないと麻痺しないなんて、改良が必要だと報告しなくちゃね」

親父は膝を着いて、オレの顔を覗き込んでくる。「ユウジ、反抗期は家庭内不和の原因だよ。だから大人しくお父さんの言うことを聞いてくれ」「ふざけるな!オレはアンタの息子じゃない!アンタの本当の息子はアンタがヨロシサンに生贄に捧げたんだろうが!」「ダマラッシェー!」

「息子が親に説教をするなーッ!」「グワーッ!グワーッ!グワーッ」親父は何度もオレの顔を踏んできた。メンポを着けていてもわかる激怒の表情。だけど、踏むのをやめた途端、親父は泣き出した。「だって!だってユウジはまだ7歳なんだぞ!」

「7歳の子供がニンジャソウルに憑依されて力に振り回されないわけがない!私も殺されかけた!いずれあの子は誰かを殺し始める!そうなったらフジキドがやってくる!無惨に殺される!だったらヨロシサンの目指す理想ヨロシ社会の礎になるほうが幸せでしょうがッ!」

親父は一息にそう言うと、ポケットティッシュを取り出して鼻をかんだ。それからも「理想ヨロシ社会が」だの「ユウジ」だの呟き続けながら泣いていた。それで、ようやくオレは、シェンを、スダという男のことをわかった気がした。

スダは、病んでいた。ヨロシサンの掲げる理想ヨロシ社会と、父親の立場の板挟みになり、ヨロシサンに魂を売った。そして、俺の事を死なせた子供の代わりにして、精神の均衡を保っている。それが、シェンという父親の役目を放棄したヨロシサンのニンジャの正体だった。

「…ユウジ、眠りなさい」親父は懐から注射器を取り出し、オレに打たんとする。「大丈夫。君がいつも起きた時に飲んでる記憶を調整するための薬だよ。起きて眠ったらいつもの朝が来るから…」「それを聞いてはいそうですかなんて言えるか!離せニセモノども!」暴れるが、更にフジキドが増える。

親父はオレの腕に注射針を刺すと、中身を注射した。「大丈夫。私が守ってあげるから…だから、今はお休み」「クソッ…意識が…」何とか、ジツ…を…

◆◆◆

ベッドの上で、目を覚ます。いつもの朝、いつものカーテンから漏れるネオンの光。頭の中にかかった霞はない。ベッド横のテーブルに置いてあるヨロシサンの頭痛薬を見て、薙ぎ払う。窓を開け飛び出した。

「出てこい!シェン=サン!」オレがそう言った瞬間、外を出歩く全ての人々が目を見開いて、俺を凝視した。「「「ありえない…」」」人々は異口同音にそう話す。「「「注射は打った。記憶は消えたはずだ」」」「あれか?」喉の奥から、液体の塊を吐き出した。

「打たれた場所だけを何とか海水で包んで、体の中に入らない様にしたらどうにかできたようだ」人々が、町の姿が解け、オレの周囲は廃墟に戻った。ビルとビルの隙間から、親父が姿を現した。

「ユウジ、やめなさい。ヨロシサンに逆らって生きていけるわけがない。ここで、私と一緒に…」「何度も言わせるな」オレは、親父の言葉を遮った。「オレはアンタの息子じゃない」「黙れ!黙れ!黙れ!お前はユウジだ!私の息子だ!子供が親の命令に逆らうな!」辺りの景色が歪む。

「それに、オレは復讐鬼でもなかった。この復讐心は偽物で、復讐する理由もない」辺りが夜のネオサイタマになり、重金属酸性雨が降り始める。「オレは、ヴィンディクティブでもないし、ユウジでもない」ニンジャスレイヤーが一体。「なら、オレはなんなのか?オレがオレだと思うものは何か?」

ニンジャスレイヤーが二体。「今のアンタや、ヨロシサンだのアマクダリだののあれこれを見聞きして、わかったんだ」三体になり、奴らはカラテを構えた。「アンタらの何もかもが気に食わない。オレを、アンタらのしがらみだの野望だのに巻き込むな」それだ。それから始めるんだ。オレを。

「やれ!ニンジャスレイヤーどもぉ!悪い子にはお仕置きだ!逆らう気がなくなるまでカラテで分からせてやる!」「「「イヤーッ!」」」親父のメンポの端から漏れた唾液の泡が地面に落ちた瞬間、奴らが一斉に飛び込んでくる。

「アンタらの着けた名前はいらない。オレの名前は、オレが決める」オレはオジギし、アイサツをした。「ドーモ、シェン=サン。偽物ニンジャスレイヤーの皆さん。リバティーです」

オレは、自由になってやる。もう、まやかしはいらない。


「セブン・デイズ・オブ・リベンジ、ワン・モーメント・オブ・フリーダム」#3 終わり。 #4&エピローグ に続く