一人の女性がエンジニアになるまで
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一人の女性がエンジニアになるまで

あすかるろす

あすかるろすです。トロントでFullstack Developerとして働いています。
まだエンジニア歴が浅いので私が書くのもおこがましいかなと思いつつ、色んな人がエンジニアになった経緯を読んで、このムーブメントにエンパワーされているので、還元したいと思って書いています。

コードにたどり着くまでが長すぎて、私とジェンダー、みたいな文になっています。子供時代はサッカーばっかしてて、通信制高校いって、大学で英語学んで卒業後海外行ってからやっと初めてコード触ってエンジニアになった人もいるよ、という例です。

誕生〜保育園

愛知県犬山市で生まれ。一人っ子で、外で遊ぶのが好きでした。母曰く、ある日いやいや着てったオーバーオールを保育士さんに褒められてから「女の子らしい」格好をしなくなって、ショートヘアがいい!っていい出したらしい。

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小学校

2年生から近所の友達の誘いで地元の少年団でサッカーを始める。服装はほぼ常にジャージで仲いい子はほとんど男の子で、野球、サッカー、どろけい、あておになど、ほぼ外で遊んでいた。身長が高くて運動神経がよかったのでそれが自慢だった。

普段の生活してて女の子だと思われたことの方が少なかったけれど、一度サッカーの試合中、相手チームの子に「女子なんかに負けんな!」って言われて試合後に泣いたのは覚えている。でも、サッカーは基本実力主義で、上手ければ男女関係なく優劣がつくし、得点決めるのが好きだった。それから、男の子に間違われた方が都合がいいってなんとなく感じていたので、なぜ他の女子が「女の子らしく」しているのか理解不能だった。髪伸ばしてスカートはいたら女ってばれる、バレても何もいいことないのに、って。今考えるともうこの時点で社会からの男女差別思考の影響を受けていたのだろうけど、きっとこの時男の子として扱われた経験があるからこそ、女子の扱いの理不尽さが後々、より一層わかったのだと思う。

4年生で地域のトレセンに受かって、女子だから受かったみたいなこと言われまくり、もっとうまくなりたいと母に話して、母が名古屋FCレディースという最強女子チームを見つけてくれて電車で通い始める。そこは女の子しかいないのにそこらの男子チームより全然強くて、(一度地元の少年団と対戦したけどほぼ全学年大差で勝利した)しかも私みたいに男子チームで一人でやってきた子たちが愛知県内や三重から集まっていて、そこでエースとして活躍できて全国大会準優勝とかして幸せだったし常に自信に溢れていた。

ゲームは64が大好きで、スマブラ、牧場物語、どうぶつの森、風来のシレン、星のカービイをよくやってた。パソコンでは旗のゲーム(Aoiさんのを見て思い出した)、ケンチャコ大冒険、サンリオタイニーパークや百均で買った色んなゲームをWindowsでやってた。英語は週に一回習っていて発音をよく褒められていたので好きだった。

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中学

今までジャージを着て、女子であることを隠してできる限り男として生きてきたのに、突然制服でスカートを履くことを強制される。本当に嫌だったし、制服チェックされたり股を閉じろと言われたり「お前男の真似してかっこいいとでも思ってんのか」と言われたり、教師陣とのいい思い出はほぼない。とはいえ途中からは諦めてたし慣れてきてた。サッカーは三重県の伊賀FCくのいちの下部組織に所属して、親が毎週練習のために送迎をしてくれていた。

全国大会出場したしU-15ナショナルトレセンも選ばれていた。自分が強めの選手なのは知っていたけど、チームメイトが代表に選ばれる中自分は落選してショックを受けてて、ずっと自分は彼女たちに比べてなんてダメなんだみたいなことを考え続けていた。私は精神的に弱いし努力もしていないし頭も悪いし親にいくらお金と時間使わせているんだ結果を残さなくては、みたいなことをずーーーっと考えていた。英語が好きだったのでもうサッカーを辞めて公立の英語に強い高校に進学したいという気持ちもありつつ、親もここまで頑張ってくれたし、もしかしたらもうちょっと続けたらサッカー好きな気持ち取り戻せるかも、って考えて宮城の全国最強のサッカー部のある高校に進学する。

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勉強の成績は全体的に良かったけど親から「あなたは数学が苦手」とよく言われていて、もともと苦手意識は無かったけどもしかして苦手なのかな?って思い始めたのは覚えている。パソコンは小学生の頃と比べると触ってないけど、botに英語で喋りかけるチャットゲーム?をしていた。相手の言っている意味がわからず全然会話になっていなかったけど、すぐに英文が返ってきて会話っぽくなってるのが嬉しかった。

高校

入学後、早起きして学校前に朝練、学校終わりに夜遅くまで練習、帰宅して即就寝、オフは平日週に一日、長期休暇は合宿や試合、日本代表クラスの選手に囲まれてサッカー漬けの毎日はサッカー大好き!な人にはたまらないのだろうが、「もしかしてもう少しサッカー続けたら好きになれるかな」と思っていて、燃え尽き症候群を既に起こしている人には本当に地獄で、親に泣いて頼んで辞めさせてくれとお願いして、入学後2ヶ月半で退学する。

実家に帰宅後は金銭面でも時間面でもいくら私に注いでくれたのかわからないのに期待を裏切ってしまった申し訳無さと本当に今後サッカー無しで何をしていいかわからなさから引きこもりっぽくなる。私立の高校から公立への途中での転校は欠員が無い限りできないので、一年遅らせて再受験するか、今からでも遅れず卒業できる通信制高校を選ぶことになり、通信制高校に進学する。

通信制高校の環境は本当に良かった。同年代の子はむしろ少ない状況で、様々な事情で高卒資格が取れなかった人が来ていて、70代のクラスメイトとかがいる状況は本当に楽しかったし、それまで私は人をサッカーが上手いか上手くないかで判断していたので、「サッカーの上手さ」以外にこんなにも人の魅力を測るスケールがあるのか!みたいな驚きと発見があった。今でも親友の子たちにも会えた。レールから外れて生きているのは寂しいという気持ちもありつつも、自分をそのまま受け入れてくれる場所があるのは本当にありがたかった。

この頃から何故かオオカミに惹かれる。オオカミの研究者 => 獣医学を学びたいと思う。でも数学が苦手だと思ったし、英語が好きだったので自然と文系を選んだ。英語を学んだ後に野生動物学を学ぼう、ヨーロッパに留学して、ノルウェーにあるオオカミに触れる動物園にも行ってみたい!という思いで大学受験、できれば公立を目指すことを決意。通信制高校の勉強は全く受験対策にならないので、家庭教師をしてもらったり、予備校のコースを取ったりしたけれど、全科目の自習は大変だったしやはり数学にはつまづいてて、英語での私立推薦入学に絞って対策する。英検2級を持っている人用の推薦入学に合格して、私立の外語大に進学。私の代で大学へ進学したのは私一人だったはず。(他の代ではいたけど)

大学

大学の生活は新たに色んな人に会えて楽しかった。英語を専攻して、アイルランドに交換留学して、念願のノルウェーのPolar Parkにオオカミ触りに行ったり。留学後は絶対日本を出て海外で就職してやる!と決意して4年生になっても就活はせず、ファッションに関わる仕事に就きたかったので定時制のファッションスクール、翻訳バイト、卒論、通常の授業の4つを並行していた。でも、3ヶ月経ったくらいで...あれ、私絵下手だし意外とセンス無いぞ!?しかも結局卒業しても英語使えるなら新卒でファッション系の商社とかに就職する方が待遇的にもいいかもよ、ってスクールの講師に言われて考え直し、日本で新卒で働く経験を人生で一回しておくのも悪くないかもな、と思って1~2年で辞めることを前提にスクールとバイトをやめて就活を始める。黒髪にそめてピアス外して黒スーツ着てヒール履いて、みたいなのも嫌だったけど全部ちゃんとやって、ファッションとは関係ないけど日本のエンジニアリング会社の翻訳者として内定をもらう。

就職

新卒就職の経験としては、そんなに悪くなかった。残業は他の卒業生と比べると少なそうだし、仕事はそこまで難しくないし、英語学べるし、同期は仲良しだし、企業から守られている感じがあって、全然このまましばらく働いてでも悪くないなと思えた。

ただ、会社全体の男女比率は9:1で、女性に対する扱いはひどかった。「あそこの部署の新入社員美人らしいぞ、かるろすも頑張らなきゃな」(何を?)飲み会で「申し訳ないけどお偉いさんが喜ぶから隣に座ってやってくれない?」(なぜ?)「女子は残業しなくていいよな」(上が女性は戦力と思ってないからだろ、そしてお前らも帰りたいなら帰れよ)みたいなことはよくあって、更に一度"技術発表会”で、仕事量が多くない事務の女性たちを集めて支所のアイドルを結成、彼女たちに本業と兼務で工場の案内係をしてもらうことにしました。新入社員も今後は女性だけ研修という名目で一定期間アイドルになってもらいます。というのを聞いたときは怒りで全身が震えた(今書いてても震える)。とともに、企業への信頼はゼロになった。

約2年働いた辺りでカナダに行けるアテがついたので退職。もったいない〜みたいなこと言われたし、当時はもしかしてもったいなかったかなとか思ってたけど今考えると本当辞めてよかった。

カナダ

カナダ到着後、ラッキーで仕事が見つかったが、単純作業だったし全然やりがいを見いだせないときにこのゆかさんの記事を見つける。

フルタイムの仕事と並行してコーディングを始める。意外とプログラミング面白いじゃん、って思ってブートキャンプに参加、必死で就活して就職し、今に至る。私のキャリアチェンジの詳細はこちら↓

就活中に会った人から「女性は今、就職優遇されているからいいよね」(いやなぜ優遇されてるかを考えろよ)みたいなことはありつつ、今の職場ではチームで女性は一人だけど女性だから〜みたいなことはほぼ言われたことはない(とはいえジェンダーのトピックをきちんと話したこともないが)。チームリード自身も移民で、D&Iに理解がある人だからかな、とは思う。


エンジニアになってから

現在約1年半エンジニアとして働いた。いい面も悪い面もあるけれど、いい面の方が総合的に勝っていると思う。そして今こちらのdiscordで海外で働きたい人たちのサポートをさせてもらっている。

女性エンジニアはトロントでも少ないけど、それは社会で問題として認識されているし、Bridge School(indefinetely closed)とかCanada Learning CodeとかWomen Who Codeとか女性やマイノリティ支援のための活動があって助かっているので、私も、日本の男女差別・マイノリティ差別の構造から逃げたい、もしくは戦いたい、と思っている人に協力したい。エンジニアになると、男性に囲まれるので男女差別を経験する、もしくはそれを感じる割合は増えるけれど、コーディングは面白いしエンジニアの面白い女性たちに出会えるし、どこでもやっていけるスキルになるし、続けてるときっといいことあるよ!

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ブートキャンプ同期たち

まとめ

コーディングにたどり着くまで長かったけど、結局きちんとコーディングを初めたのは私が24歳、職に就いたのは25歳のときでした。まさかプログラミングをやるとは思ってもみなかったけど、英語とプログラミングを身に着けたことは私が人生で学んだスキルの中で最も良かったことです。理系専攻しても英語は身につけられるし、文系専攻してもプログラミングは身につけられる。でも、あなたがもし、女性で、なんとなく文系を選択しようとしている、もしくは娘がなんとなく文系を選択しようとしているなら、ちょっと立ち止まって考えて欲しい。その選択は、他の誰かに流されてないですか?個人的にはちょっとでも理系に興味があれば理系の専攻を全力でおすすめします。その後の人生の選択肢の広がり方が全然違います。(そしてちょっとでも興味があってできそうならば、海外の大学進学もおすすめします。)

プログラミングも、英語も、いつ始めても全然遅くないです。私と同じように悩んでいる誰かの選択の助けになれば嬉しいです。

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