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言葉で訪ねる『音チャン』の世界第6号~映像編その1

0はじめに

こんにちは、夢水です。
すっかりお久しぶりの更新になってしまいましたが、今回も、前回までと引き続き、「言葉で訪ねる『音ちゃん』の世界」ということで、1ヶ月あまり前に公開されたラジオドラマ、『音ちゃん』の製作に携わった方々にお話しを伺っていきます。
前回までは、音楽のお話やシナリオのお話が中心となりましたが、今回からは、ラジオドラマの製作でもう一つの重要な柱となったイラストや映像に関することを掘り下げていきます。
今回お話を伺ったのは、主に『音ちゃん』の製作でイラストを担当された奈良野理生(ナラノリオ)さんです。奈良野さんには、主人公の伊呂波咲聯くんの幼少期を演じていただいたり、『命の音色』のリモート合唱のモデル音源で歌っていただいたりと、様々な方面で関わってくださいましたので、イラスト以外のお話も合わせてお楽しみください。


1 作者と奈良野さんとの関係

私と奈良野さんとは、このラジオドラマ企画を通して一緒にお仕事をすることが多くなり、それまではほとんど面識はありませんでした。奈良野さんは、『あなたが主役のワンカット』からイラスト担当として加わっていただきました。また、『アップデート』では、役作りが難しいヤンキー系女子、冬野柚月(トウノユヅキ)を演じていただき、一躍注目を集めました。
私にとって奈良野さんは、同じく創作活動をしている仲間であり、イラストと脚本という二つの柱を通して、ストーリー全体を色づけ合うことのできる大切な存在であると考えており、今回で3回目のコラボで非常に良いものができたと感じています。


2 キャラクターデザインの作り方

まず、キャラクターデザインについてお話を伺っていきます。詳しいお話に入る前に、そもそも奈良野さんはどのような手順でキャラクターデザインの案を考えていくのでしょうか。奈良野さんは、「私はキャラクターを考える時、セリフや他のキャラクターとの関係性から大まかな容姿の案をいくつか決め、その後役者さんの演技や脚本さんの追加説明を受けて表情や服装などの細かい部分を考えていきます。 (奈良野)」と説明してくださいました。
短絡的に考えれば、台詞や簡単な性格の説明だけで、キャラクターデザインというものは思い浮かびそうなものかもしれません。しかし、キャラクターデザインや場面イラストを描くためには、細かい情景描写や表情の説明、さらには彼らの背負った物語などの要素といった情報の詳しい説明が大切なのだということを、この企画で奈良野さんとお話をすりあわせる中で、私は学びました。奈良野さんは、「この人は具体的にどのような表情をしていると思いますか?」とか、「このとき、このキャラクターはどんなことを考えていたか知りたいです。」などといった質問を、私のみならず役者さんや監督さんにもたくさんしてくださいます。そのたびに私は、自分が言葉だけで描写を書いているためか、表情や情景に気を配っていなかったり、オブラートな表現でしか書いていなかったりすることに気づかされます。そこで改めて、脚本に描かれた言葉を意識化して具体的にお伝えするという作業が発生します。これはキャラクターデザインを作ってくださった奈良野さんのためだけでなく、脚本を書いた私が改めて作品を見直し、よりよいものにしていくためでもあり、とても楽しい作業です。大事なことは、わからないことをわからないままにしないことなのです。


3 苦労したキャラクターデザイン

前置きが長くなりましたが、具体的な話を伺っていきます。『音ちゃん』のキャラクターというのは、皆それぞれ複雑な物語を背負っているため、どのキャラも絵に表すのは難しいでしょう。では、どのキャラクターデザインが一番難しかったのでしょうか。奈良野さんは、「ズバリ、物語の中心人物である音ちゃんの育ての親であり、音ちゃんを含めた幼馴染3人と音楽的な繋がりを持つ指揮音拓斗先生です。 (奈良野)」と答えてくださいました。ではどのようなプロセスで、デザインを作っていったのか、お話を聞いてみましょう。

「…拓斗先生について考える上で最も大切にしたかったのは彼の抱えてきた『想い』です。人は人生を変えるような大きな経験をすると表情や顔つきが変わると私は思います。拓斗先生は『音ちゃんを音の世界に閉じ込めてしまったのは自分だ』という強い負い目を感じています。彼は基本的に感情の起伏が緩やかで、穏やかな性格です。その優しい笑顔の裏に、底知れない「闇」を表現したかったのです。しかし、脚本には彼の思いについてのヒントが少なく、イメージを形成するのに非常に苦労しました。
結局、十分にイメージがないまま和音さん(拓斗先生役)の演技を聞きました。それまでは頭を抱えていましたが、声を聴いたとき『あ!これだ!』とアイデアが降ってきました。この企画では、イラストを参考に演技をしてもらうということが難しいため、演者の皆さんの演技が絵の多くの部分を支えています。
これまでのデザインではこのように長時間悩んでも全くイメージが出てこないという経験はなかったので、物語に関わっている全ての方の力を借りて制作したキャラクターとして非常に印象に残っています。 (奈良野)」

拓斗先生については、奈良野さんのおっしゃるとおり、脚本ではっきりと彼の素性が描かれることが少なく、はっきり言って悪役のような立場に置かれてしまっています。しかし、彼には彼の背負った物語が隠されています。しかし、あくまで「隠されている」だけであって、それをどのように表現するかということを、私は脚本で規定していませんでした。
ここで面白いのは、キャラクターデザインのアイデアを補填する役者さんの方の演技の力です。
上記で、脚本とデザインの関係については触れましたが、キャラクターデザインというものには、やはり声が重要な要素を占めるのだという面白い発見があります。つまり、視覚的なものを作るためには、視覚的な情報だけではだめで、音や声に訴えることで初めて良い者ができるという、視覚と聴覚を越境することでできる芸術が産まれると考えることができるでしょう。物語そのものにヒントがなくても、作品に命が吹き込まれることで、境界線が崩れて霧が晴れていくのですね。


4 場面イラストについて

この『音ちゃん』を含め、ラジオドラマでは、場面ごとに映像が変わっていきます。その場面ごとの映像を場面イラストと呼んでおり、次にその話を伺っていきたいと思います。
私たちは、役者さんも脚本も監督さんも、みんな一緒になって、どんな場面イラストにしたいか意見を出し合うという機会を設けています。その中でたくさんの意見が集まって場面イラストが選定されました。では、その選定作業で難しかったのはどんなことだったのでしょうか。奈良野さんは、次のように答えてくださいました。

「最も苦労した点は、イラストの原案がたくさん出たことです。今回は参加者の方に『台本の中で好きなシーンや視聴者に注目してほしいシーンはどこですか?』という質問をし、場面カットの募集をしました。この時点では台本のみが配られていたのですが、約15もの意見が集まりました。想定よりも多くの意見に驚くと同時に、参加者の皆さんがそれだけこの作品の事を考えてくれているのだと思うととても嬉しかったです。しかし、それ故にどの意見も実現したいという思いでいっぱいでした。私が一番気に入っているのは一番初めに出てくる幼馴染3人のイラストです。このシーンは純粋に、何の疑いもなく3人が約束を交わすシーンです。イラストを描いていると、そのキャラクターは今何を考えているのだろうとつい考えてしまう私にとっては非常に難しいシーンでもありました。 (奈良野)」

このお話からも、イラストやデザインというのは、様々な人たちの小さなアイデアやつぶやきという絵の具によって描かれているのだということがよくわかります。幼なじみが約束を交わす最初のシーンは、連載記事で何度も触れてきましたが、仮にもプロローグのシーンであるにもかかわらず、最も評価が高く、また最も演出の難しいシーンの一つなのです。
ちなみに、たくさんのアイデアが出たということは、どうしても没になったシーンもあります。では、どのようなシーンが没になったのでしょうか。

 「…没になったシーンは聯が夏樹にホットチョコレートを渡すシーン、音ちゃんと聯の練習シーン、最後に皆で合唱をするシーンです。それぞれ異なる事情で却下となってしまいましたが、皆で合唱をするシーンは私の画力の関係で描くことができなかったので、今でもいつか描きたいイラストの一つです。 (奈良野)」

この、場面イラストを映像に載せる編集のお話は、次回で詳しく取りあげます。


5 駅ピアノのデザイン

今回、製作する中で最も議論になったことの一つに、駅ピアノをどのように描くかという問題がありました。
実は、脚本を書いた私自身、駅ピアノを触ったことがほとんどなく、想像上の駅ピアノをお話の中で描いてきました。それはそれで面白いのですが、やはり想像では限界があります。具体的にどんな種類でどんな色味の駅ピアノなのかということははっきりさせておく必要がありました。そのことに特に注目してくださったのが奈良野さんでした。そのときに考えたことについて、次のように話してくださいました。

 「普段人物を描いてばかりなので、ピアノを描くこと自体が大きな挑戦でした。また、私も夢水さんと同じく、駅ピアノに触れたことがなかったので、ネットで調べた後、夢水さん、げんさんなどに意見をいただき、描くという流れでした。本当に新しいことだらけで、沢山失敗しました。今回のイラストの中で最も苦労した作品だと思います(笑)。
駅ピアノのデザインで大切にしたかったのは、登場人物との関係と時間の経過です。元は象牙色の美しいピアノですが、現在は劣化し、ところどころ変色しています。これは、かつては音楽を純粋に楽しんでいたが、成長と共に思いが変化してしまった登場人物たちの心情とも一致している部分があるように感じられます。このようなことを意識しながらデザインを行いました。世界観を大切にし、物語の裏側を考えながら描くのもとても楽しかったです。 (奈良野)」

製作段階で議論をしたことは、上記で私が書いたように、色味やピアノの種類、大きさや置かれている場所などの話でした。なぜなら、それによって監督さんの編集のしかたも変わってくるからです。しかし、デザインを作っていく段階で、奈良野さんはこのピアノそれ自体が物語の世界観を投影する存在として重要だということを表してくださいました。
どのような捉え方をするかは別として、駅ピアノと音ちゃんとは切っても切れない関係にあり、音ちゃんは駅ピアノの一部だと考えられなくもありません。だからこそ、音楽が純粋に「音を楽しむもの」とだけ考えていればよかった音ちゃんが、いつの間にか「白と黒の毛を持った怪物」としてピアノを描写するようになったという関係が、絵として表されている奈良野さんのデザインはとても美しいと感じています。


6 聯の幼少期の演技について

さて、ここまではキャラクターデザインやイラストについての話ばかりでしたが、奈良野さんには、主人公の聯くんの幼少期も担当いただきましたので、そのことについても簡単に伺いました。

「まずは小学生男子を演じるということが初めてで悩みました。小学生くらいの男の子は元気で勢いがあるイメージでしたので、自分とは似ている部分が少ないので、イメージと理想を引っ張り出して頑張って演じました。
 た、この頃の聯くんは素直で純粋です。自分は様々な事を考えてから演技の方向性を決めることが多かったので、まっすぐに思ったことを言い放つというのは難しく感じました。ですが、私は以前からアニメなどを見ていて男の子を演じることには憧れを抱いていました。この役をいただいた時も、とても嬉しかったことを思い出し、その時の純粋な気持ちをそのままに、まっすぐ演じました。最終的には自分の理想とする聯君を形にすることができてとても満足しています。 (奈良野)」

しつこいようですが、幼少期の聯くんが出てくるのは、幼なじみ3人が約束を交わす愛らしくも切ないシーンです。ここで聯くんは純粋に思ったことを口にして、極めつけとしてピアノをたたいてしまいます。子どもの頃に持っていた、何をしても「ごめんなさい。」と謝れば許されていた素直な感情を、率直に表してくださった奈良野さんの演技は素晴らしく、奈良野さんに演じていただいて正解だと感じています。


7 リモート合唱のモデル音源について

もう一つ、奈良野さんに活躍していただいたのは、『命の音色』のリモート合唱のためのモデル音源で、ソプラノとアルトのパートを歌っていただいたことです。モデル音源ということで非常にプレッシャーを感じながら歌うことになってしまったかもしれませんが、そのときのことについて次のように話してくださいました。

「今回、私はアルトとソプラノパートを担当しました。大変だったことは、短期間で2パートの音を頭に入れて歌わなければならなかったことです。楽譜とメロディーのサンプルを頼りにひたすら練習していた時は、時間ばかりが過ぎていくようで心が折れそうにもなりました(笑)。
最も意識したことは、私も合唱参加者の一人として視聴者の方に聞いてもらえるような音源にすることです。今回私が担当したのは、キャストの皆さんが練習するための音源です。ですが、全員がリモートで収録するということだったので、少しでもイメージが持ちやすいように、モチベーションが上がるように気を付けました。ただ音をなぞるのではなく、強弱や歌詞の意味にも注意しつつ、歌いました。 (奈良野)」

8 お気に入りの画像やイラストについて

最後にこの作品に関わるイラストの中で奈良野さんがお気に入りのものを伺いました。皆さん、この記事の見出し画像にご注目ください!

「本編の話の都合上、採用できなかったイラストがあるので、ここで紹介します!
 このイラストは台本が配られて数時間後、ストーリーを読んだ印象をそのまま描いたものです。最初に台本を読んだ時、『音ちゃんを描きたい!』と強く思いました。その理由は、素晴らしい才を持ち、皆に愛されていたものの、その才能故に音楽の世界に閉じ込められてしまった彼女が美しいと思ったからです。これは、そんな音ちゃんが命を絶つ瞬間の心情をイメージしたものです。背景は曇った空と白と黒のまだらの鍵盤があちこちにちりばめられています。音ちゃんはそんな空間で一人首を傾げ、大きく目を見開いて無に近い虚ろな表情をしています。頬を伝う大粒の涙は後悔か自己嫌悪か・・・。彼女には抱え切れない感情が渦巻いていたのだと思います。そして彼女の手と首には透明な糸がまかれ、その糸は上から吊るされています。胸にはひびが入っていて、それは根のように広がっているように描かれています。
このイラストは、音ちゃんが音楽を極めて行くうちに音に縛られ、操られていたかのような感覚に陥っていたことを表現しています。最後には音ちゃんは幸せになっていますが、報われなかった生前の彼女も作品の大事なパーツだと思うので、このような形で皆さんに紹介することができてうれしく思います。 (奈良野)」

このお話は、脚本を書いたはずの私にとっても非常に刺激的なイラストです。本編には描かれない貴重なエピソードになっていますが、いずれこのお話を私がノベライズ化する際には、絶対に使わせていただきたいエピソードであり、イラストになりました。
今回奈良野さんのお話を伺う中で私が感じたのは、ラジオドラマも含めて、このようなコンテンツを作るときには、自分一人でアイデアを探すよりも、作っていく内に降ってくるアイデアによって作品が更にきらめいていくということです。これは私にとっても新たな発見であり、今後も小説のような自分だけで完結する作品にプラスした「みんなで作る作品」を作る楽しみが増えました。


9 おわりに

以上で、奈良野さんに伺った、「言葉で訪ねる『音ちゃん』の世界」のお話は終了です。これをお読みいただき、ぜひイラストにも注目しながら、改めて本編をご覧いただくのがおすすめです。
さて、次回がいよいよこの連載記事の最終号です。次回は、今回取りあげたキャラクターデザインや場面イラストを映像の形でラジオドラマを編集してくださったゆうみさんにお話を伺いますので、どうぞお楽しみに。
それでは今日はこの辺で。いい夢見てね。

本記事の執筆協力者:奈良野理生

『音ちゃん』をご覧になっていない方はこちら:
https://youtu.be/NiT7dBL7vII

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