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デジタリアンの晩餐 - 小室哲哉とは何をした人なのか

はい、久しぶりの音楽話です。またかいという話ですが、逃れられぬルーツであるところの小室哲哉の話です。
……ちなみに今現在そんなに熱心に復活TMを聴いているかというと実はほとんどノータッチで、もっと色々な景色を見たがったので結果的に小室哲哉を追いかける頻度はほとんどなくなったりしています。この理由は対となる「デジタリアンの大斎 - 小室哲哉という凡人について」という話で触れていくことになるかなと思います。

方針としては今聴いてほしいよく知られてる3曲とあまり知られていない3曲を主として抜粋していこうと思います。そのほか参考曲の抜粋があると思います。
但し、このエントリでオススメしたいものではTM Network / TMNを意図的に避けています。避けないと全部TM Networkで終わるんです。

表オススメ

I Believe - 華原朋美

というわけでTM以降の小室哲哉がおそらくライフワークとしてしていた朋ちゃんの代表曲から。どうしてもこれであるべき理由がひとつあって……「小室哲哉のコーラスワーク」という点です。

ギョーカイ的な話ですが、TM以降は「カラオケの帝王」としてちやほやされた反面、「小室哲哉の曲は滅茶苦茶歌いづらい」という視点があります。プロデュースワークに重点を置いてから変化したこともあろうかと思うんですけど、実際に小室哲哉の曲、相当歌いづらいです。同志諸君は何度か思い知らされてると思うんですけど。……スジを戻します。I Believeともなれば勿論散々歌われた曲なのですが、この時代の小室哲哉に胸ぐらを掴まれて音楽の道を志した同志でこの曲のコーラスパートを歌えない人は居ません。断言します。嘘だろと思うならお近くのそういうおじさんにけしかけてみてください。モノマネつきでやってくれます。コーラスまで耳について離れないってもうどうかしてるんです、この曲。
有名なお話ですが、筋金入りの小室ファンがCD音源でI Believeのコーラスを披露してしまうという笑い話みたいな音源もあります。多分勝手にモノマネに寄ってると思うんですよねこれ。

僕個人の意見ですが「ポップセンス」というものは視聴者の主観的な視点でしかなく、「それがある」ということを信用していないのですが、「歌いづらいはずの曲を歌いやすいように聴かせる技術」に関して小室哲哉ほどやってのけた人も居ません。勿論90年代の日本の音楽産業が単細胞の仕業で複雑に見せかけ続けたせいで全ての事は結果論でしかないのですが、この忌まわしき音楽産業が小室哲哉のポップセンスをこの「歌いやすさ」で定義したのであれば、そうだったんだろうなと思います。
嫌味ったらしい言い方ですが、そうとしか言えません。だってこのコーラス、自分だって今やれって言われても歌えてしまうんです。モノマネ込みで。これをポップセンスと言わなかったら一体何だってんですか。

ちなみに散々ひどい声と揶揄されている小室哲哉の歌声ですが、これを言う人が全く気が付いていないほど小室哲哉のコーラスパートはあちこちで聴けます。特にTM時代の宇都宮隆/木根尚登の3声ではトゥーマッチ過ぎて意識しないと居ることに気が付かないほどです。だいたいウツの3度上にちゃんと居るので意識して聴いてみてください。コーラス向きの声なのが分かってもらえると思います。

本当なら裏オススメしたいんだけど朋ちゃんだらけにしても節操ないので外れた隠れた名曲があります。お願いだから紹介させて……。

TOGETHER NOW - JEAN MICHEL JARRE & TETSUYA "TK" KOMURO

'98 FIFA World cupのテーマソングです。

小室哲哉を揶揄するお約束の言葉として「レイヴ」と「ジャングル」がありますが、これに関しては僕は「揶揄されるべき」だと考えています。小室哲哉を超えてヨーロッパのダンスミュージックにたどり着いた同志はほぼ同じように考えているはずです。……でも、たまに出ちゃうんです。剥き出しの音楽マニアの小室哲哉が。

ちなみにJean Michel Jarreに関して。フランスの電子音楽家で、アカデミックのバックボーンがあるんだけどニューエイジ側から評価されるタイプの、冨田勲が好きな人は……「いやんなもん知っとるわ!」って話になるんですけどそりゃ。さも知っているように言ってますが、実際はこの前年にアルバムが出たタイミングで某キーボード雑誌の特集が組まれたのですごいシンセサイザープレイヤーとして知ってた、くらいまでが関の山です。

あくまで共作なのでどこがJMJのトラックでどこがTKのトラックかは怪しいのですが、恐らくビートの部分は総てTKでしょう……はい、正確にそういう気にもなれないんですけど思いっきりジャングル以降です。ビートが鳴った瞬間からボーカルが来るまでのまるで炙られているかのような熱量は「吉本のあん畜生のアレは何だったのか」と疑問を抱かずにはいられませんでした。

後期90年代って録音芸術史においてもちょっと特殊で、その気になって電子楽器をこねくり回せばビートの魔物が沸いてくるとんでもない時代だったんです。てっちゃん同様最前線にいたエレクトロニックミュージックを志す者の誰も彼もが涎を垂らしてジャングルにかぶりついてから、ダンスミュージックにおけるビートの在り方は激流というか、「じゃあこんなのどう?」「okじゃあこんなのもどう?」……と棒突っ込まれてかき回されているようなとんでもない状況でした。そんな時代にプロデュース業で「置きに行くTK」に多少疑問を覚え始めたところ、突然フロアミュージックの現在地点に踏み込もうとする「本気の小室哲哉」が出てきてしまったんです。

こういう突然本気を出す小室哲哉、TM以降にごくたまに見受けられます。Gaballとかtjmがそうですね。tjmの話は吉本のあん畜生のせいであとに回す理由があるのでGaballのご紹介を。

My Revolution - 渡辺美里

フェアユースなので、フェアユースなので何卒……いや、このバタくさいPV見たいじゃないですかこれ。

てっちゃんは曲書いただけ(アレンジは大村雅朗、松田聖子の編曲を受け持ち続けた大御所)、ではあるんですけどこの曲、若き日の小室哲哉が本気で取りに行って当てた曲という意味では売れっ子プロデューサーの原点みたいなところがあります……本人談のプロデューサーの原点は「V2」だと振り返っていたはずなんですけど、V2の話は……ホラ、まぁ……遺憾ですがあとになります。

楽理を追い詰めていった時に小室哲哉の象徴的なものは何なのか、という話になると全員が「転調」の話をします。これは間違いないんですけど、ここでは一般の諸氏が想像する「サビ半音」ではなく平行同主調……いきなり3度ズレる転調のお話で、これを歌謡曲にいきなり叩きつけた筆頭が小室哲哉だとよく言われています。当時は洋楽的、モータウン的と言われるタイプのコードワークなんですけど、こういう歌謡曲らしくなさと歌謡曲らしさをないまぜにしてくるあたりがコードワークの妙以上に小室哲哉らしさではあります。後にダンスミュージックを歌謡曲に捻じ込んでいく視点のフラット感もそうなんですけど、実際にやっていることの質が違うのでこういう実はブッ飛んでる部分は見逃されがちです。

他に名プロデューサー小室哲哉になる前に提供した隠れた名曲は結構あります。渡辺美里は人の輪もあるみたいで……ですけど小泉今日子とか宮沢りえとか観月ありさとか……My Revolutionを求められ続けてたとも証言してますがやっぱりてっちゃん面食いだったんじゃないですかね?

ここでも一瞬変な転調してるけどこちらは逆に実際はサビ半音です。2回上がるけど。

裏オススメ

ここからあまりトピックにならない名曲のピックアップとなります……いやそりゃ、あるでしょ。どんだけ入れ込んできちゃったと思ってるんですか我々。

Rescue me 奪回恋愛 - EUROGROOVE ft. 翆玲

まさか21世紀になってEUROGROOVEだの翠玲だのという名前が出てくるとは誰も思わめぇ。当時avexと組んでユーロダンスへのアプローチを試みたEUROGROOVEからのご紹介。
東京発のダンスミュージックを、って触れ込みでヨーロッパに叩きつけようとして……これですよ?正直に言うけどわかってもらう気ないでしょこんなベッタベタの歌謡曲。自分はこの曲小室哲哉の「歌謡ダンスミュージック」として大好きなのであって、これリズム隊補強してバッキバキに、とはならないんです。というよりRescue me自体はちゃんとユーロダンスとしてチューンされたダニー・ミノーグ版があって、UKイタリアで売るならこっちが正しいんです。

でもこれじゃあっちにもある凡百なそれで……17歳にも満たなかったささ少年はこれで夢だの希望だの見たんですけど、まぁ、売れなかったと思います。実際にプロジェクトは有耶無耶になりました。てっちゃん本人は「trf売れたご褒美に完全に趣味でやらせてもらった」とのことで。でもEUROGROOVEコンピレーションはCappellaとか協力してくれてたんだろうなって感じもするので何もかもだめではなかったと思うんだけどなあ……。
スジを戻します。というわけで完全にニッポン側を向いていなかったはずの企画で……このアジアン・ルーツミュージックですよ?勿論翆玲のルーツみたいな話もあって狙ってるモノはあるんだけど、ただひたすらにてっちゃん節が儚くて美しい。どうしてこんなアジア人が大喜びするだけのものを海外向けの顔してブン投げてしまうのか。(国内シングルカットあります。)逆にこれこそヨーロッパでバカ売れすべきだったんじゃないかなって思うんです。多摩生まれのバリバリの東京人の小室哲哉がここまでルーツ的にやってるって、そうないですよ?

ちなみに中国語版があります……ええい面倒なこと言うなこういうのは仕事でやつれた後自分のアナザールーツで歌うヤツの方が剥き出しになるんですよ。

U.K.PASSENGER (u.k.lap tecno mix) - TMN

なんか、もう……何事って感じなんですよこれ。さっきのヨーロッパ圏に歌謡曲ブン投げようとしてた小室哲哉は果たしてどこに行ったのか。コレぶっちゃけ今でも使えますよ。それはそれとして裏オススメはTMN解禁です。これ1曲だけなんですけど。で経緯がおそらくありまして。

TMNのリミックスアルバム、と言えばまずは「DRESS」って話になるんです。で、恐らくその影響が滅茶滅茶でかくて、じゃあ自分でもリミックスしていこうって言うのが表向きのコンセプトなんだと思うんです……でも僕の邪推では単にシンクラビアのオペレーション覚えたかったんだと思います。理由は後述。
で、曲の方に戻ります。元のバージョンは「GORILLA」収録、TMの中ではファンクネスに振っていくためにブラックミュージックに漸近しているアルバムなんだけど、その中でじゃあラップ入れようか、なんか六本木でラップ出来るってあんちゃん居ますよ、じゃあそいつら連れて来ましょう、って話になってのこれです。

4:30くらいからラップ入り始めます。これも86年の曲にしてはいかついビートけしかけてきますね。で、これMC以外一切合切剥がして……93年でこれって滅茶滅茶いかついです。TKのテクノハウス史で追いかけてもこれほどバッキバキって多分ないと思うんですよね……もちろん時代ごとのバイアスあっての、ですけど。ささ少年もブッ飛んで「これ5分くれよ!」ってなった記憶があります。今でもほしいです。はよ。この黎明期の本当に日本にレイヴが来る前の小室哲哉のダンスミュージックって本当に最前線なんです。若さで出来ることなのかもしれないですけど。

ちなみに話のオチなんですけど、このラップ、MASSIVE ATTACKです。なんで「六本木のあんちゃん」だったのかの経緯はwikipediaにも書いてあります。そりゃうめぇわこのラップ。

サリエリのテーマ - Tetsuya Komuro

ではダンスミュージックから離れます。当時ヒットした福山庸治の漫画「マドモアゼル・モーツァルト」をミュージカルにしたそれの劇伴をサントラにして……って話はぶっちゃけこの曲に関してはもうどうでもいいんです。それが必要ならサブスクリプションで聴いてください。今からしたい話とは全く関係がないです。
最初に小室哲哉のポップセンスの話をしました。そこに帰ります。僕はこの曲に小室哲哉のポップセンス、メロディメイカーとしての真価のすべてが詰まっていると思います。それ以上言いたくないんです。こんなに美しい曲が目の前にあるのに何を言えばいいんでしょう。……では済ましてくれないのが音楽レビューです。悲しい行為です。
よく人の音楽を評価するときに「何もしていない」という言い方をします。さすがに本当に何もしていないんじゃなくて、一番前に出てくるべきものをすべて手癖で振り回して、それ以外のすべては脇役として目立たないようにする、みたいな曲、結構あると思うんですけど、そういう時によく言います。目立たないように、と言っても音量はちゃんと出てないと現代の録音芸術にならないのでちゃんと他の音は出てるんですけど。じゃあ目立たないようにするにはどうするかというと、決まった動きから出ないようにするだけです。ピアノ以外は淡々とループから動かずに、舞台の中央でピアノだけがすべてを支配している、そんな曲です。最初に「ポップセンスとはオーディエンスの主観」とも言いました。メロディメイカーなんて言い方もそうです。それでもメロディメイカーの真価がここにあるんだ、と確信させるんだとしたらその理由は脇役がどう主役を見せているか、なんじゃないでしょうか?

最後に整理体操を。すべての鍵盤弾きはどうあがこうとピアノという魔性の楽器と向き合うことになります。最近はてっちゃんのピアノもすっかり覇気がないというか、元々ピアノに関しては木根さんの方が多分巧いと思うんですけど、そんな小室哲哉のピアノを抜粋してゆっくりと地に足をつけてこの話を閉じられたらなと思います。

TM期のピアノといえばこれ。ソロではないんだけど、これ即興とのことです。

映画「ぼくらの七日間戦争」サントラより。これもソロじゃないんだけど、「もののあはれあってこそ」から離れて多幸感のあるピアノ曲を紹介したいなと思うとこれかなって。ちょっとアウトテイク的な話をすると小室組のピアノといえば「装飾がsus4」みたいなところあるじゃないですか。大ちゃんもよくやるので「アーイイ……」ってなるんです。

WORLD GROOVEの隠しトラックです。これも一発録りとのことで。こちらはもう混じりっけなしの「もののあはれ」そのものです。


折角いい雰囲気で終わったところ恐縮ですが対になるエントリです。

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