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スターフィッシュのギターデザイン


私が初めてオリジナルギターを製作したのは高校時代。ホームセンターで売っていた木材と安売りの缶スプレーを使った灰色のエレキギターだった。ピックアップとペグはお茶の水で買ったジャンクパーツ、ボディーの加工には学校の木工室を借り、ネックは自宅を木屑だらけにして整形した。高校時代の私のギターは、ギターらしい見た目にはなったが楽器として演奏できるようにはならなかった。
自分の考えたギターをカタチにする。ロマン溢れるこの挑戦は、高校時代の私のようにノリと勢いでもできる。が、成功するかどうかは別だ。

デザインのプロセス

ギターは立体だ。初めから立体をイメージしてCADでデザインする人もいるが、平面でデザインした上で立体化を考えていく方法が分かりやすいだろう。僕の場合はステップ1としてコンセプトやアイディアを固めた後、ステップ2で外観デザインとパーツ配置を検討、ステップ3として見えない座繰り形状や立体化を検討するという3段階のプロセスで設計している。

次の項からは実際にスターフィッシュの設計プロセスを通して、オリジナルギターのデザインがどのように形になっていくかを紹介していく。

ステップ1. コンセプト、アイディア

まず考えるのは「誰のためのギターなのか」。アマチュアなのかプロなのか、ビザール好きなのか木目フェチなのか。子供なのか大人なのか。男性か女性か。欧米人かアジア人か。演奏される場所は?演奏されるジャンルは?いつも使うギターか、飛び道具か。これはギターデザインの出発点であり、アイディアの源泉でもある。

スターフィッシュの設計ではユーザーに小柄な男性や女性を想定した。日常的に30分~60分のステージに立ち、主な移動手段は電車。ボーカルやコーラスも担当する。足元のペダルはそれほど多くなく、電車で移動すること、短いリハの時間で確実にセッティングすること、トラブル時に対応できることなど、実用性を踏まえて自分なりに厳選している。つまりそれなりに音と演奏にこだわりのあるプレーヤーだ。こんなユーザーに日常的に持ち歩いて欲しい。

これを実現するためのコンセプトは「取り扱いがシンプルで軽く、抱えた時に一体感を感じられるギター」だ。すっと手を伸ばして弾ける。持ち運びに困らないギター。

ということでスターフィッシュでは小柄なユーザーでも扱い易いショートスケールを採用した。さらにボディの厚みを薄くして演奏時のギターとの一体感を高めることにした。
最終的に確定したボディ厚は30mm。ストラトやテレキャスが約45mm、ジャズベやプレべ、ジャズマスやジャガーが42mm、ムスタングが39mmであることを考えるとその薄さが分かると思う。ギブソンSGでさえ35mmある。ポットやスイッチ等をピックガードの下に設置したり、ネックをボルトオンでボディーと接合しようと思ったら、これ以上は薄くできないギリギリの厚みだ。
ボディの厚みを薄くすることは、軽くて一体感のあるギターを作るシンプルな答えとなった。ボディを薄くすることで得られたメリットは
・軽くなる。
・奏者とギターの一体感が高まる。
・コンター加工が不要になり、配線の自由度が増す。
この3つだ。

多くの国産ビザールギターやギブソンSGは薄いボディを持つ。SGを偏愛するミュージシャンが口を揃えるのは抱えた時の一体感、そして悩ましいヘッド落ちだ。

SGユーザーの悩みを知っていたので、ヘッド落ちについては最後まで心配だった。ネックが重たかったりボディ側のストラップピンの位置が悪ければギターの重量バランスが崩れ、扱いづらいただのビザールギターになる。6弦側ホーン部の長いフェンダー的なボディデザインに落とし込んだものの、SGよりも薄いギターでヘッド落ちを解消出来るかどうかは試作が完成するまで分からなかった。

ボディを薄くすることで生まれる新たな制約もある。座繰りを浅くせざるを得ないので、大型のポットやレバースイッチ、シンクロトレモロなどは使えなくなるし、ボディのトップ側にジャックを配置することもできなくなる。ネックジョイントのネジも通常よりずっと短いものを新たに用意する必要がある。つまりギター全体を成り立たせるために、色々な所をゼロから考え直すことになる。

ステップ2. 外観デザインとパーツ配置

作ったギターが支持されるかどうかはステップ2でほぼ決まる。外観デザインやパーツ配置はデザインの中心と言える。
このステップ2はさらにいくつかのプロセスに分けることができる。

まず最初にやるのはスケールを想定したネックポケットの位置とブリッジ位置を図面に書き込むことだ。この際、必ず1弦の位置と6弦の位置を描いておく。

次にトレモロの採用要否とブリッジを大まかに決める。

スターフィッシュの場合は薄いボディーを前提としているため、座繰りの必要なトレモロはそもそも使えない。ブリッジは当初はジャズマス用のものを使うことを想定していたがやめた。
ジャズマスターのブリッジは弦と弦の間隔が約11mm、ジャガーやムスタングといったフェンダー・ショートスケールのギターでも同じブリッジが使われているが、小柄のユーザーを想定したコンセプトから弦間ピッチはもう少し狭くすることにした。最終的に約10mmの弦間を持つギブソン系のブリッジを採用。これはこれで新たな制約となる。

次は外形のデザインだ。スターフィッシュで目標としたのはボディの小型化だ。同じショートスケールのジャガーと並べるとその小ささが際立つ。

スターフィッシュはピックガードの印象からスーパーソニック的に見えるが、実際の外形はジャズマスやジャガー、マローダーやムスタングといったフェンダー・オフセット・ギターのカーブに近い。僕がillustrator上で最初に試してみたのは、ジャズマスターのボディをストラトのサイズ感に合うように縮小することだった。ジャズマスターとジャガーはフローティングトレモロを搭載するためにボディ全体が大型化している。同じシェイプでテレキャスのブリッジを使うテレマスターを見れば、ボディエンドの間延びした印象がフローティングトレモロによるものだったことが良く分かる。
少し小型化したトレモロを使うムスタングでさえ、ボディ全長が長いためストラト用のケースにはうまく収まらない。

外形とほぼ同時にピックガードと各種パネルのデザインを進める。

スターフィッシュのデザインを方向付けたのは左利きのオマー・ロドリゲスがスクワイヤーのスーパーソニックを逆さに抱えて演奏している写真だ。彼はピックガードを作り直し、コントロールを反対側に移設しているが、この6弦側のピックガードが大きく伸びているデザインを見て僕は「これだ」と思った。フェンダー系デザインのキモはピックガードだ。

ギター全体の印象がピックガードをどうデザインするかにかかっている。スターフィッシュはボディを薄くしたことでコンター加工をしなくて済むようになっているので、コンター加工のあるギターよりもピックガードを自由にデザインできる。オマーの写真が金属パネルが目立たないデザインだったのも良かった。金属パネルはギターを重くするしデザインが男性的になる。ワンマスターの金属パネルとは違うアプローチなら、アストロノーツのブランドイメージを広げることにも繋がる。

ピックガードをこうしたことで設計の難易度が上がり、最後まで頭を悩ませたのがコントロールとジャックの配置だ。ボディ上部にツマミやジャックがあると流石に演奏に支障がありそうだ。illustratorを触りながら複雑なパズルを解いているような気持ちになる。エンドピンジャックやローラーノブの採用は、こういった設計上の制約を乗り越えるアイディアのひとつだ。

最後に決めるのはピックアップの配置。もちろん目指す音もここにある程度込めることになる。

ピックアップにミニハムを採用したのはデザイン的なバランスからだ。小型化したボディのおかげで通常のピックアップではデザインが破綻してしまう。ジャズマスターのPUはもとより、ギブソン系のハムバッカーやP90ではピックアップが主張し過ぎる。
また、逆にフェンダー系のピックアップではスラントさせても弦間が合わない。弦間ピッチはネック側に行くほど狭くなるが、スターフィッシュではピックアップを斜めにスラントさせることでピックアップのポールピース位置を微調整し、しっかりと弦に対応させている。

ショートスケールのギター・サウンドには少し偏ったステレオタイプが存在する。ジャガーやムスタングのようにサスティンが極端に短く、ペンペンしたサウンドイメージだ。でもストラトよりスケールの短いレスポールが、ストラトよりもペンペンした音かというとそんなことはない。ジャガーやムスタングのサウンドにはピックアップやブリッジの特性が大きく影響しているし、ショートスケールのミュージックマスターやデュオソニックはムスタングとは全く違うサウンドだ。
スターフィッシュではこうしたショートスケールの印象を逆手に取って、太めのサウンドを目指した。ミニハムを採用したのは前述した弦間やサイズ感によるものだが、ブリッジから少し離れた所にリアピックアップを配置していたり、最終的にブリッジを質量のあるタイプにしたのは「フェンダー・ショートスケールっぽくない音」を志向したためだ。

ステップ3. 立体化

ステップ3では立体化を検討する。ここで大きな問題が発生すればステップ2に戻ってやり直しだ。ネックポケットに仕込み角を付けたり、ピックアップやコントロール用の座繰りを開けたりといった地味な設計になる。座繰りの広さや深さはポットやコンデンサの大きさ、配線の取り回しのし易さ等を意識して検討していく。もちろん製作者として作る手間を省くことや、パーツ点数を減らしてコストを削減することもこのステップで検討しなければならない。

スターフィッシュで最後まで決まらなかったのはコントロールだ。外形のテンプレートを作成し、ピックガードを作ってパーツを配置してみても良いアイディアが生まれなかった。このピックガードにはあまり穴を開けたくなかった。ジャズマスのプリセット用のローラーノブを使うアイディアはあったし、これと3wayのトグルスイッチでごく普通のコントロールを実現する、というのが妥当な落とし所だったが、しっくりこなかった。


ピックアップを2基搭載することは決めたものの、試作機を作る段になってもそれらをどのような部品でどのようにコントロールするか決まらなかった。ここが決まらないと、座繰りの深さや大きさも決まらない。

フロントとリアのピックアップを混ぜるというアイディアが降りてきたのは工房で会話をしていた時だったと思う。2つのピックアップをあたかも1つのピックアップのように扱うというのは、ワンマスター等のコンセプトとも繋がるなんともアストロノーツらしいアイディアで、トーン回路をオミットすることもできるのでパーツ点数や組み込みの手間も減らすことができる。何より直感的に操作できるのがメリットだ。パズルの最後のピースを見つけた気分だった。

ピックアップのサウンドを段階的にミックスできる回路は、レスポールでもジャズベースでも採用されたクラシックなものだが、トーンのコントロールの手段がフロントとリアのミックスのみというのは新しい。右肩のノブでフロントとリアのミックス具合をコントロールできるようにした。左腰のローラーノブはボリュームだ。

試作、改善

試作機は試作機。 可能であれば試作してそこからの気づきを再度設計にフィードバックしたい。具体的な形になれば、色々な人に意見を聞いたり反応を伺ったりすることができるようになる。

スターフィッシュでは座繰りの見直し、ボディ外注用にネック角を決めること、ローラーノブ用に特殊なステイを設計すること等、現物合わせてやってしまった部分をちゃんと設計情報に反映することや、トレモロの採用といったユーザーの声を取り入れる作業が発生した。
製品化してからもブリッジでの弦ズレを防ぐために専用のローラー部分を作ったりと改善は続く。今はピックアップのリデザインに手を付けている。製品化して終わりではない。もっとこのギターにしか出せない音や製品としてのクオリティを追求して、価値を高めていく。図面を見直したりして煮詰める作業が待っている。

以上、ギターをデザインするプロセスは大きくこんな感じだ。
ギターのデザインをする際にはいくつかの能力を並行して使うことになる。
・新しいデザインをイメージする能力
・イメージを形にする能力
・イメージを補完する情報を収集する能力
・自分から出力された形を論理的に検証する能力
このようなものだ。
右脳と左脳を同時に使っているような感覚になる時も多い。

これから自分でもやってみたいという人にはillustratorもしくはCADのようなツールを使うことをお勧めしたい。ギターのテンプレートを作るためには原寸大で図面を描く必要があるが、しっかりとデータ化しておけば修正も容易で再利用もできる。他のギターのデータを参考にすることもできるし、写真からトレースしたりすることもできる。
データ化しておけば外注業者とのやりとりもスムーズだ。画像に出力して仲間に見てもらうこともできる。

とはいえ、最近までこういった物作りは紙と鉛筆で製図していた訳だから、ツールが使えなくても今すぐ始めることができる難しくも面白い世界だ。まずは自分の頭にイメージしたものを実際に描いてみる。そうするとそれがインプットとなって頭の中のイメージが膨らむ。とにかく一歩進むごとにその先がひらけてくる。一歩進んでみるということがとても大事だ。




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