元素はどのようにつくられたのか
私たちの身の回りにある多様な物質はさまざまな元素から構成されています.例えば私たち人体を構成する元素には,酸素や炭素,水素,カルシウムなどがあります.私たちの周囲を満たす空気には,窒素や酸素,アルゴンといった元素が含まれています.私たちの住む地球の地殻を構成する元素には,酸素やケイ素,アルミニウム,鉄などがあります.
よりマクロな視点から見ると,現在の宇宙における元素の相対的な量は水素とヘリウムが圧倒的に多く,質量で比べると水素が約71%,ヘリウムが約27%を占めていて,それ以外の重い元素はわずか約2%程度ですが,たしかにさまざまな元素が存在しています.
一方で宇宙膨張を逆回しして過去にさかのぼると,高温高密度の宇宙において元素を構成する核子はバラバラの状態にあったと考えられています.この宇宙において,さまざまな元素はどのようにつくられてきたのでしょうか.今回は宇宙における元素の起源について紹介していきます.
ビッグバン元素合成
宇宙において最初に元素がつくられたのは,宇宙初期のビッグバンにおいてです.当初きわめて高温だった宇宙は,宇宙膨張とともに温度が下がっていき,やがてクォーク・ハドロン相転移によって陽子や中性子などがつくられます.
そして宇宙がさらに膨張すると,中性子は陽子と結合して重水素を形成し,重水素に陽子が結合することで質量数3のヘリウムがつくられます.さらに中性子が結合することで質量数4のヘリウムもつくられます.また,質量数が7のリチウムもわずかにつくられました.
しかし,リチウムより重い元素についてはビッグバン直後の元素合成ではつくられませんでした.これは,質量数5と質量数8に安定な元素が存在しないため,ヘリウムに陽子が結合したり,ヘリウム同士が結合したりすることで,より重い元素がつくられなかったためです.そして宇宙膨張とともに温度や密度がさらに下がると,原子核反応は起こらなくなり,ビッグバン元素合成は終わりを迎えました.
恒星内部の核融合反応
ビッグバン元素合成の際につくられなかった重い元素はその後,主に二つの過程によってつくられていきます.その一つは恒星内部での核融合反応です.
恒星はその一生の大部分を主系列星として過ごします.主系列星は中心部で水素の核融合反応を起こしている段階に相当します.恒星の中心部の温度が10の7乗ケルビン程度では,主に陽子-陽子連鎖反応(ppチェイン)と呼ばれる反応が起きています.より質量が大きく中心温度の高い恒星では,炭素や窒素,酸素を触媒とするCNOサイクルという反応が支配的になります.いずれの反応でも正味で4個の陽子から1個のヘリウム原子核がつくられ,反応前後の質量差に相当する大きなエネルギーがガンマ線として放出されます.
ただ,ビッグバンのときと同様に,質量数5と質量数8に安定な元素が存在しないため単純な二体反応でより重い元素をつくることは困難です.例えば,質量数4のヘリウム2個を結合させることで質量数8のベリリウムがつくられそうですが, 実際は質量数8のベリリウムの方が束縛エネルギーが小さく不安定なため,きわめて短い時間で逆反応が起きてしまいます.
そこで考えられたのがヘリウム原子核3個から質量数12の炭素を合成するトリプルアルファ反応です.つまり,二つのヘリウムが結合する反応によって生じた不安定なベリリウムが崩壊してしまう前にもう一つヘリウムを結合させるような反応です.2個の粒子による反応と比べて,3個の粒子による反応の起こる確率は低いですし,そもそも陽子に比べてヘリウム原子核のクーロン障壁は高いため,反応するためにはより高い温度が必要になります.
詳しい計算によると,水素の核融合反応が起きている主系列星の中心部では,トリプルアルファ反応が起こるほどに温度は上がりません.しかし,恒星の中心部で水素が使いつくされた後,恒星の質量が十分に大きい場合には,収縮した中心部の温度が上昇してトリプルアルファ反応が起こるようになります.
トリプルアルファ反応によって炭素ができると,その炭素にヘリウム原子核が結合して酸素がつくられ,恒星の質量が十分に大きければさらに重い元素がつくられていき,核融合反応は最も安定な原子核である鉄まで進みます.そうしてつくられた元素は,やがて超新星爆発などによって星間空間へと放出されます.
私たちを形づくる元素の多くは酸素や炭素ですが,それらは恒星内部の核融合反応でつくられたものです.その意味で,私たちは星のかけらからできていると言うことができます.
中性子捕獲反応1:赤色巨星
ビッグバン元素合成の際につくられなかった重い元素をつくったもう一つの過程は,中性子捕獲反応です.恒星内部での核融合反応では,鉄より重い元素はほとんどつくられず,つくられてもすぐに分解してしまいます.しかし,私たちの身の回りには,バリウムや鉛,金,プラチナといった鉄より重い元素がたしかに存在しています.これらをつくったのが中性子捕獲反応です.
重い原子核のクーロン障壁は高いため,陽子やヘリウム原子核といった正の電荷をもつ粒子は容易には近づくことができませんが,電荷を持たない中性子であれば近づくことができ,核力によって結合します.中性子捕獲反応によって原子核が中性子を吸収すると,質量数が増加します.そして,原子核の電荷に対して質量数が大きくなりすぎるとベータ崩壊を起こして電子を放出し,原子番号も増加することになります.
ただ,単体の中性子は不安定なため,半減期10分程度でベータ崩壊を起こして陽子になってしまいます.そのため,中性子捕獲反応を起こすためには中性子を大量に供給する必要があります.
十分な量の中性子を供給する現場のひとつは赤色巨星の内部です.赤色巨星は主系列星段階を過ぎた恒星です.赤色巨星の内部においてトリプルアルファ反応によって炭素がつくられると,その炭素と陽子が核融合することで質量数13の窒素がつくられます.窒素13は放射性同位体であるため,半減期10分程度で陽電子崩壊して質量数13の炭素になります.この炭素13と質量数4のヘリウムが核反応すると,質量数16の酸素とともに中性子がひとつつくられます.
こうした反応によって定常的に中性子が供給されるため,赤色巨星では中性子捕獲反応が可能となります.そしてこの中性子が,恒星にもともと存在していた少量の鉄に捕獲されることで,中性子過剰な鉄の同位体がつくられ,ベータ崩壊が起きて原子番号がひとつ増加し,そしてまた中性子を捕獲する,といった具合に重い元素がつくられることになります.
このとき典型的には,中性子を捕獲するペースはベータ崩壊までの時間より遅いため,こうしたプロセスはslowプロセス(sプロセス)と呼ばれています.sプロセスでつくられる主な元素はバリウムや鉛です.
中性子捕獲反応2:中性子星合体
豊富な中性子を供給するもうひとつの現場は中性子星合体と考えられています.中性子星は,質量が太陽の8倍を越える重い恒星が重力崩壊型超新星として爆発した後で中心に残される,大部分が中性子でできた小さな天体です.連星をなす二つの恒星の質量がともに太陽の8倍を越える場合,超新星爆発の後に中性子星連星となる可能性があり,実際に天の川銀河にも中性子星連星は見つかっています.
連星中性子星は一見すると安定して重心の周りを公転しているように見えますが,重力波を放出することで少しずつエネルギーを失うとともにその公転周期は短くなっていて,やがて合体すると考えられています.その公転周期の減少は,一般相対性理論の予測とよく一致することが知られていて,一般相対性理論の正しさを支持する重要な証拠のひとつとされています.
中性子星合体における中性子捕獲過程はsプロセスと異なり,中性子を捕獲するペースがベータ崩壊までの時間より短いため,rapidプロセス(rプロセス)と呼ばれます.安定同位体よりはるかに中性子数の多い放射性同位体を経由して進行するため,sプロセスとはつくられやすい元素が異なります.rプロセスでは金やプラチナといったいわゆる貴金属がつくられます.
これまで見てきたように,私たちの身の回りにある物質や,さまざまな生き物の身体に含まれている重い元素の多くは,太陽系が生じる前に存在した恒星内部における核融合反応,そして赤色巨星や中性子星合体などによる中性子捕獲反応などによってつくられたと考えられています.このことから,私たちがこうして豊かな地球に存在しているのは,今はもうこの世にはない星々がまいてくれた星屑のおかげと考えることができます.このような素晴らしい贈り物を残してくれた過去の名もない星々に思いを馳せつつ,この記事を締めくくりたいと思います.
参考文献・webサイト
『なぞとき宇宙と元素の歴史』
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『星が「死ぬ」とはどういうことか』
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人体を構成している元素
https://atomica.jaea.go.jp/data/fig/fig_pict_09-01-01-07-01.html
地殻 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E6%AE%BB
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