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冥土の若旦那

「冥土の若旦那」 作・牧仲太郎    原案・「地獄八景亡者の戯れ」桂米朝  

登場人物:  ・若旦那  ・ポン太(芸者)  ・コン吉(芸者)  ・赤鬼  ・奪衣婆  ・閻魔庁職員  

(若旦那) うーんっ、あれ?ここはどこや?えらい暗い所やなぁ。確かさっきまで、何時ものようにお座敷にポン太とコン吉呼んで、賑やかにワイワイゆうて遊んどったのになぁ…。
 あ、そうや何や珍しい魚で珍味やさかい、いっぺん食べてみなはれゆうて出された刺身、あれ食うてしばらくしたら、目の前が暗お〜なって気が付いたらここや。
 あ、あんな地面にポン太が寝とるわ。おい、ポン太!起きや!  

(ポン太) う、う〜ん…。あら、だんはん。あてらどないなりましてん?ここはどこでっしゃろ?  

(若旦那) あ、向こうの方からコン吉も来たで。  

(コン吉) だんは〜〜ん!何や突然まわり暗うなったから、びっくりして怖わなって歩き回ってましてん。ほなら、こっちからだんはんとポン太姉さんの声が聞こえたんで、いそいで来たんどすえ。  

(若旦那) おお〜みんな無事で良かった。ん?これは、はたして無事ゆうてええんやろか?これはひょっとして、わしらあの魚に当たって、あの世に来てしもうたんと違うか?  

(ポン太) ええ〜っ!あてら死んでしもうたんどすか〜⁉︎  

(コン吉) うちまだまだ、やりたい事ようけあったのに…。ブランドもの買い漁ったり…。  

(若旦那) まあまあ、ものも考え方しだいや。あの世に来ることなんかめったにないこっちゃ。ここは、陽気にやりながら、冥土の物見遊山と行こうや。ええ土産話になるで。  

(ポン太) その土産話をどこに持って帰りますの?  

(若旦那) それもそやな。まあ、深い事考えんと、パァーっと行こ。
 さて、冥土に来たらまずは三途の河を渡らんとあかんと思うんやけどな…。どっちへ行けば良いのやら…?おや、向こうから燃えながら走ってる火のクルマがやって来よったで。ヘーイ、タクシー!
あ、乗車中か。男ばかり四人乗ってたな。お、次が来た。「極楽交通」と書いてある。ポン太、コン吉さあ、乗るで。
 ほれ、もう着いた。にいちゃん、なんぼや?六文?渡し舟代とセットになってるって?今時のあの世はえらいサービスええねんな。しかし、今時六文ちゅうお金あれへんがな。30円でええてか。安いなぁ。
 お、あそこに亡者の人たちが並んでるわ。ここが船着き場やな。
 おっ、舟が来たわ。船頭は赤鬼や。さあさあ、乗ろ乗ろ。えっ!わたいらの前で定員やって!そんな殺生な〜。なに?次の便は一時間後?それまで、ひまやな〜。ちょっと、このあたりブラブラしよか、ポン太にコン吉。  

(ポン太) ちょっと、あそこに何やら明るく光ったお店がおますえ。  

(コン吉) コンビニみたいやわ。  

(若旦那) 冥土にコンビニって、えらい時代になったもんやなぁ。「ソウズカマート」やて。ちょっと小腹もすいたし、何か買って行こうか。死人が腹減るゆうのもおかしなもんやが。
はい、ごめんよ。  

(奪衣婆) いらっしゃいませ〜。  

(若旦那) え、えらいおばあちゃんの店員さんやな。なんぞ、お酒とおつまみないかいな?  

(奪衣婆) そちらの左手が、お酒とおつまみのコーナーになっておりまーす。  

(若旦那) おおきに、ほなカップのお酒とスルメと枝豆と…。こんだけもらおうか。  

(奪衣婆) はい、ピッ、ピッ、ピッ。1980円になりまーす。  

(若旦那) ほなこれで。  

(奪衣婆) では5000円の方からお預かりしまーす。フクロに入れて大丈夫でしょうか?  

(若旦那) 何やその、いまどきの若い店員さんみたいなしゃべりかたはやめなはれな。
しかし、何やね。三途の河ゆうたらそうずかのばあさんっていう、服をはぎとるばあさんがおると聞いたけど、見かけへんな。  

(奪衣婆) いや、わたしがそうですねん。  

(若旦那) えっ!商売がえしはったんかいな。  

(奪衣婆) そうですねんわ〜。いやねえ、閻魔庁から今の世の中はコンプライアンスを遵守せなあかんゆうお達しがありまして、着物をはぎとって売り飛ばすような前時代的な商売は禁止するいわれましてね〜。しばらくは茶店(ちゃみせ)を経営してましてんけど、なかなか売り上げも上がらんかったんで、ついこの前思い切って、コンビニに改装したんですわ〜。けど、この商売も結構しんどおまっせ。  

(若旦那) そうかいな〜。ばあさんも色々と大変やなぁ。ほな、おおきに。
 さて、そろそろ次の舟の時間や。待ってる亡者ももうおらんな。わてら3人だけや。
おお、来よった来よった。さあ乗ろ乗ろ。赤鬼さん、頼んます〜。  

(赤鬼) 舟から落ちんように、奥へつめろよ。落ちたら生きるぞ。  

(若旦那) いや、つめろよゆうて、わてら3人しかおりませんがな。  

(赤鬼) いやいや、これが決まり文句になっててのう、言わんと何かものたりんような気がするんじゃ。  

(若旦那) そんなもんでっか。おお、三途の河も涼しい風が吹いてええ気分やなぁ。ちょっと一杯行こか。ごく、ごく。  

(赤鬼) おいおい、三途の河の渡し舟の上で酒飲むやつなぞ初めてじゃ。  

(若旦那) こりゃ、船遊びやってるみたいでええ気分や。鬼さんも一杯どうでっか?  

(赤鬼) 何をゆうねん、わしゃ勤務中やぞ。  

(若旦那) そんな堅いこと言わんと赤鬼さ〜ん。ほれ、ぐいっと!  

(赤鬼) おい、そんな、無理に口に…。う、うい、う〜〜。酔うてもたがな。  

(若旦那) えっ、これだけで!  

(赤鬼) 【酔っぱったしゃべり方】ワシ、あかんねん。弱いねん。ほら、すぐ顔に出て赤うなるやろ。  

(若旦那) いや、元々赤いがな。わからんがな。  

(ポン太) ほなら鬼さんも赤うなったところで、お遊びしまひょ。  

(赤鬼) え、お遊びって…。お、おい、目隠しして何するんじゃ。  

(ポン太)(コン吉)【声をそろえて手をたたく】♩鬼さんこちら、手のなる方へ。鬼さんこちら、手のなる方へ。  

(赤鬼) え、どこやどこや…。見えへんがな。あっ、あっ〜けつまずいた〜。  

(若旦那) あ〜あ〜。ドボーンゆうて川に落ちたがな。しかし、鬼って泳げるんかいな。見たことないなぁ、鬼かき。  

(赤鬼) あかん、あかん!見てやんと助けてくれ〜っ。わしゃ泳げんのじゃ!  

(若旦那) ほれっ、この櫂につかまりなはれ。よっしゃ、引き上げた。  

(赤鬼) ふ〜っ、えらいめにおうた。すっかり酔いも覚めたぞ。到着時間に遅れとるがな。また遅延始末書かなあかん。もう泣きたいわ。  

(若旦那) 鬼の目にも涙、ちゅうやつやな。さあ着いたで。閻魔庁はどっち?あ、あっちをまっすぐ。ほな、赤鬼さんさようなら、またよろしゅうに。  

(赤鬼) いや、または無いから。ちゅうか、もう来んでええから。  

(若旦那) さて、ここが閻魔庁かいな。立派な建物やんか。しかし、門が閉まっとるで。  

(ポン太) 「本日の業務は終了いたしました。明日のご来庁をお待ちしております」って札かかっとりますわ。  

(若旦那) 明日ゆうて、今何時かようわからんのに。だいたいあの世に時間ってあるんかいな?
 ま、しゃあないわ。そこらへんブラブラしよか。  

(コン吉) あ、あっちの通りが明るうおますえ。  

(若旦那) 「冥土筋」と標識に書いとるな。あ、あそこに「寿司バー 極楽への階段」ちゅう店があるで、入ろ入ろ。
 何や、えらい繁盛しとるなぁ。仕事帰りの青鬼黄色鬼緑鬼やらで一杯やんか。あっ、船頭さんの赤鬼さんもおるわ。お疲れ様、さっきはどうも。  

(赤鬼) ま、またあんたらかいな〜。もう勘弁してや〜。  

(若旦那) 鬼が人間怖がってどないしますねん。
 さてさて、カウンターに三人座れるで〜。ポン太、コン吉、こっちこっち。お、ここは板前さんもピンク鬼さんかいな。適当にみつくろって、美味しいのおくんなはれ。お銚子もね〜。  

(ポン太) 鬼さんばかりやのうて、サラリーマンみたいな方もいてはりますな。なんか、えらい飲んで酔っぱろうてはる。  

(閻魔庁職員) うい〜っ。そらな、わしもな、つらいんや。好きで地獄行きの判決下しとるんと違う。人情ゆうもんも持ち合わせとるんや。  

(若旦那) そら、どんな仕事でもつらい事はありますがな。さあ、飲み飲み。飲んで忘れなはれ。
 おや、あんたIDカードぶら下げたまんまやんか。名前は「閻魔太郎」⁈ ひょっとして、あの閻魔大王?七三分けでメガネかけてネクタイしめて、えらいイメージちゃいまんがな!  

(閻魔庁職員) しっ、しもた、カードしまうの忘れてたがな‼︎ これは、内緒でっせ、ここにおる鬼たちもわしの正体知らんねん。毎日、開廷前に一時間半かけて特殊メイクしてますねん。そないせんと、この迫力の無い素顔やったら、亡者や獄卒の鬼どもに舐められますがな。  

(若旦那) ほんまでっか。閻魔はんも大変やなぁ。
 さあさあ、寿司が来たで。ポン太にコン吉も食べ食べ。これネタは何? 珍味やからいっぺん食うて見なはれって…。何かイヤな予感がするな。まあええ、パクリ。ん〜、これは美味い!うま…い、けど何か頭がふら〜っとして来たで。ああ、目の前が暗くなって…。
 んん…。ここは何処や?さっきまであの世の寿司バーにおったはずやのに。あれ、ここは元々おったお座敷やんかいな!ポン太にコン吉もおる。  

(ポン太) ありゃ、ここはお座敷。  

(コン吉) うちら、どうなりましたん?  

(若旦那) 赤鬼さんが舟から落ちたら生きるぞって言うてたやろ、あれやがな。あの世で寿司に当たってまた生き返ったんや。
 おや、誰かもうひとりおるで。あっ!閻魔はんや無いかいな‼︎ どないしましてん。  

(閻魔) あ…いや…、何かめちゃ美味しそうな寿司やったし、腹も減ってたんでつい…お恥ずかしい。  

(若旦那) ちゅうことは、閻魔はんも死人やったんや。  

(閻魔) わしは人類最初の死者という事になっとるんで…。  

(若旦那) そやけど、閻魔はんがおらんようになったら、亡者の地獄行き極楽行きの判決誰が下しますねん。  

(閻魔) あの世の裁判官はあと九人おるから、わしひとりくらいおらんかっても大丈夫やろ。  

(若旦那) えらい無責任やな。  

(閻魔) それより、もう何万年ぶりかのこの世や、楽しませてもらいまっさ。さあ飲も飲も!  

(若旦那) ええんかいな、閻魔庁やめるんでっか?  

(閻魔) これからはわしの事を円満退職王って呼んで下さい〜。  

(おわり)  

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