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クソゲー化する国家〜三つの錯覚

自分は個人鑑定の他に小規模企業向けの鑑定を提供している。もちろん企業コンサルタントの様な経営相談、問題解決を提供するわけではない。あくまでも占星術鑑定だ。鑑定には普通のホロスコープ・チャートを用い、技術面で個人鑑定との間にさほどの差はない。ただし鑑定の視点はかなり異なる。世情と経済に視点を置く割合が多い。Twitterで時事問題を混ぜるのはそうした視点による。あくまでもイメージとしてだが、企業向け鑑定は個人の出生占星術と世界占星術(マンデイン占星術:政権、経済、天候などを占う)の中間にある。

占星術師の側から見ても国と個人鑑定、企業と個人の違いは歴然としている。では国と企業の違いとは何か。そしてその境界線はどこに置くべきなのだろうか。経済問題に関心の高い中小零細企業経営者との交流において、この問いは明瞭にしなくてはならなかった。大抵の経営者はそうした問題について意見を持っているし、意見を求められることもあるからだ。

病床不足が起きている?〜国と企業の違い

近年は公共サービスにも経営者視点や効率化が必要との声が増え、そうした影響を受けてか一般来訪者を「お客さま」と呼ぶ地方自治体も出てきた。本来、民間と公共サービスの違いは明白で、役所に商業施設と同じサービスを期待する人は少ないだろう。それでも、過去20年「合理化・効率化」は暗黙の了解の如く支持され続けてきた。ところが、2020年に始まった世界中を臨戦態勢に陥れている状況下で、効率化と合理化がもたらす弊害がこの日本に現れてしまった。90年代から始まった病院、病床、保健所、そして国が行う感染症研究費の削減。企業経営では恩恵をもたらす「経費削減」が明らかに仇となっている。(参照:記事最後の参考情報)

では、具体的にどの様な原因がそうした問題を引き起こしたのだろう。公共サービスにも効率化が必要…と、なんとなく皆で考えてきたが、一般論でその場限りの批判をするマスコミの論調では抽象化するばかりで本質が見えてこない。具体性が必要だ。

これから具体例として引き合いに出すのは、2019年10月に日経ビジネス誌に掲載された記事。柳井社長(ユニクロ)のインタビュー 〜 柳井正氏の怒り「このままでは日本は滅びる」である。
ひとつ誤解して欲しくないことがある。本稿はユニクロ批判でも柳井社長批判でもない。目的は、企業と国の間にある明確な違いを浮き彫りにすること。そしてそれぞれの鑑定と研究を行う際に必要な視点と前提を捉え直すことにある。

2019年10月、質問サイト「Quora」にある質問が投げられた

Quoraの質問
ユニクロの柳井さんが日経ビジネスの巻頭インタビューで、「日本は国の歳出を半分にして、公務員も半分にする。これを2年間で実行するぐらいの荒療治をしなければならない」と言っていますが賛成ですか?(引用元:http://bit.ly/3tvDFNI

柳井正氏の怒り「このままでは日本は滅びる」(日経ビジネス巻頭インタビュー)https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/depth/00357/

上記は日経ビジネス誌に掲載された「目覚めるニッポン」と題されたシリーズ記事のひとつだ。各号で各界の代表や経営者が日本の再生策について語り、柳井社長は、企業経営から政治まで大改革の必要性を説いている。

以下、柳井社長の回答から抜粋する。

この30年間、世界は急速に成長しています。日本は世界の最先端の国から、もう中位の国になっています。ひょっとしたら、発展途上国になるんじゃないかと僕は思うんですよ

まずは国の歳出を半分にして、公務員などの人員数も半分にする。それを2年間で実行するぐらいの荒療治をしないと。今の延長線上では、この国は滅びます

以下はQuoraに投稿した上記質問への答え。2019年10月27日付け投稿を加筆・修正したものだ。

オンラインゲームにたとえると国はゲーム会社、国民はプレイヤー、企業はチームプレイヤー

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柳井社長の「30年成長がなく、誰も稼げない国に成り下がっている、改革が必要」との指摘に異論はありません。

しかし結論が間違っています。

柳井社長は企業経営で有効な支出と人員の削減が、国にも有効であると勘違いをされています。どういう勘違いでしょうか。

ここではオンラインゲームを例え話に用います。
オンラインゲームでたとえると国はゲーム会社に相当します。
すると、国民はプレイヤー、企業はチームプレイヤーということになります。

柳井社長はチームプレイヤーのトップとして言います。
「わたしはこのゲームを愛している。でもこのままだとダメです。仕様変更やルール変更が必要。どうやらゲーム会社の経営もうまくいっていない様だから、先ずは開発人員と保守人員の削減、そして社員給与を減らしましょう」

戦略系のオンラインゲームでは、ゲーム内に有力なチームプレイヤーが出現することがよくあります。プレイヤー同士でコミュニティを作り、チーム単位でプレイをするのです。すると個人では不可能なことが実現出来る様になる。物資や武器の調達、役割分担などチームが生み出す相乗効果は、現実世界と変わりがありません。

しかし、ここでちょっとした問題が起きます。
それは有力チームの声をゲーム会社が無視できなくなることです。有力チームは、往年プレイヤー(そしてヘビーユーザー)揃いの場合が多く、売上げの大半を担っているのはそうしたプレイヤー達です。
結果、会社は彼らの要望を聞き入れてゲームバランスを変えます。
何が起きるでしょう。彼らの要望に沿ったバランス変化は往年プレイヤーにとっては嬉しい。ところが、新規参入者、いわゆる雑魚プレイヤーにとってはプレイしにくいゲームになってしまうことがあるのです。
この現象はオンラインゲームの陳腐化、あるいはクソゲー化として典型的な事例です。

そして、この図式は国が大企業と約1400企業がつくる経団連の要望を優遇する現実と同じです。

さて、柳井社長の提言。
「国の歳出を半分にする。公務員も半分にする。それを2年間で実行するぐらいの荒療治をする」

企業経営では正解です。赤字対策として経費削減や戦力投下の集中は大抵は効果を上げます。
でも、柳井社長は国(正確には政府)が生産力に応じてお金を発行していること、そして国の歳出は国民と企業の手に渡る事実を完全に無視されているのです。

国が歳出を減らせば、その国で商売をする企業、生活する国民に行き渡るお金が減る。国の歳出によって最も巨額のお金が市場に供給されるためです。国の歳出以上にお金の流通量を増やす方法はありません。もちろん企業はお金を作り出すことができません。それができるのは政府と民間銀行だけです。柳井社長は貨幣の理解が間違っています。不景気において、政府は歳出を減らしてはいけないのです。

現在の日本は、個々のプレイヤーが少ない経験値とポイントを元手に、有力チームプレイヤーが作ったルール下で、我慢しながらプレイをする状況と酷似しているのです。

以上が柳井社長の問題指摘「30年成長がなく、誰も稼げない国に成り下がっている、改革が必要」に賛成し、一方で結論には反対する理由です。

柳井社長と、私たちが錯覚させられている三つのこと

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一見合理的に見える方法で物事を比べる際に、遭遇しやすい錯覚があります。それは比較対象の前提や出自を無視したり曖昧にすることで出現する錯覚です。この場合は国と企業。具体的には次の三つ。

・国と企業の成り立ちと役割の違い
・国と企業の利益指標の違い
・受益者の違い

第一の錯覚「役割の混同」

国の役割は国民に豊かさと安全・安心、そして誇りを提供し続けることです。
原点は集団生活にあり、相互の助け合い、そして集団秩序の維持にあります。
そして、日本国は憲法において人々の生活を一定レベル以上にするという理念を掲げています。

企業の役割は利潤を生みつづけることです。
その原点はモノやサービスを提供し、集団の中で独自の利益を生み出すことにあります。理念は各企業で異なります。様々な方法で利潤を追求し、最終的には株主、経営者、社員を潤すことでその役割は完結します。

第二の錯覚「利益の混同」

国の利益を「国益」と呼びます。国益は貿易から生み出される収支だけではありません。インフラ整備、防衛、警察、消防、行政サービス、社会保険、エネルギー維持など、共同体維持のために長期的、かつ多額の投資を必要とします。これが共同体の健康を維持し、長期的な国益へと繋げます。これらが不十分な国は国力を落とし、結果として人々も落ちぶれていきます。国にとっての利益は一見無駄に見え、余裕のある整備を行い、不測の事態に備えることで守られていきます。

企業は中長期的な計画を元に、年度毎、時には四半期毎に利益を出すことを目指します。利益に貢献しない部門、商品、サービス、人員は削減します。利益を出すことが命題ですから無駄は極力無くさねばなりません。無駄を放置すれば不要な支出が生まれ、体力を削がれることになります。

第三の錯覚「受益者の混同」

国の最終的な受益者は「国民」です。
企業の最終的な受益者は株式会社においては「株主」です。

結び

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グローバル化の目指すところは、国を越えて商行為と企業体の優位性を形成することにある。だから、国が有する公共サービスや権益を企業に委譲させることが最終目的の一つと言えるだろう。
柳井社長にそうしたビジョンがあるのかは分からないが、企業経営者として素晴らしい見識があり、大きな利益を上げる実績には間違いがない。
しかしながら、述べたように国と企業では相容れない部分がある。そしてそれが国と企業を分け隔てる境界線だ。
国も企業も人を潤すのだから最終的に目的は同じだろう、との意見は原点と成り立ち、受益者を見れば錯覚であることが分かる。[1]

国民全体の精神的余裕・生活向上が目的である国、利益最大化が目的の企業が同じ方法を採ってはならない。もし仮に柳井社長が言われるように「二年間の荒療治」を行えば日本は再起不能となり「伝説のクソゲー」として歴史に汚名を残すことになるだろう。

以上はひとりの占星術師の私見。現代社会において現実の向こう側にある占星術を扱う以上、現実問題に対して明瞭な基準は必須と考えている。また何かを比較する際に生まれる錯覚にはことさら鋭敏でなければならない。そうでなければ占星術は単なる戯言、ファンタジーにしかならないからだ。

1. 松下幸之助、本田宗一郎など「企業は社会への奉仕者である」という理念を掲げる経営者もいます。

参考情報

保健所設置数・推移(全国保健所長会)
http://www.phcd.jp/03/HCsuii/
わが国の一般病床数の推移とその背景(みずほ情報総研)
https://www.mizuho-ir.co.jp/publication/report/2018/mhir16_bed_01.html
国立感染研 歴代政権下で人員・予算減(東京新聞)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/14466


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