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バルコニアン(17) ピョンタの大冒険

カエルはどうやって6階のバルコニーに来たのか?

前回のnoteでバルコニーにカエルが居るという話をしました。私の住んでいるのはマンションの6階です。カエルはどうやって6階のバルコニーに来たのか? 非常に不思議です。可能な方法を挙げてはみたものの、どうも判然としません。

[1] 飛んできた
[2] 降ってきた
[3] 壁を登ってきた
[4] 連れられてきた

とりあえず[4]を採用して物語を作ってみました。題して「ピョンタの大冒険」です。それでは、始まり、始まり。

創作童話「ピョンタの大冒険」

「カナカナカナカナ・・・・・」
ひぐらしさんの鳴き声でピョンタはお昼寝から目を覚ましました。
「ああ、よく寝た。今日は本当に暑い一日だった」
ピョンタは大きなあくびをしてまわりを見わたしました。
「あれえ、何か変だぞ」
たしかに変です。ひぐらしさんの鳴き声はいつも池の裏にある大きな木のこずえから聞こえてきます。そのひぐらしさんの声が横から聞こえているのです。ピョンタは目をこらしてもう一度まわりを見てみました。なんといつも見慣れた大きな木が真横に見えています。
「わあ、こりゃ大変だ。ぼく、いつのまにこんなに背が高くなっちゃったんだろう」
ピョンタの住んでいた池は、はるか下に見えます。
「夢ならさめてほしい・・・」
そして、ピョンタは途方にくれました。

「カナカナカナカナ・・・・」
ひぐらしさんの鳴き声はまだ続いています。ピョンタはふと自分の前足を見てみました。
「あれ、いつもと同じ大きさだぞ。からだが大きくなったんじゃない。」
ピョンタは少し落ち着きを取り戻しました。ふうっと息をついて、もう一度あたりを見回しました。頭の上を見てみると、黄色いきれいなお花が咲いています。デイジーのかれんなお花です。
「あっ!わかったぞ」
ピョンタは叫びました。そうです。ピョンタは思い出しました。デイジーのお花の下でお昼ねしてしまったのです。おかあさんにあれほど注意されていたのに。ピョンタは少しずつ、今日のお昼のことを思い出しました。

ピョンタの住むお池のそばに、お花屋さんがありました。そこには赤や黄色のきれいなお花がいつもたくさんありました。
「お母さん、あそこのお花屋さんに行ってもいい?」
「ピョンタ、それはだめよ。 あそこにはきれいなお花がたくさんあってとても素敵だけど、わたしたちかえるをいじめる人間もたくさん来るの。だから、遠くからながめているだけにしなさい」
ピョンタはちょっと残念に思いました。でもお母さんの言うことはよくわかりました。
「はい、お母さん、僕いかないよ」
「いいこね。じゃあ、またお池の中を泳ぎましょうね」
ピョンタはお母さんときれいな水のお池の中に飛び込みました。お池のそばには農家のおじさんとおばさんが住んでいます。お池にゴミが浮かんでいるとすぐに掃除をしてくれます。だからお池はいつもきれいな水をたたえていました。

ピョンタとお母さんは池を一周すると、土手の上の草むらで休みました。とても気持ちのいい、初夏の午後でした。見ると、お母さんはもうお昼寝しているようでした。ピョンタはもう少しお池のまわりを歩いてみることにしました。

すると、遠くにおじいさんとおばあさんの姿が見えました。最近できたマンションの入口の方です。おじいさんとおばあさんは池の横を通りすぎ、お花屋さんの方へと歩いていきました。

「おじいさん、今日はどんなお花を買いましょう」
「おまえの好きなお花でいいよ。ああ、デイジーもいいかな」
「そうね、お花屋さんで見てからきめましょ」
二人は仲良く、そしてゆっくりと歩いていきました。
「やっぱり、お花屋さんに僕もいってみたいな」
ピョンタは少し冒険してみることにしました。
あのおじいさんとおばあさんのそばにいれば大丈夫。なぜか、そんな気がしました。そして、ピョンタはいそいそと二人のあとを追いかけました。

お花屋さんに着いて、ピョンタはとても驚きました。赤、白、黄色、紫、ピンク。色とりどりのお花が咲きほこっています。お花だけではなく、色々な木々の緑がとてもまぶしく見えました。
おじいさんとおばあさんの方を見ると、二人はとても楽しそうです。花々のあいだを歩きながら、ふと足を止めます。
「あら、おじいさん、やっぱりデイジーはきれいね」
「ああ、本当だ。後でまとめて買っていくことにしよう」
「わかったわ。少し、きれいな松の木がほしいのね」
「うん? ヒバでもいいんだが」
「そちらを見てから、お花をきめましょ」
「そうするか」
二人はとても楽しそうです。ピョンタは思いました。
「お母さんは危ないところだって行っていたけど・・・なんだかとても素敵なところみたい」

ピョンタはデイジーのお花を見上げました。かれんな黄色のお花。なんだかとてもやすらかな気持ちになってきました。ピョンタはぴょんとはねてデイジーさんの花の下に飛び込みました。甘い香り。お昼寝にはもってこいの場所です。
「ふう。ちょっと疲れちゃった。おじいさんとおばあさんが帰ってくるまで、お昼ねしちゃおうかな・・・」
そんなことを思っていると、
ピョンタはあっというまに眠りの世界に引き込まれてしまいました。

「おじいさん。すてきなヒバが買えてよかったわね」
「うん、本当によかった。バルコニーの角に置いたらいいなと思っていたんだ」
「そんなことだろうと思っていましたよ。じゃあ、今度は私の好きなお花を買わせてもらいますよ」
「さっきのデイジーかな」
「あら、やっぱりあれがいいと思う?」
「ああ、きれいだ。5つぐらい買って、あまっている大きな鉢に植えてみたらどうだろう」
「あら、すてき。じゃあ、そうするわ」

おじいさんとおばあさんはきれいなデイジーを5鉢選びました。まさか、その中の一鉢にピョンタが眠っていることなど、思いもよりませんでした。

おじいさんとおばあさんはマンションに戻りました。エレベータに乗り、6階のボタンを押しました。おじいさんとおばあさんのお家は6階の角にあります。角にあるお家なので、広いルーフ・バルコニーがあるのです。そこはおじいさんとおばあさんの楽園です。大好きなお花や木々の鉢植えを並べます。かわらいらしいテーブルと椅子も置いてあります。そこでお茶を飲むこと。色々なお話をすること。それは、いつも、とても楽しいひとときでした。

マンションのお部屋につくと、おじいさんは早速ヒバの植木を整えます。おばあさんはそれをやさしく見守りながらお茶の準備をします。
「デイジーさんたち。あとで私がきれいにお家を作ってあげるわね」
おばあさんはバルコニーの片隅に、買ってきたデイジーのお花をおきました。そして、いつものおいしいお茶を入れ、おじいさんのところに持っていきました。
「さあ、お茶よ」
「おお、ありがとう。どうだい、このヒバは?」
「あら、とてもいいんじゃない」

高さ1メートルあまりのちいさなヒバです。でも、マンションのバルコニーにはちょうどいい大きさです。こうして、ヒバはバルコニーの一員になりました。

おじいさんとおばあさんが仲良くお茶を飲んでいるうちに夕暮れがやってきました。
「まあ、もうこんな時間?」
おばあさんが腕時計を見ると午後7時をまわっていました。
「大変、夕ご飯の用意をしなくちゃね」
「そんなに、急がなくていいさ」
「ええ、そうね。デイジーさんのお家は明日作ってあげることでもいいかしら?」
「大丈夫だろう。私が少し水をあげておくことにしよう」
「じゃあ、安心だわ。私はお部屋の中に戻って、夕ご飯の用意をしていますよ」

おじいさんはパイプに火をつけ、カップに残っていたお茶をおいしそうに飲み干しました。そしてバルコニーの中をゆっくりとひと歩きしてからお部屋に戻りました。戸をしめるときに、少し大きな音がしました。その音でピョンタは長いお昼ねから目を覚ましたのです。ヒグラシの鳴く、暑い夕暮れどきのことでした。

ピョンタは少しドキドキしながら、まわりを歩いてみることにしました。どうも、ピョンタのいる場所はお庭のようです。でも、普通のお庭とは違うようです。石が敷き詰めてあったり、木でできたパネルもあります。でも、その下には土がないのです!
「なんか、変だな」
ピョンタは恐る恐る歩いていきました。たしかに普通のお庭ではないようです。でも、なんとなく居心地のよさそうな感じです。ピョンタはちょっと落ち着きを取り戻しました。

ふと壁の方を振り返ると、灯りがついています。その中を動く影が見えました。
「あっ! やっぱり、あのおじいさんとおばあさんだ」
ピョンタの想像は当たっていたようです。そうです。ピョンタはおじいさんとおばあさんのお家に連れられてきたのです。デイジーさんのポットと一緒に!

おじいさんとおばあさんのお家は一軒家ではありません。お池の近くにできた、大きなマンションです。だから、その中にあるおうちの一つだということになります。土がないはずです。ピョンタは、再び途方にくれました。
「どうしよう。どうやったら、お池に帰ることができるんだろう」
どうみても、ピョンタがいる場所はすごい高さにあるようです。なにしろ、いつも見上げていた、ヒグラシさんの鳴いている大きな木のてっぺんが、同じ高さに見えるのです。

ピョンタは困り果てて、デイジーさんのポットの方に戻っていきました。その途中、大きな鉢植えが見えました。色々なお花が見えます。ひときわ大きな花は、カランコエのようです。
「しょうがない。今夜はここで眠ることにしよう」
ピョンタは大冒険に疲れていました。カランコエさんの葉の下にすべりこむと、あっというまに、深い眠りにつきました。

あくる日の朝。ピョンタはまだ夢見ごちでした。いたずらをして、お母さんにしかられている夢を見ていました。すると突然、水がザーッと落ちてきました。ピョンタは驚いて目を覚ましました。あわててカランコエさんの葉の下から飛び出し、鉢の外にでました。何事が起こったのだろうと、上を見上げました。そこには、驚いた顔をした、おじいさんが立っていました。右手に持っていたジョウロを落としそうになっていました。

「やあ、カエルさんか。驚かせてしまったかな」
ここはマンションの6階にあるバルコニーです。おじいさんも、まさかカエルさんがいるとは思いませんでした。
「おーい、おばあさん。こっちへきてごらん。カエルさんがいるよ」
「エエーッ!? カエルさん? どうして?」
おばあさんは花柄のエプロンで手をふきながらバルコニーに出てきました。
「あら、ほんと。かわいらしいカエルさんね。いったいどうやってここへ来たのかしら?」
「本当に不思議だね。今、この鉢植えにお水をかけたら、ピョーンと飛び出してきたんだよ」
「じゃあ、ピョンタさんね」
「なるほど、ピョンタさんか」

おじいさんはしゃがみこんで、カエルさんに聞きました。ピョンタはギョッとしてしまいました。おじいさんにつかまってしまう。そう思ってしまったのです。ピョンタは慌てて飛び出しました。もといたデイジーさんの茂みになんとか隠れることに成功しました。
「あれれ。またまた驚かせてしまったみたいだ」
「おじいさん、だめよ。まだ、子供なんじゃない? きっと、つかまってしまうと思ったのよ」
おばあさんがおじいさんをたしなめます。
「そうだな。とにかく、そうっとしておいてあげよう。なにか悪さをするわけでもないだろう。様子をみることにしよう」
「そうね、それが一番だわ。とてもかわいいし」
おじいさんとおばあさんが何か話をしています。でも、ピョンタには何がなんだかわかりません。デイジーさんの茂みで、しばらくの間、ピョンタはふるえていました。

あたりが静かになったので、ピョンタはそうっとデイジーさんの茂みから顔を出してみました。バルコニーには、まだおじいさんの姿がありました。おじいさんはたくさんの鉢植えのお花や木に水をあげています。おじいさんの顔はとてもやさしそうに見えました。
「そうか、僕をつかまえに来たんじゃないんだ。きっと、ああやって、毎日、お花さんたちに水をあげているんだ」
ピョンタはなんだか安心しました。
「今夜は、ここで眠ることにしようっと」

お母さんはいないけれど、デイジーさんがいます。あと、・・・おじいさんとおばあさんも優しそうなので大丈夫。
こうして、ピョンタの大冒険が始まりました(図1)。

図1 マンションの6階のルーフバルコニーに来てしまい、困った様子のカエルのピョンタ

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