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なぜ貝は閉じていたか: 学生時代のほろ苦い記憶

(2022年8月に書いた記事を公開)



大学の2年から3年に上がる少し前のこと。
私は所属していたサークルの役職を継続するか否かで、
1学年上の先輩女性と膠着状態に陥っていた。

役職を辞したい私と、自分のあとを引き継がせたい先輩。
自分はリーダーには向かないと言い張る私と、
逃げるな甘えるなの一点張りの先輩。

私は頑としてわかってくれない先輩にショックを受け、
周りの人には理解してもらいたいと思うあまり、
いろんな人に訴えて回った。
真剣に、思いの丈を伝えたつもりだった。

結果。

出来の悪い伝言ゲームみたいに、いつのまにか、
私が言ってもいないことを言ったことにされていて、
私に真偽を確認することもせずいきなり難詰してくる人まで
出てくるというカオス状態に。
(その時ばかりは大泣きしてその先輩男性を詰りまくって謝らせた)

しばらく後になってから、ちゃんとわかってくれていた人も
いっぱいいたことを知ったものの、私はこの件でほとほと懲りて
しまって、

言って誤解されるんなら、黙っていて誤解される方がまし。
だって、後者なら誤解した方が 100% バカだってことなんだから。


・・・ などという極端な信条をいだくに至ったのであった。


私が自分はリーダーには向かないと思い決めるに至った理由も、
普段は温和で理性的な先輩があんなに感情的に私を責めた理由も、
今ならよくわかる、互いに多方面に思いこみが激しかっただけだと。
周りもひっくるめて、若くて未熟で愚かだったこともあるだろう。


先輩は、本当は激情家なくせに、強いて理性的で落ち着いた大人で
あろうとし過ぎていた。
いろいろ飲みこみ続け、限界を超えて爆発してしまったんだろう。
その先輩、卒業後数年経って、仲良くしていたはずの同期の女性先輩
に対して絶縁を突きつけたと聞いた (極端から極端へ、である)。

私は私で、理想のリーダー像に凝り固まり、そうなれない自分に
一気に失望してしまっていた。

2学年上にとてもすてきな、女神様みたいな先輩がいたのだ。
おっとりとしてやさしくて、声を荒らげることなんかないのに、
みんな率先していうことをききたがった。
大好きで、あんなふうになりたかった。
ちょっと雰囲気が似ているなんていわれて密かに舞い上がってた。

形だけおんなじやり方を真似たって、うまくいくわけない。
だって、周りにいる人間だって違うんだから。
やさしい=押しが弱く、なんでも自分が引き受けちゃうこと、
なんかであるわけがない。
リーダーなら、毅然と指示を出したり怒ったりしなきゃならない
ときだってあるのに。

すっかり周囲から甘く見られ、ほっときゃこいつが自分で解決する
だろう、みたいな流れができあがってしまっていた。



何の憂いもない黄金時代だったはずの学生時代も、よくよくふり返って
みたら、それなりにいろいろあったわけだ、という話。

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