愛知県芸術劇場 ソーシャルインクルージョンワークショップレポート⑴

2021年1月28日から『ソーシャルインクルージョンワークショップ2021〜アートとコミュニケーションについて体験し・考え・話す3日間〜』が愛知県芸術劇場で開催された。イベントチラシには「アート?」「情報保障?」「福祉?」「インクルージョン?」など近年の劇場の企画でもよく聞かれるようになったキーワードと疑問符を頭に浮かべた人物のイラストがデザインされている。劇場担当者によれば、障害とアートにまつわる企画を自主事業として数年前から始めたが、そうした企画はアートとは何か、障害とは何かといった問いに結びつくものであり、関わる人びとの繊細なすり合わせが必要であることがわかってきたという。法整備や福祉制度とアーティストの活動とを結びつけるよりも、障害とアートに関わる人々を集めて劇場で考える場を作りたいとの企画の趣旨を聞き、筆者はアーティストトークの聞き手や参加者らの対話の進行役としてワークショップに関わることになった。参加者は、表現活動を作る人、そうした活動を支える人、またチラシを見て興味を持った人、福祉に関わる人など様々で、各回10-20名程度が集まり、障害とアートやコミュニケーションについて答えを決めずにいくつかの切り口で考える時間となった。

筆者は進行役として参加しながらワークショップがどのように進んだか記録を残した。今回はそのレポートを劇場の許可を得てnoteに掲載する。

1日目アートとコミュニケーション ワークショップとは?

初日には、ダンサーの佐久間新さんと鍵盤奏者の鈴木潤さんを迎え、劇場やライブハウスの外で様々な人とダンスや音楽の表現を作り出してきた経緯が紹介された。鈴木さんはレゲエ、R&B、ブラジル音楽バンドなどの鍵盤奏者として活動をスタートしている。リズムやメロディを演奏していく中で、即興で歌い手が持ち歌を重ね合いセッションするラバダブというスタイルのレゲエライブをしてきたことや、生活環境の周囲で常に音楽が鳴っている人々の音楽を演奏してきたことが自然にワークショップの活動へと繋がった。ワークショップの場所に楽器を用意しておき、触れたくなるまで参加した子どもや高齢者などを放っておくと何が起こるか、どのような即興音楽が生まれるかを楽しむ「音の砂場」の活動などを行ってきた。「場所が音を作る」というミュージシャンとしての信念や「完成がない」ことは、ライブでもワークショップでも変わらないという。
続いて佐久間さんは、ダンスの基礎にジャワ舞踊があること、その舞踊の精神 “banyu mili”は、水(banyu)が流れる(mili)ことを意味するが、融通無碍と変換して捉えているという紹介をした。バリ舞踊のような派手さを持たないジャワ舞踊には上手に見えているうちはまだまだ、と言ったひねくれた精神もあり、自らの踊りで越境性を探究することに繋がっている。ダンスワークショップでは、家の周りにある田んぼに水が入り、田植えの前後の時期に相手を求めてにぎやかに鳴きだすカエルや、影、炊き上がるお米の蒸気などと交信しながら、日常生活や生物や身体や自然などの境界が揺らぐ踊りを探究している。3年ほど前からこうした実験的な踊りを「誰かに見せる」舞台作品にしたい、または映像に残したいという思いが強くなっており、『だんだんたんぼに夜明かしカエル』(2019)などの作品ができたという。

ダンスワークショップを体験する

午後からは表現パフォーマンスを仕事とする認定NPO法人ポパイの「ウゴクカラダ」のメンバーと、彼らのケアスタッフ、普段メンバーとのダンスワークショップを行っている「マナマナ」の一行がゲストとして到着し、開始の合図なしに、鈴木さんの放っておくスタイルで、見ている人も入りたくなればダンスに参加するワークショップが行われた。
小ホールの中には約10メートル四方の濃いグレーのパンチカーペットが敷かれ、その上に半径1メートルほどのカラフルな円形のマットがいくつか置かれて、前方上手にグランドピアノとキーボードが設置され、会場の扉を開け放ってワークショップが始まった。
スタッフとおしゃべりし、マットの上に固まっていたウゴクカラダのメンバー、ワークショップ参加者、佐久間さんそれぞれがお互いの様子をたずねていくようにばらばらと歩きはじめると、所々に体で互いにやりとりし、表現し合う人々の輪ができてくる。鈴木さんが鍵盤ハーモニカのパイプを吹き、鍵盤を押しているメンバーがいてリズムとメロディが生まれてくる。誰かの声が上がると、それに呼応する佐久間さんの鳴き声が上がる。手をリズムに合わせて動かし、背を上下させるメンバーに呼応して動くグループが歩き出し、別の表現の集団とぶつかりそれぞれが散り散りになっていく。ワークショップ参加者らはその様子をカーペットの端から見たり、誰かに誘われて自然に踊りに参加したり、ケアスタッフと参加者は区別が難しいほど場に馴染んでいた。前日に佐久間さん、鈴木さんはメンバーと劇場の中で初めて顔を合わせ、即興の表現ワークショップをしたというが、2回目のワークショップとは思えない、集まった人びとが落ち着いて表現を作りだす場所が生まれ、またその表現が美しく見える空間が完成していた。

ワークショップ映像を見返し表現について考える

その後、佐久間さんの提案でワークショップの映像から3分ほどの場面を見ながら気づいたことを参加者と振り返り、その後、多様な人々との表現活動や作品づくりに関するアティストトークが行われた。振り返りを行った映像は、普段は触れられることに過敏に反応するメンバーともう一人のメンバーとが佐久間さんと三人で踊り、佐久間さんが抜けた後、メンバー二人が中央の踊り手二人を見ながら、同じように耳の後ろを掻くような動きを始め、その後、手を取り合い踊り始めるシーンである。ポパイのスタッフらは二人の表現に驚いたというが、映像中どのような変化が気になるか、なぜ耳を掻く表現になったのか、何かと何かの表現は連鎖しているのか、実際この場で踊っていた人はどんなふうにその状況を感じていたのかなど参加者らと振り返った。鈴木さんはある人と別の人の表現を因果関係で結ぶことに疑問に感じることもあるという。音楽が生まれるには、体で触れ合う必要がなく、自分の鳴らした音に距離のある誰かの音が応答することをコミュニケーションが起ったととらえる音楽表現特有の態度があることや、初めてのデートのような居心地のおさまらないワークショップの始まり30分を楽しむあり方などを語った。佐久間さんは踊り手としては、相手と触れ合ったり、動きをなぞったり応答したりしながら、理解したい、通じ合いたいと思うけれども、その意識を残しながら距離を取って別の場所で起こっている表現に関わっていく面白さについて語った。


この日のトークは、表現の場を作る工夫、迷い、面白さなどアーティストの思考に触れる機会となった。佐久間さん、鈴木さんはともにワークショップの最中も、場をきちんと成立させたいという責任を感じつつ緊張したり、それを振り切って、やりたいと思う表現に没入したり、危険な状況にならないようケアをしながら表現を続けたり、その中でコミュニケーションが起こったり、通じ合いたいと思ったり、わからなくなったりと、様々な考えが浮かんでは消えする中で踊りや音楽のワークショップを進めているようだ。佐久間さん鈴木さんは、様々な人やものや現象の中で、表現の作り出されてくる状況を用意してきたのであり、またその状況を注意深く観察し、同時にその場を最も楽しむことに長けているのだろう。



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