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【自己紹介】僕がビジネス始めた理由と信念

自分の人生に夢中になれる人を増やしたい

こんにちは、あすです。

自己紹介を見にきてくださり、
ありがとうございます。

僕は普段、
月商1億超えの企業のLINEを運用しながら、

そこで得た知識や経験を元に、

LINE×ライティングを駆使して
売上を最大化させるノウハウを

発信してるんですが、

「そもそもお前誰やねん」

って方も多いと思うので、

このページでは、

・あすってどんな人?
・なんでビジネスやってるの?
・どんな思いで発信してるの?

っていうのを赤裸々に書いてみました。

正直、かなり恥ずかしい話もしてるので、

Xみたいなオープンな場では
あまり言いたくないんですが、

こんなところまで見にきてくださった
あなたにはもう特別に公開しちゃおうという

そんなページです。

時は遡ること19年前...

緊張しいを極めた幼少期

僕は幼少期から極度の緊張しいでした。

人前に出てなにか発表することや、
注目されることがめちゃ苦手。

そんな緊張しいの僕を表す
伝説級のエピソードがあります。

それは幼稚園の年中さんの頃。

僕が通ってた幼稚園には、
年に一度、演奏会がありました。

同じクラスのみんなで、
2ヶ月くらいかな、

それぞれ持ち回りの楽器を決めて
課題曲の練習をします。

今思えば、すごいですよね。

幼稚園生たちが2ヶ月そこらで、
1曲演奏できるようになるんですから。

そして、僕の担当はシンバルでした。

曲の要所要所でシャーンと
でっかい音を鳴らすあの楽器です。

もちろん練習は真面目に取り組みました。

「こんなに練習したんだからきっと上手くやれる」

「本番でかっこいい音を鳴らしてやるぜ」

とか、のんきに思っていたことでしょう。

ですが、迎えた当日、事件は起こります。

その演奏会には、園児の保護者の他に、

その地域に住んでる人とかも見に来るんですよね。

で、会場は体育館だったんですけど、

集まった人でパンッパンに埋まった会場、

そして、保護者たちから向けられる
無数のホームビデオを前にして、

あす少年はひるみにひるみます。

「え、なんで、こんなに人おるん?」

「待って、みんなこっち見てる気がする...」

「やばいやばいやばい」

と頭が真っ白になりました。

そして、みんながいつも通り演奏する中、

僕はその日、
一度もシンバルを鳴らすことができませんでした。

そうです。

ただただ呆然と、
涙を目に浮かべながら立ち尽くしていたんです。

そんな様子が、あす家のホームビデオには
ガッツリ残っています笑

今では、家族や親戚の集まりなんかのときに、
そのビデオをみんなで見てネタにしたりしてますが、

当時は、ネタになんて到底できませんでした。

このノー・シンバル事件がトラウマになって、
僕の緊張しいはさらに加速していきます。

人前に出るのは
ますます苦手になったし、

褒められたり
誕生日を祝ってくれたりして、

いい意味で注目されるのすら
嬉しくありませんでしたからね。

「こっち見んとってほしい」
って思ってました。

地獄の2年4組

そんな緊張しいを極めたあす少年も
気づけば小学2年生に。

2年生の時のクラスは4組でした。
忘れもしません。

なぜならこの2年4組で
僕は地獄の1年を過ごすことになるから。

というのも、
この時の担任の先生が、
まー怖かったんですよね。

ホントに漫画とかにでてくる
鬼教官みたいな人でした。

緊張しいで、
人前に出ることが大嫌いな僕とは
最悪の相性でした。

たとえば、

朝、教室に入るときはでかい声で挨拶。

で、教室の中にいる先生が挨拶を認めないと、
中に入れてくれない

というルールがありました。

「いや、部活か!」
と突っ込みたくなります。

相手は小2ですからね。

声が小さかった僕は、
このルールに中々苦しめられました。

他にも、その先生って、
"アメとムチ"みたいなことをよくしてて、

できる子とか気に入った子には、
文字通りアメだったりチョコを配ってました。

でも僕みたいな不出来な子は、

みんなの前で怒鳴られて、
見せしめにされます。

ときには、

「こいつここできてないよな」

「あんなに言ったのに
 なんでやろなw」

みたいに笑いものにもされました。

授業でなにか発表するときも
声が小さかったり

答えられなかったりしたら
怒鳴られるし、

音読とかも
噛んだり詰まったりしたら
最初から読み直しでした。

声の大きさとかも
なんか数字で評価されてましたね。

  • 誰も聞こえない:0

  • 聞きにくい:1

  • 聞こえる:2

  • 十分聞こえる:3

みたいな。

で、2以上の声は
認められないんですよ。

発表してたら、

「お前の声は1や」
「最初からやり直せ」

って言われます。

僕は3の評価をもらった記憶が
ありません笑

あと、給食も絶対残したらダメだし、
遅くまで食べてると

「はよ食べんかい」
詰められます。

好き嫌いが多くて
食べるのが遅かった僕は

よく、泣きながら
食べてました。

そして、最大の謎ルールは
“休み時間はドッチボールに強制参加”
です笑

いまだに
意味がわからないんですが、

鬼ごっこしたり、
縄跳びしたり
本を読んだり、

雨の日以外は
他のことして遊ぶことは
許されませんでした。

僕はほんとはブロック遊びとか
したかったんですけどね。

LEGOとか好きでした。

あの踏んだら
めちゃ痛いやつですね笑

他にも挙げだしたら
きりがないんですが、

こんな地獄みたいなルールが
いっぱいあったせいで、

「また怒られるんかな」
「今日はどんなことで怒られるんやろう」

と毎朝泣きながら
学校に行ってました。

帰り道も

「ああ、また今日も怒られた」
「明日は怒られんようにしんと」

とか考えてたら、
涙が溢れてくるんですよね。

「変な理由で休んだら
 鬼教官に怒られる」

と思ってたので
休むこともできませんでした。

そんな2年4組の最後の方の授業で、

"これまでの自分について発表しよう"

みたいな授業があったんです。

産まれてから小2までを振り返って、

・名前の由来は?
・どんな風に育ったの?
・どんなことが好きなの?
・苦手なことは?

みたいなことを、
親にインタビューとかしながら、
資料にまとめて発表する授業でした。

しかも、
それを授業参観でやるというから
緊張しいの僕からしたら最悪の組み合わせ。

そして当日がきました。

自分の番が回ってくるまでは、
それで頭がいっぱいで

他の子の発表なんて
1ミリも頭に入ってきません。
   
そして、
ついに僕の番がやってきました。

声を震わせながら、

・親から大切に育ててもらったこと、
・ブロック遊びが好きなこと
・人前に出るのが苦手なことなど、

一生懸命発表しました。

すると、その日はじめて僕は
2年4組なって以来、

「やり直せ」

と一度も言われることなく
最後まで発表することができました。

授業参観だったので
普段より先生も甘くなったのかな笑

あと、これは後から聞いた話なんですが、

あれだけ人前に出たり、
発表するのが苦手だった僕が、

みんなの前で必死に
これまでの自分について
発表する姿を見て、

僕の親は泣いてたらしいですね。

そんなことにも気づけないくらい
当の本人は頭真っ白にしながら
発表してたんですけども笑

本当の地獄の始まり

とまあ、最後の最後まで
毎日泣きながらも

なんとか小学2年生を
やりすごしたわけですが、

本当の地獄はここからでした。

学年が上がって担任の先生は
変わったんですが、

あんな鬼教官のもとで
1年も過ごすとどうなると思いますか?

自己肯定感はぶっ壊れ、

「いかにミスしないようにするか」
「どうやったら怒られないか」

こんなことしか考えられない
人間のできあがりです。

そして、学校の先生は
こういう生徒が大好きなんですよね。

当時の僕に自分の意見なんてありませんから、
先生の言うことは素直に聞きましたし、

授業でなにか発表するときも、
ミスがないように何回も見直してから
発表しました。

幸い、3年生以降は鬼教官が
担任になることはなかったので、

「真面目やね」
「いい子やね」

ってどの先生からも言われました。

それなりにいい成績も
つけてもらいました。

でも、これが悲劇の始まりでした。

当時の僕は、
自己肯定感がまったくないので、

真面目に生きることでしか
自分を保つことができません。

2年生のときにボコボコに怒られ、
褒められることなんてなかったので、

「真面目でえらいね」

なんて言われると、
ますます

「先生の言うことは聞かないと」
「真面目に生きよう」

って思ってしまいます。

もし自分が真面目じゃなくなったら

またあの地獄みたいな生活が
始まると思ったんですよね。

人間は他人から期待されているとおりに
行動しようとする心理効果があって、

こういうのをピグマリオン効果って
言うらしいんですが、

僕はまさしくこの頃から
このピグマリオンの奴隷になりました。

ほんとは言いたいことがあっても、

「こんなこと言ったら
 悪い子だと思われるかも」

という気持ちが邪魔して言えません。

「先生から期待されているとおりにしないと」

って思うんですけど、

そのとおりやればやるほど、

“真面目で良い子”のイメージが
さらに強くなって

ほんとの自分でいずらくなる

というジレンマに苦しめられます。

悪ふざけとかして
楽しそうにしてる友だちを見て
ちょっとうらやましかったです。

「いいなー、俺もあんなふうに遊びたいな」

と思ってたけど、そんなことできません。

ピグマリオンにずっと邪魔されます。

そんなふうに過ごしてると、次第に
先生だけじゃなくて、友達にも

  • 真面目なやつ

  • 勉強できるやつ

みたいなイメージが
広がっていきます。

4年生のときに
クラスで一番〇〇な人を決めよう
みたいな授業があって

みんなで匿名投票していくんですけど、

ぶっちぎりで真面目部門で
優勝したこともあります。

さらに、
三者面談とか
家庭訪問とかしても

先生から

「真面目でいい子にしてますよ」

なんて言われるので、
親も嬉しそう。

そんな姿を見ると、
「もっと真面目でいよう」って
思ってしまうんですよね。

なんなら家に帰っても
いい子でいようとして、

親の言うことは二つ返事で
聞いてました。

すると、
僕には2歳差の弟がいるんですが、
親が弟の教育に僕を使うようになりました。

「お兄ちゃんは
 こんなことができるんだよ」

「学校でもこんなに褒められてたよ」

って。

今思うと、
そんな風に比べられる弟も
かわいそうでしたが、

すごいものとして扱われる僕も
別に嬉しくありませんでした。

「ほんとはそんなことないのに...」

って思ってましたね。

やめてほしかったけど、
そんなこと言えませんでした。

なんなら弟も

「お兄ちゃんすげーな」
「俺はそんな事できひんな〜」

とか言ってくるので、

弟にも"理想のお兄ちゃん"を
演じるようになります。

  • 先生にも

  • 家族にも

  • 友達にも

各方面に期待されている自分を演じてました。

ホントの気持ちは誰もわかってくれません。

でも、みんな期待してくれるし、
今さら「実は...」なんて言えません。

「このまま演じ続けられるんだろうか」

「いつかばれるんだったら、
 今言うのが一番楽だ」

って何回も思いましたが、

結局いつもピグマリオンが邪魔して
言えないんですよね。

そうしてる間に、
良いのか悪いのか

僕への期待はドンドン大きくなって
ますます辛くなっていきます。

たとえるなら、

どっかの歯車がバグったまま
列車が暴走してる感じです。

どっかバグってることは
わかってるけど、

暴走を止めることはできません。

いつぶっ壊れるかもわかりません。

ただ壊れないことを祈りながら走る

それしかできない暴走列車でした。

「どこからこんなにおかしくなったんだ」

「なんで俺はこんな人生を生きてるんだ」

「誰のための人生なんだ」

って何度も思いました。

途中から、もはや自分でも
ほんとの自分がわからなくなってました。

“自分のアイデンティティを探そう”みたいな
授業がたまにあったんですが
あれがもうホントに大嫌いでしたね。

みんなが思い思いのことを書くなか、
僕は当然、みんなからこう思われてるだろうな
ってことを書くだけ。

ほんとの自分は空っぽなんだ
と突きつけられました。

中学、高校もそんな風に
まわりの目を気にして、

周りから期待されているとおりの
自分でいられるようにやってきました。

すると、
気づけば、勉強も部活なんでもできる天才
みたいな虚像ができあがってました。

天才なんて言われても
なーんも嬉しくありません。

僕は本当は天才でもなんでもないんです。

ただ、みんなの期待を裏切りたくないから、
勉強も部活も誰よりも量をやった

それだけでした。

ときには徹夜で
テスト勉強した日もあったし、

どんなに
眠い日も
暑い日も
寒い日も

毎日朝練に行きました。

でも、ただの凡人が
天才を演じ続けるのには、
そろそろ限界が来てました。

そして案の定、
高校を卒業する直前に、
僕は最大のやらかしをします。

奴隷解放宣言

僕の最大のやらかしとは、
大学受験の失敗です。

みんなから、

「あすは受験とか楽勝だろ
 いいなー」

「俺に何十点かわけてくれよ〜」

とか言われてたなか、

大学受験に失敗したんです。

しかも、
自称進学校みたいな高校に通ってたので、
浪人する人なんかほとんどいません。

みんな行きたい大学か、
少なくとも滑り止めには受かります。

そんななか、
僕は浪人することになりました。

自分からみんなに

「浪人することになった」

なんて言う勇気もないので、

事情を知った近しい友人から
徐々に広まっていきます。

「みんなからどう思われてるんだろう」

と不安で不安で
数日はろくに眠れませんでした。

でも、みんなは優しかったんです。

本当の僕の実力を知って、
誰も僕をからかったりする人はいませんでした。

なんなら、

「頑張れよ」

って応援の連絡をくれる人すらいました。

その連絡を見た時、
僕はめちゃくちゃ泣きました。

あとめっちゃ後悔しました。

こんなに自分のことを想ってくれる人が
近くにいたのに、

なんで周りからの見られ方ばっか気にして
生きてきたんだろう。

誰もほんとの僕をわかってくれないって
思ってたんですけど、

全く逆でした。

僕がみんなのことを
全くわかってなかっただけでした。

もっとみんなと
本音で付き合えばよかったです。

ときには、
本気で思いをぶつけ合ったりすれば
よかったと思いました。

でもそこからは吹っ切れました。

これまでの重圧みたいなのが
一気になくなって

「え、超生きやすいやん」

ってなったのを覚えてます。

ようやくピグマリオンの奴隷から
解放されたんです。

産業革命の前と後くらい
生活が一変しました。

大学受験に失敗したときは
もうほんとに死にたいと思いましたが、

今思うと、
大学受験に失敗してなかったら

今も周りの目を気にしながら
生きていたかもしれません。

そう思うと、
大学受験に失敗したのが
僕のターニングポイントでした。

2ndステージ開幕?

周りの目を気にせず
浪人時代を過ごせた僕は、

同級生からは1年遅れて
僕は東京の大学に入学することになります。

浪人生の1年はゆーても
勉強漬けだったので、

周りの目は気にならなくなったものの、
特に自分らしいことはできませんでした。

唯一あるとしたら、
志望校を東京の大学に
したことくらいですかね。

でも、この選択が意外とでかくて、

もともと関西出身だったので、
東京の大学に行ったことで、

周りの環境も人間関係も
すべて新しくなったんですよね。

東京に昔の僕を知ってる人なんか
誰ひとりませんから、

ますます周りの目なんか
気にならなくなりました。

そして、浪人時代に

先に大学生活を楽しんでる
同級生の様子を
ちょくちょく見てたので、

「これからさぞ楽しい大学生活が
 待ってるんだろうな」

「4年もあったら、何ができるかな」

とワクワクしてたんですが、
ここでも一つ問題が起きました。

コロナの流行です。

ちょうど大学に入学する年に
コロナが流行りまくりました。

それで、

  • 入学式はなくなり

  • サークル活動もできない

  • 授業は全部オンライン

  • 学校行事も丸つぶれ
    (文化祭とかやりたかった...)

と、ことごとく大学の楽しみが
失われました。

上京したてで、知り合いも
一人もいないので、

友だちもできませんし、

そもそも外出が制限されていたので、
外に遊びに行ったりもできません。

マジでやることがなくなりました。

「こんなはずじゃなかったけどなー」

「でも自分じゃ
 どうすることもできないし」

「浪人したの間違いだったか...?
 いや、流石にそれはないか」

「コロナで大変な思いしてる人もいるし、
 何もないだけまだましか」

とか思いながらも、
時間だけがひたすら余ったので、

ダラダラとYouTubeを見て
1日を過ごすみたいな

だらけた生活をしばらく送ってました。

人間万事塞翁が馬

そんなYouTube三昧生活を
送っていた僕に転機が訪れます。

ある日、

「スキルを身につけたら
 稼げるようになりますよ」

という、

いわゆるビジネス系YouTuberの
動画を見かけたんです。

はじめて見たときは

「いやいや、怪しすぎるだろ」

ってぶっちゃけ思いました。

でも、その人の動画を
見れば見るほど興味が出てきて、

時間も忘れるくらい
動画を見まくりました。

気づいたときにはもう
その人の信者みたいになってましたね笑

「スキル身につけて稼ぐって
 家でもできるし、

 大学生でも稼いでる人
 全然おるらしい。」

「しかも俺にはめちゃくちゃ時間がある
 というか時間しかない」

「ん、これって
 めちゃくちゃ好都合なんじゃね?」

と、ついこの間まで
夢に見てた大学生活を送れずに
もやもやしてたのが嘘のように

ビジネスにしか
興味がなくなっていました。

久しぶりに本気で熱中できそうなものを
見つけて大喜びです。

そこから
マーケティングやライティングに
合計100万以上課金しながら、

ビジネスにのめり込んでいきました。

ことわざで、

一見、不幸に見える出来事が
実は幸福につながってた

みたいなことを
"人間万事塞翁が馬"と言いますが

まさにそれでした。

大学受験に失敗したけど、
本音で生きれるようになったし、

大学入学の年にコロナが流行って、
遊んだりできなくなったけど、

時間がありあまったおかげで
ビジネスの世界を知って、
どハマりしました。

ことわざになりそうなくらい
偶然が重なってビジネスやってます笑

で、実際やってみると、

「スキルさえあれば誰でもすぐ稼げる」

ってほど生易しいもの
ではなかったですが、

知識さえあれば勝てるのは
間違いないです。

ビジネスって結局、
知識がある人が勝ち続けて、

知識のない人が取り残される
超シンプルなゲームなんですよね。

おかげさまで、

ただ知識をつけた
それだけなのに、

学生のうちから

誰もが知ってる
某ブランドのECサイト構築を
手伝わせてもらったり、

月商1億を超える企業のLINE運用を
担当させてもらってます。

こんなに楽しいんだから、

途中から、
もう大学でも通常授業が始まって

サークルや文化祭なども再開しましたが、

僕はそんな学校行事はそっちのけ。

ビジネスのほうが僕にとっては
何百倍も面白いからです。

学校のことに時間を使ってる
暇はありませんでした。

心から楽しいと思えることを
自分の意志で選択して、

思う存分熱中できるって
めっちゃ楽しいです。

本音を隠して生きてきた
昔の僕では考えられないですね。

昔の僕が今の僕を見たら
びっくりすると思います。

そして、今僕は

「自分の人生に夢中になれる人が
 増えたら良いな」

と思ってビジネスや発信をしています。

僕は好きでビジネスをやってますが、

別に全員が全員
ビジネスやったら良いのに
とは思ってません。

(かなりおすすめではありますが...)

でも
昔、本音で生きれず苦しんだ僕が、

自分の好きなビジネスに熱中して
楽しそーにしてるのを見て、

「俺も好きなこと
 思いっきりやりたいな」

「そのために今日も頑張ろう」

そう思ってくれる人が
いたら良いなと。

そんな思いで日々発信しています。

そして、
今も十分、楽しくビジネスやってますが、
まだまだ止まる気はありません。

僕自身もっとビジネスも人生も楽しめるように
さらに上を目指していきます。

その過程で、また面白い経験をしたり
ためになる知見が見つかったら、

僕のことを見てくださってる方に
お伝えしていけたらと思ってますが、

ひとまず今の僕のプロフィールは
こんな感じです。

ということで、

こんなにながーい文章を
最後まで読んでくださり

本当にありがとうございました。

ぜひ、XでもLINEでも
感想や、あなたが本気でやりたいことを
聞かせてもらえると嬉しいです。

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