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【脳科学者インタビュー/第1回】コロナ禍で脳に迫る危機

新型コロナウイルス感染症の流行により、在宅勤務も増え、会食や旅行なども控える自粛生活が続いています。それらは、私たちの脳にどんな影響を与えているのでしょうか。

このインタビューでは、脳科学者として多方面で活躍されている諏訪東京理科大学 篠原菊紀教授に、今私たちの脳内に迫っている危機、そして回避方法、また、リモートワークに活かせる脳の使い方について教えていただきました。

連載の1回目は「コロナ禍で脳に迫る危機」についてお話を伺いました。

編集部:
今、コロナウイルス感染症の拡大前には考えられなかった、新しい生活様式が定着しつつあります。それが脳に与える影響についてどうお考えでしょうか。

篠原教授:
脳にとって、危険因子が増えていると感じています。
最も大きな問題は運動不足です。

有酸素運動は、心拍数がある程度上げることで心肺機能の向上などの体への効果があるのとよくご存じだと思います。しかし、体だけでなく、脳にも影響があります。有酸素運動により、脳由来の神経栄養因子BDNFが分泌します。BDNFは、まず記憶機能に影響を与える海馬で新しい神経細胞をつくることに大きく寄与します。さらに脳のGABAにも影響を与えています。自律神経を抑制など、ストレスに関係し、心を落ち着かせる働きをするのがGABAです。運動してなかった人が1度運動をしただけで、3カ月程度、不安が抑制されたという報告もあります。
筋トレもまたカテプシンBなどを介して認知機能の維持向上に役立ちます。
ウオーキングやジョギングは、骨が直接刺激されるため、骨粗しょう症の予防や転倒予防になるだけでなく、オステオカルシンが分泌され、記憶機能や認知機能に補助的に働きます。

編集部:
外出自粛により、人との接点が少なくなっています。それに対するリスクはありますか。

篠原教授:
他人とのコミュニケーションは、認知的なトレーニングになっています。コミュニケーションが減っていることは長期的にみると認知症、認知機能の低下のリスクにつながります。

編集部:
他の危険因子はどうでしょう?

篠原教授:
お弁当などのテイクアウトが増えたことで、食事も偏りがちになっている人も多いようです。
そもそもコロナウイルス感染症は、血管障害であり、全身のサーキュレーション(血液の循環)に影響します。そういう意味では生活習慣病そのものに近いと考えたほうがいいでしょう。感染した人の後遺症として認知機能の低下は3~4割程度報告されています。

さまざまな面から、脳に対する危険因子は増えているといえます。

編集部:
長期的にみると若い世代でも認知機能に注意が必要ですね。認知機能に不安を感じたとき、セルフチェックをする方法はありますか?

篠原教授:
ワーキングメモリ系のテストがあります。言葉を覚えて、それを逆から言ってみる。また、病院で行われる認知症テストや認知症スクリーニングテスト、警察庁のホームページで公開されている高齢者向けの認知機能検査などを試してみるのもいいと思います。
https://www.npa.go.jp/policies/application/license_renewal/ninchi.html

編集部:
簡単そうに思えますが、緊張してしまうと案外難しいですね。

篠原教授:
緊張などのストレスがかかると脳のワーキングメモリ(ある情報を短い時間に心の中に保ちながら、同時に処理する能力のこと)が食われてしまうので、できないのは当たり前です。そこは気にしなくて大丈夫。脳を鍛えるわけではないので、リラックスできる環境でやりましょう。

編集部:
もし、認知機能に不安を覚えたら、どんなことに注意したらいのでしょうか?

篠原教授:
2019年にWHOが発表した「認知機能リスク低減のためのガイドライン」で推奨しているのが、まず禁煙と運動。そして地中海食。地中海食はバランスのいい食事ということです。そして、高血圧、高脂血症、高血糖、過体重などの生活習慣病の予防や治療。そして、認知的なトレーニング、いわゆる脳トレです。

編集部:
このなかで特に大切なものは何でしょうか?

篠原教授;
とにかく、運動です。

編集部:
運動は好きな人、嫌いな人に大きく分かれますね。それはどうしてなのでしょうか。

篠原教授:
運動能力は遺伝性があります。遺伝的に苦手な人にとっては、幼稚園や学校生活の授業を通して、苦手な人にトラウマを作り続けるのが日本の運動文化です。嫌いな人は本当に嫌いになります。
生物的にいえば、運動が嫌いなのは、正しい戦略でもあります。運動はエネルギー消費であり、生き残るためにはエネルギーをためておくことが必要なのです。
もちろん、そんな生活をしていたら、生活習慣病になってしまいますから、人間には運動は必要です。

最近では、親が運動嫌いだと子も運動嫌いになる可能性が指摘されつつあります。マイクロRNAなどを介した遺伝です。先端恐怖や高所恐怖などの特定恐怖には、マイクロRNAなどを介した遺伝がかかわるといわれています。

編集部:
嫌いな人、苦手な人でも、運動を続けるコツはありますか?

篠原教授:
「好き」と感じるものは、線条体や側坐核などのドーパミン神経系の活動が予測的に高まります。その状態で行ったことは、運動でも勉強でもスキルが身に付きやすく、効率よく記憶をすることができます。
しかし、好きじゃなければできないということはありません。自分が前向きになるように対応することで効果が変わります。

編集部:
どんな対応をすればいいのでしょうか?

篠原教授:
人は好みや傾向、性格によって4つの傾向に分けられます。

まずは、新しいもの、刺激に対して反応しやすい「新規探索傾向」。チャレンジしている自分やジェットコースターなどの刺激が好きです。起業家に多くみられる傾向です。
次に、リスクヘッジをしたがるのは、「損害回避傾向」です。「運動によってがんの発症リスクが下がる」などのリスクを回避できることを知ると頑張ります。
「社会報酬依存傾向」がある人は、とにかく周りに褒められることが好きです。SNSで「いいね」をもらうのがうれしいという人もこのタイプ。
「固執性」があるのは、完璧主義の人。いわゆるオタク傾向がある人です。自分がやっていることの完成度をひたすら高めることが好きで、他の人に何を言われても気になりません。筋トレ好きが多いのもこの傾向の特徴です。

編集部:
必ずいずれかの傾向に当てはまるのでしょうか?

篠原教授:
完全に4つの傾向に分かれるわけではありません。
新規探索傾向が3で、損害回避傾向が1のように、他の傾向も併せ持っていることが多くあります。ただ、新規探索傾向が4で損害回避傾向も同じ4のように、1つの軸の左右のような傾向を同程度持っていると、拮抗してしまいます。そうなると、ストレスになるので、本人にとってはどちらかが優位の方が楽です。

編集者:
自分の傾向によって、モチベーションを上げるコツはありますか?

篠原教授:
「新規対策傾向」がある人なら、「今日やった運動のここが新しい。だから自分はすごい!」と自分を褒める。
「損害回避傾向」の人は、運動によって回避できる健康リスクを知っておく。
「社会報酬依存傾向」の人は、運動が終わったら、家族に「すごいね」と褒めてもらう。そして、「固執性」がある人は、自分の姿を見て、「こんなに腹筋が割れた」と確認する。


運動が終わった後につらい思いのままにしておくと、次に続くモチベーションにはなりません。ドーパミンが活性化するための何かを入れる必要があるのです。
走り始めたら「走り始めた自分は偉い!」。走り終わったら「今日は頑張った!」と言葉にするだけで大丈夫。全然よくなくても「今日は良かった」と言葉にすれば、脳は騙されます。

(後書き)
今回は、コロナ禍で、脳に迫る危機を回避するための対策を教えていただきました。
運動を習慣化するためには、まずは、自分の傾向を知ることが大切です。

2回目は、リモートワークの生産性を上げる方法について、引き続き篠原先生にお話を伺いたいと思います。
次回のインタビュー記事もお楽しみに!


篠原菊紀

脳科学者
専門分野は応用健康科学、脳神経科学
公立諏訪東京理科大学 工学部情報応用工学科教授、地域連携研究開発機構 医療介護・健康工学部門長、学生相談室長。

東京大学卒業、東京大学大学院教育学研究科を修了
東京理科大学諏訪短期大学講師、助教授、諏訪東京理科大学共通教育センター教授を経て、現職。
著書多数。テレビ、雑誌などメディアの出演、監修も多く手がけている。