見出し画像

もうすぐ小学校が取り壊される

illustrated by スミタ2023 @good_god_gold

 しっかり昼は食べたはずなのに、三時を過ぎたあたりから妙に小腹が空いてきて、木寺は仕事が手に着かなくなった。
「ちょっと出てくる」
 そう言ってオフィスを抜け出した木寺が向かったのは駅前の商店街である。夜はお好み焼きを出す居酒屋が、なぜか夕方まではたこ焼きを売っているのを思い出したのだ。
 暖簾をくぐって店内に入ると、カウンターテーブルに数人ばかり腰を落ち着けて雑談をしている。雰囲気からみてどうやら近所の店の主たちのようだ。その向こう側では派手なバンダナを頭に巻いた大将が、客に軽口を叩きながらたこ焼きを焼いているところだった。
「いらっしゃい」
「たこ焼きを」
「店内で? お持ち帰り?」
「あ、じゃあ店内で」
「はいよ。ちょっと待ってくださいね。いっぺんにつくっちゃいますから」
 木寺は先に座っていた客たちに軽く会釈をしながら自分も席に座った。コートを脱いで椅子の背もたれに掛ける。
「寒くなりましたね」
 声をかけてきたのは紫色の眼鏡をかけた初老の男性だった。
「いやまったく。急ですよね」
「あれってさ」
 客の一人が店の前をゆっくりと通りすぎたパトカーを指差した。サイレンは鳴らしていないが赤い回転灯はクルクルと光っている。
「別に緊急じゃないんだよ」
「そうなんですか」誰かが聞く。
「事件じゃなくても、道が混んでるとかさ、ちょっと急いで弁当を買いに行きたいとかさ、そういうときにもああやってランプつけるんだよ」
「本当ですか。ひどいな」
「まあ警察なんてそんなもんでしょ。ね、大将」
「でも何かあったらやっぱり警察に頼るしかないからね」
 たこ焼きを焼きながら大将は苦笑いをしてみせた。
「そう言えば、裏の小学校の話って聞いた?」
 紫眼鏡が誰ともなく聞く。
「ああ、取り壊す話でしょ」
「そうそう来年だっけ」
「あそこさ、シノブのとこの子が通ってんだよな」
「シノブって駅前にある生姜料理の?」
 ようやく木寺にもわかる話が出てきた。同僚たちとときどき行く創作料理の飲み屋である。
「生姜だけに小学生ってね」
 大将が口を挟む。
「うわ、ダジャレかよ。いいから早く焼いてくれよ」

ここから先は

1,230字

ベーシックプランにご参加いただくと、定期購読マガジン『短篇三〇〇』と『いつか見た色』の両方が見られる…

ベーシック

¥1,000 / 月
初月無料

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?