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ひょんなことから幡野広志さんの本をつくることになったのである。

「ひょんなことから」ってのはわりと便利な言い回しだと思う。この「ひょん」が何なのかはよくわからないけれども、ともかく「ひょん」なのだから「ひょん」でいいだろう。
 細かい経緯はさておき、その「ひょんなことから」幡野広志さんの本をなぜか僕が編集して、僕の所属するネコノスから刊行することになった。
 すでにいろいろなところに少しずつ情報が出始めているはずのこの本のタイトルは『ラブレター』。幡野さんがウェブメディア「ninaruポッケ」で書き続けてきた連載(幡野広志「ラブレター」)をまとめた本だ。
 最初にこの話をいただいて連載記事をあらためて読み直したあと、実は僕はしばらく悩んだ。連載原稿を単純にまとめて一冊の本にするのは簡単なことだ。でも、この連載はそんなふうに簡単にまとめていいのだろうか。最終的な形が、手に取りやすい本、読みやすい本になるのは構わないけれども、つくり手の僕は、いわゆる本づくりのフォーマットに乗せちゃだめなんじゃないのか、そんな気がしてならなかった。
 僕と幡野さんとの関係は正直にいえばよくわからない。ときどき会って話すし、北海道だのネパールだのに一緒に行っているし、二人とも髭面だしデブだし、どちらもこの夏はダイエットに励むと公言しているし、わりと考え方なんかも近いんじゃないかと僕は勝手に思っているのだけれども、友だちなのかと言われると、よくわからない。そもそも僕には友だちが何なのかがわからないのだ。でもたぶん単なる知人よりは、もう少しだけ考えていることや好き嫌いがわかっているような気はする。それを友だちと呼ぶのであれば友だちなのだろう。わざわざ「友だち」って書くと、異様に恥ずかしいけれど。今ふっと頭に浮かんだ「仲間」くらいがちょうどいい言葉なのかも知れない。
 それはともかく、その幡野さんの本を僕がつくることになって、どうせやるならほかではつくれない本にしようと思い、あれこれ考えたあげくデザイナーの吉田昌平さん(白い立体)に「この本は手紙だから、未来に向けた手紙にして欲しい。手紙を装幀の形に落とし込んで欲しい」というお願いをしたのだった。さらに「今どきの手紙だから、横書き」「今どきの手紙だから左開きで」「あとどこかに手書きの文字を」。
 今思えば、かなり無茶苦茶な依頼だった思う。
 しかし、さすがはデザイナー。次の打ち合わせで机に並べられたモックは、なんとちゃんと手紙になっていたのだった。表紙が封筒だったのだ。

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表紙の片側だけが封筒っぽくなっているバージョン

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表紙の両側(表裏)が封筒っぽくなっているバージョン

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表紙がほんとうに封筒になっているバージョン

 いや、これを見せられたら封筒バージョンにするしかないだろうと僕は思った。「もうこのさいコストなんて関係ないのだ。手紙の本だから封筒、わかりやすい! あたりまえじゃないか! よし、これで行きましょう!!」と、隣で聞いているネコノスの社長が爆発しそうなことをたぶん言った気がする。
 とはいえ、実際にこれがつくれるのかどうかはわからない。いくら僕たちがつくりたいと思っても、読者のみなさんがなんとかお求めいただける値段でつくれなければつくる意味が無いし、またしても膨大な在庫が倉庫に残るだけなのだ。(またしても、については『寅ちゃん』で検索してください)
 そこで早速、変な本と言えばここしかない藤原印刷の通称「弟」藤原章次さんに僕は連絡をした。「こんな本、つくれますか?」
 藤原印刷とは以前から何か一緒にやりたいですねと言っていて、この無茶苦茶な装幀の本こそ藤原印刷に相談すべきだと思ったのだ。
「現場に聞いて、やってみないとわかりません」と話を聞いた弟は言う。そりゃそうだ。こんな装幀、たぶん誰もやったことがないんだもん。
 そうして待つこと数日。弟から「封筒バージョンは、機械がまったく使えないので、すべて手で製本することになりますが、それでよければできます」との返事が返ってきた。
「すべて手で製本……」最近、僕はそういう言葉を耳にしたことがあった(詳しくはこちら)。それでもできることはわかって僕はちょっとだけ安心した。
 ようし。だったら、この封筒バージョンと普通の書籍バージョンをつくって、封筒版が欲しい人からは事前に予約をいただき、その数だけつくればいいじゃないか。そう、寅ちゃんと同じ「特装版方式」だ。小回りの利く小さな出版社だからこそできる必殺技だ。そうはいっても、原価の高い本をつくるにはそれなりの覚悟と資金がいるので、僕は社長にお願いをした。
「断っていた広告の仕事もぜんぶ受けるし、自社から出す本の原稿も書き下ろすし、あれこれ渋っていた長編もぜんぶやるから!」

 許可が出たので、まずは束見本をつくってもらうことにした。束見本とは、実際に使用する紙を使ってつくるお試し版の見本のことだ。僕たち制作チームは、これで厚みだとか手触りだとか、大きさの感触をつかむことができるし、印刷・製本チームもどのようにつくればいいのかがわかる。
 藤原印刷から届いた束見本を見て、僕はかなり興奮した。

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 ああ、きれいだ! なんてきれいなんだ! しかもちゃんと封筒だ!! こんなふうにつくれるのなら、やろう、やりましょう、つくりましょう!!
 封筒版ではない一般の書籍もフランス装という装幀になっていて、これはこれでかわいくて、内側は封筒っぽくなっているのでありますよ。

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通常バージョンは真っ白+印刷加工を施す予定

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フランス装は表紙を内側に折り込みます

 不思議な話です。「ひょんなことから」始まって、僕は封筒表紙の本をつくることになったわけですね。
 で、さらに。
 せっかく表紙が封筒になっているんだから、ここにさらに仕掛けを入れたくなるじゃないですか。
 幡野さんから出てきたアイディアは「写真をいれたらどう?」
「いいです。それいいです! 写真をプリントして、表紙に封入しましょう。あ、せっかくだから、その写真一枚ずつにサイン入れてくださいね」
 写真をプリントするのにいくらかかるだとか、封入するのにどれだけ手間がかかるのかだとか、そんなことはもうどうでもいい。とにかくおもしろ第一なのだ。やるのだああ!!

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で、僕の描いたメモ絵がこれ。
封筒の差し込み方向が逆になっているのは
ご愛敬ということで……。

 カバーは無し。バーコードも無し。いわゆる帯もなし。その代わりに本全体をポリ袋でシュリンクして、バーコードと帯をシールで貼ってしまおう。
 吉田さんからのアイディアとみんなの意見と僕の考えをまぜこぜにしたら、こんな感じになったのだ。
 あとはこの本を欲しいと言ってくださる方がどのくらいいるのかを見極めなければならない。なにせ、ぜんぶ手でつくるからそれなりに制作費が必要だし、なによりも製本にけっこう時間がかかるので気軽に増刷はできないのだ。もしもたくさん注文をいただいてしまうと、場合によっては納品が数ヵ月後なんてことさえ起きかねない。まるで自動車みたいなのである。
 そこで特別版は初回限定にして、早めに注文してくださった数だけを確実につくる。最終的にそんなやりかたで進めることになった。
 もちろんこれは封筒表紙の特別版の話で、一般のフランス装バージョンは初回限定ではなく全国の書店でお求めいただけるようになっている。

 ここに無理やり話を割り込ませておくけれども、ちなみに『寅ちゃん』の通常版(といっても普通に考えたらこれが特装版で「寅ちゃん特装版」は異常版だったとも言える)も、ちゃんと全国の書店でお求めいただけるようになっているからね。

 さて、ここに来てさらに吉田さんから新しいアイディアが出てきた。
「封筒版に差し込む紙なんですけどね、今はタイトルと著者名だけじゃないですか。でも、せっかくならこの紙を引き出したときに……」
「おお、なるほど!」
「それはいいかも!!」
吉田さんの発想に僕たちはさらに興奮したのだった。


 で、今は最終的な仕上げに向けて、幡野さんをはじめ、関係各位にいろいろなお願いをしているところだ。これで仕様が完全に固まれば、あとは印刷と製本、そして僕たちがタイトルの紙や写真を封入に行く流れになる。
 さあ、来月早々には、初回限定・封筒装幀版と通常のフランス装版をそれぞれ何部ずつ刷るかを決めなければならない。本をつくるときって、実はこれが一番難しい問題かもしれない。多すぎてもダメ、少なすぎてもダメ。経験の浅い新米弱小出版社が最も苦手とする局面である。
 そんなわけで、もしもこの本にご興味があるようならば、初回限定・特別装幀版(今、第1回目の予約期間が終わって、第2回目の予約を準備中です)か、通常フランス装版を早めにご予約いただけるとありがたい。それを見ながら僕は印刷部数を決めようと思っているのです。
 どうかよろしくお願いします。



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